プロローグ リネッタ
「るるて・りあ・の・てとり・あ・おーのす!」
「ぴっぴっぴチチっチチチぴチチぴっ……」
半分透けた小さな人型の霊獣と、真っ白な羽毛に青空色の瞳が可愛らしい小鳥型の霊獣が、まるで番のように仲睦まじく鳥かごの中で歌っている。
それをソファに座って微笑ましげに見ているのは、リネッタの雇い主であるカトリーヌだ。その隣に座っているカトリーヌの実兄クロードも、穏やかな表情で紅茶を楽しんでいた。
召喚獣がまさかの受肉&霊核生成で霊獣化してから、ひと月半ほどが経った。
今のところ2匹の行動には食事をするようになったこと以外は特に問題がなく、交信しても大雑把な現状の感想(楽しい・眠たい・美味しい・浄化!・面白い、など)と、それぞれの護衛対象が好きという意志しか伝わってこないので、私はなんか大丈夫そうだなあと考え始めていた。ちまちま突発的に交信して意志を確認するのがめんどくさくなったともいう。
霊獣らの護衛対象への好感度が高く、ちゃんと守ってくれそうだというのももちろんある。霊獣はどうやら護衛対象からわずかずつ魔素を吸収しているらしいのだ。護衛対象の魔素が体に馴染んだ結果、自らの体を構成する魔素の一部が護衛対象産の魔素になり、そういう意志が生まれたのだと考えられる。
魔素を吸いすぎると魔法抵抗のないこの世界の人々はすぐに死ぬのだと説明したのだが、そんなことは分かっていると言わんばかりのどや顔で霊獣その1が頷いていたので、まあどうにかやっていけるだろう。
霊獣その2のほうは、魔獣というくくりではあるものの、そもそも癒しを振りまくだけ振りまいて消えるとかいう自然現象のような存在だったので特に心配はしていない。好きなだけクロードを癒して元気いっぱいにしてください。はい。
そんなことを考えながら、ふと目についた角切りの白いドライフルーツに手を伸ばす。口に入れると独特の清涼感のある、懐かしい味がした。
そこへ誰かが近づいてくる気配を感じ、私は椅子から立ちあがって部屋の隅に行く。
癒やしの精霊はそのままかごの中にとどまり、幻影の精霊はすいっとごく自然にカトリーヌのスカートの中へと消えた。
コツコツ、と控えめなノックののち、「カトリーヌ様、旦那様がお呼びです。クロード様もご一緒にとのことでした。」と侍女の声が聞こえた。
「すぐに行くわ。」
「リネッタ、すまないが小鳥を頼む。」
「承知しました。」
カトリーヌとクロードがきれいな所作で椅子から立ち上がり、クロードを先頭にして連れ立って部屋から出ていく。侍女の名前を覚える気のないクロードがうっかり私の名前を呼んだせいで、お茶の片づけをしに入れ替わって入って来た侍女にぎろりと睨まれたが私は悪くない。私は部屋の隅で棒立ちしながら片付けが終わるのをぼんやりと待った。
そして侍女も部屋から去り部屋に一人になったところで、私は一息ついて自らのベッドの脇に座る。
窓の外では、雨が降っていた。ここ最近、数日に1度の間隔で雨が降っているのでシルビアが不機嫌だ。屋根の下にいるというのになぜ嫌なのか、私にはさっぱりわからないが。
どうやらこのティリアトス辺境領は今、雨期?に入っているらしい。もともとは雨が少なくともすれば水不足になることもあるらしいのだが、年に2回ほどこうして雨が続く時期があるのだそうだ。
私は、雨は好きなほうである。もちろん雨の中をばっしゃばっしゃ遊ぶのではなく、雨が落ちてくるのを安全な部屋の中でまったり眺めるのだ。――雨に濡れた、あの、半分土に埋もれた遺跡の匂いが好きだった。
もっと、いろいろな魔法陣を見て回りたい。
遺跡のことを思い出したのは、そんな思いが募っているからかもしれない。この世界には私が知らない魔法陣が、まだまだたくさんあるのだ。寿命が長くなったからといって、研究の歩みを止められるかといえば、そうではない。
カトリーヌは、幻影の精霊が護るだろう。クロードは日に日に元気になっているし、何かあっても癒やしの精霊が癒すだろう。
私がここにいる必要は、もう、ない。
窓の外では雨が降っている。雨の中旅立つのはちょっとアレなので雨期が終わったらここを旅立とう。私はそう、決心した。のだが。
「リネッタ……貴女を連れて、聖王都に行かなければならなくなったの……。」
辺境伯との話を終えて戻ってきたカトリーヌのその一言で、私の出奔計画は数時間で無くなったのだった。




