白い城とリネッタと即席の箱
セシアルに連れられて馬車で進むこと……たぶん数十分くらい。着いたのは案の定、この国の王城だった。紫のヴェの気配が強い、のだろうか、私にはわからないけれど眠っているはずのシルビアがざわざわしているからそうに違いない。
ここの国の王城は、青空に映えるずいぶん美しい白亜の城だ。尖った屋根の先まですべてが白い。町並みも割と白かったのだが、王都の上空から見下ろすこの城の白さは別格だった。掃除が大変そうである。
そんな真っ白すぎる城には、獣人のことが大の大の大嫌いすぎる王様が住んでいるらしい。そんなところに獣人を持ち込むなんて、セシアルは一体何を考えているのか。バレたらその場で処刑されてしまうのではないだろうか、もちろん持ち込んだセシアルではなく、持ち込まれた側のなんの罪もない私が、だ。
セシアルは王女様が信頼して連れ歩いているっぽい従僕だから、よっぽどのことがない限り何の弁解も許されないまま即処刑にはならないだろう。……まあ、獣人を城に持ち込むのがその“よっぽどのこと”だとしても、セシアルは魔人のいち派閥を束ねるくらい強いようなので、処刑なんてそもそもできないのだろうけれど。
「さすがに城で働くものたちに君を見られるとまずいから、ちょっと別の場所に下ろすよ。そのまま乗っていてね。」
城に到着してからさらに進むこと十数分。馬車が止まったかと思うと、それだけ言ってセシアルは私を置いて馬車から降りてしまった。そして馬車はまた動き出す。一応御者がいることにはいるのだが、私が逃げるとは思わないのだろうか。逃げる気がなくとも、私が見た目通り10歳の子どもなら好奇心からどっかに行ってしまうかもしれないし。
まあ、どこにも行かないんだけれども、と、私はふわふわの背もたれに体を預けて、あくびをした。ちゃらり、と首輪から手枷に繋がる隷属の魔装具の鎖が揺れて音を立てる。隷属の魔装具は、ハールトンからの「命と貞操を守りなさい」という命令と、セシアルからの「うそはだめだよ」という命令を受け、淡く黄の光を纏っていた。
……ふと思ったのだが、この魔装具、命令の上限とかはあるのだろうか。今でさえ3つも命令を受けているというのに、これからさらに命令が増えていったら、命令そのものを忘れそうだ。装着している本人の自意識的なものから罰するのだろうこの魔装具の都合上、装着者が命令自体を忘れたらそれは“命令されていないこと”になるのでは……?
まあ、装着者の意識のうちの“命令に違反している”という自意識?罪悪感?なんかそのあたりを読み取っていそうだから、そこまで細かくなくてもよいのかもしれないけれど。命令を忘れて違反をしたのちに、はたと命令を思い出して「しまった!」と思ってしまえば最後、その瞬間この魔装具は赤く輝き罰を与えるのだろうし。案外、忘れていてもなんとかなるのかもしれない。
そんなことをつらつら考えている間に、ふと外が暗くなった。馬車が止まったので、目的の場所に着いたのかもしれない。
カチャリと静かに扉が開いたので外を覗くと、暗い倉庫のような場所だった。出てもいいのだろうか、特に何も言われないので、何もしない。
「出ろ。」
しびれを切らしたのかなんなのか、しばらくすると御者をしていた痩せた人の男が苛立たしげに声をかけてきたので、馬車から降りる。
「ここで待て。」
それだけ言って、御者は馬車に乗ってどこかへ行ってしまった。本当に私を一人にする気らしい。
倉庫の中には、人の気配はない。本当に誰もいない可能性が高い。というか、命令に私の名前が入っていないのだが、これは命令されたことになるのだろうか?すでに私の魔装具は発動してしまっているので、命令が受理されたのかすらわからない。私が“命令された”のだと自覚しているから、たぶん、受理されたのだろうけれど……わりと不便だ。
私は倉庫内を見回す。馬車が直接入れるほどの大きな扉がついている広い倉庫の中は、かなり暗い。光の届かない倉庫の奥の方は真っ暗だ。まあ、夜目もバッチリ利く今の私にはわりと明るく見えるのだけれど。壁や等間隔に並ぶ石の柱には明かりの魔法陣が彫ってあるが、当然のように発動はしていなかった。
倉庫の中には武器や防具、その他諸々の軍用品らしきものが置かれていたがそのほとんどがホコリを被っている。馬車が出ていった状態のまま開け放たれた扉から差し込む光に、キラキラとホコリが舞っていた。つまりここは、ほぼ使っていない倉庫なのだろう。
そんなどうぞ逃げてくださいみたいな場所に、なぜ私を置いて行くのか。いやまあ、隷属の魔装具がついてる10才女児なんて、逃げてもたかが知れていると思われているのだろうけれども。カトリーヌに迷惑がかかりそうだから、今は逃げないでおいたほうがいいだろう。
私は目を閉じて、ふう、と息を静かに吐いた。自分の魔素を空気になじませるようなイメージで発動させるのは、最近はずいぶん扱いがうまくなってきていると思っている、空間把握の魔法である。何かしらの気配に関してはシルビアに頼るのが楽だし確実なのだが、ここには紫のヴェが生息しているのでできるだけ自分の力でなんとかしなければならない。うっかりシルビアが飛び出たら大惨事だから。
ゆっくりと魔素を溶け込ませ、壁などものともせず視野を広げていく。ある程度視野を広げると、本当にこの倉庫の周りだけ人がいない状態に保たれているのがよく分かった。人払いというやつだろうか、いや、使っていない倉庫の周りに人が居たら居たで不審者かサボリだろうから、居なくて当然なのかもしれない。
と、そんな人気のない倉庫の周辺に、一人、近づくものが居た。ごろごろと大きな四角い……箱のようなものを荷車に乗せて押して近づいてくる……姿からして、兵士だろうか?
私は見つかってもいいのか悪いのかわからなかったので、物陰に隠れた。
はたしてその兵士っぽい人は……私を迎えに来たようだった。明るい外からの光が逆光になっていて表情は見えないが、盛大なため息が聞こえてくる。
「獣人、隠れているならすぐに出てこい。セシアル様がお呼びだ。」
「……。」
話していいのかはわからないので、黙ってそっと武器が入った大きめの木箱の影から出ていくと、チッと舌打ちされる。そうですよね、獣人が嫌いで嫌いでしょうがないひとたちの集まりのような国なのだから、そりゃ王城に獣人が居たら舌打ちもしたくなりますね。
兵士っぽい人が木箱の側面についていた蓋をがこんと開け、“入れ”と言わんばかりにあごをくいっと箱の方へ向けたので、頷いて大人しく木箱に入る。
木箱の底にはなぜかふかふかですべすべのクッションが敷き詰められていて、壁にもクッションが貼り付けられていた。蓋の裏にもクッションがつけられている。私が入って膝を抱えて座っても幅にも高さにも余裕があるそれに内心首を傾げつつも、特になにか言われることもなくがこんと蓋は閉められ、私はごろごろと倉庫から運び出されていった。
その道中に気付いた。これ、人形用のケースでは?と。




