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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
聖王国のリネッタ
274/298

王女サマのお人形遊び?

「リネッタ。」

「はい、シャーリィ様。」

「可愛らしい響きの名前ね。」

「ありがとうございます。」


 何度同じような問答をするのだろうか。

 肌がもちもちだとか、瞳の色がきれいだとか、髪がさらさらだとか、服が超有名人形店の人気シリーズだとか、飽きることなく褒め続けられているわけだが……私は極力表情を出さないように、そして王女サマの顔に視線を向けないようにしつつ椅子に座ったまま今日何度目かのおじぎした。


 ティリアトス辺境伯爵家の、聖王都の別邸。

 今、その庭に面した場所につくられた天井の高いサンルームで、私とシャーリィ王女、そしてその従僕っぽい少年がテーブルを囲んでいた。

 わずかな衣擦れの音。私の完璧な返答の何が気に入らないのか、王女サマは首を傾げていらっしゃるようだ。


「リネッタ、もっとお菓子を食べていいのよ? 貴女は奴隷だけれど、それ以前にカトリーヌ様の大切なお人形だもの、おもてなしさせてちょうだい? 私は、生きているお人形がいいのよ。おしゃべりをしてもいいし、笑ってもいいの。私の顔を見ても不敬だなんて言わないわ。だから、こちらを見て?」


 そこまで言われてしまえばもう私は拒否できない。私はそっと王女サマに視線を向けた。


 シャーリィ王女は真っ白な少女だ。髪も、肌も、瞳も白い。王女サマのほうが私よりもはるかに人形っぽい。

 特徴的なのは、横にやや長い耳だろう。ラフアルドでは初めて見たが、レフタルでは珍しくない……というか森の民の耳は全部こんなのなので見慣れたものだ。なんだろう、(ヒュマ)と何かのハーフか何かだろうか。いやでも王族だしハーフはさすがにないか。じゃあ、聖王国の王族だけに現れる特徴とか……?


「……不思議ね、貴女も私の耳を見ても何とも思わないの?」


 シャーリィ王女が心底不思議そうに首を傾げた。


「私を見るひとって、大体2種類に分けられるのよ。じろじろ見ちゃう子どもみたいなひとと、極力視線を向けないようにする大人みたいなひと。」


 ころころと笑いながら、シャーリィ王女は続ける。


「でも、貴女もカトリーヌ様も、全然気にしていないのはなぜかしら。私の耳のことは会う前に聞いていたとしても、実際目の前にあると気になってしまうものではないの?」

「……特には。」


 ラフアルドに来て数年経っているので、なんか久しぶりに見たなあとは思うがそれだけである。

 カトリーヌは、たぶん毎日飽きもせずに眺めている霊獣その2(ピュリファイピクシー)で見慣れていたのだろう。あれの耳はさらに細くて長いのでそれよりかは普通に見えるし。……緊張でそれどころではなかった可能性もあるが。


 シャーリィ王女は首を傾げて「ふうん?」とつぶやき、それから視線をテーブルにちらりと向けてから私を改めて見た。


「さあ、お菓子を食べて?」

「……ありがとうございます。」


 これだけ勧められて食べないのは不敬になるだろう。私は目の前に並べられた色とりどりのジャムの乗ったひとくちサイズのクッキーの一つを手に取り、ぽろぽろ落とさないように手で受けながら小さくかじる。


「本当に、よく躾けられているのね。」


 思わずといったふうにシャーリィ王女がこぼすが、さすがに王族を前に弁えていたとしても私の一口はもう少し大きいです、と、私は心の中でため息を吐いた。

 このクッキー、というかシャーリィ王女が持参した紅茶もお菓子も何もかも、全てに食べたいという意欲がまったく沸かないのだ。美味しそうだとも思わない。


 なぜならば全部が全部――紫のヴェくさいからである。


 シャーリィ王女も口にしているので毒でないことは確かだろうが、本来お菓子やお茶には必要のないものが多分に含まれていることは確実だ。正直触りたくもないが、食べなければならないので食べるしかない。だから、小さくかじるのだ。くさい菓子を。

 ほぼほぼ魔法抵抗で毒?が相殺されているため身の危険は全くないが、逆にそのせいで毒の効果がなんなのかもさっぱりである。


 味は美味しいんだけどなあ……とまじまじと手に持っているクッキーを見ていると、おもむろにシャーリィ王女が私の目の前に並べてあるクッキーに手を伸ばし、そのままそっと細い指先でつまんで自らの口元へもっていき、さくり、とひとくちで食べた。


「もしかして、甘いのは苦手? それとも……獣人(ビスタ)って加工されたものを好まないっていうのは本当なのかしら。……生肉を食べるって本当?」

「生肉は、食べません。」

「そうよね、お腹を悪くしてしまうもの。……でも、そうすると、焼いただけのお肉とか……フルーツはそのまま食べるほうが好き?」

「いえ、……獣人(ビスタ)も、肉や魚はごく普通に調理された食事を好むと思います。野菜とフルーツに関しては、好みがあるとは思います。」

「そうなの? お菓子って、お腹がすいてなくてもついつまんでしまうと思うのだけれど……どうして食べないの?」


 こてりと小首をかしげてシャーリィ王女が私をのぞき込む。心から不思議そうなその態度に違和感を感じたが、何かできるわけでもないので気まずくなって視線を外……した先にいた従僕っぽい少年もこちらを見ていたらしくうっかりばっちり目が合ってしまった。


 にこり。


 少年が微笑む。


    ――ぱしっ。


 揺らぐわずかな魔素と魔法抵抗が発動(・・・・・・・)した感覚(・・・・)に、私は思わずきょとんとしてしまった。


「まあ!……セシアルの真正面からの笑顔に動じない子がいるのね?」


 くすくすとシャーリィ王女が笑う。セシアルと呼ばれた少年は、何事もなかったかのように微笑みを浮かべたままこちらを見ている。というかこの少年もよく見ればお人形のようにきれいな顔をしている。なんだろう、シャーリィ王女側のお人形か何かだろうか。


 というか今、このセシアルと呼ばれた少年が何かをしたらしい。


 魔法抵抗で全てどうにかなったので何がしたかったかは全く分からないけれども、魔素の揺らぎはセシアルを中心に起こっていたので小型の魔道具を服の中にでも隠し持っていてそれを発動させたのだろうか。……でも、王女の前で?何のために?

 さらに気まずくなり、私は視線を食べかけのクッキーに落とした。


 何を考えているかわからない王女と、何かをしてくるかよくわからない少年と、紫のヴェくさいティータイム。

 考えていた以上に混沌とした空間に、私は心の中でげんなりとした。

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