表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
聖王国のリネッタ
260/299

プロローグ セシアル・ガードナー

 ――真夜中の聖王都。そのやや東よりに聳え立つ白亜の城の、どこか。


 ここ2年のあいだ全く代り映えのない部屋の中、ベッドの上で(うな)されている隠匿を、一人の少年が慈愛に満ちた笑みを浮かべて眺めていた。


 年のころは14、5歳あたりだろうか。ふわふわのミルクティー色の髪はショートボブに切りそろえられていて、前髪は片方だけが長く右顔の上半分が隠されている。

 やや裾長の上着から覗くショートパンツからほっそりと伸びた足は白く長く、かわいらしい顔立ちも相まって彼をひどく幼い印象にしていた。


「隠匿……早くこちらにおいで。」


 頬を上気させ、潤んだ(すみれ)色の瞳で目の前の(・・・・)隠匿にそう囁く。しかし、ベッドの上で身じろぎする隠匿が目覚める気配は、ない。


「枷が分からなくとも、やりようはあるんだ……でもね、隠匿。僕は、君の全部が欲しい。ようやく手に入れた君を、壊したくはない。ねえ、あの暴れるしか能のないあいつは、ただの武器でしかない。戦うための道具を守るのは、変だとは思わない?」


 その笑みに仄暗い感情を乗せて、少年は深い皺の刻まれた隠匿の頬を撫でた。


「僕たちは、もう魔人なんだ。人の枠の中で決められていた主従を守る必要なんて、もうない。復讐が成されたのなら、君は、自由になっても、いいんだよ。」


 頬から手を放し、そっと、隠匿の胸の上へと乗せる。


「それにね、隠匿。……枷を耐えるなんて、おかしいんだよ。枷は、罪人を捕えておくための刑具なんだから。……見ないふりをしてもそれは君の首に嵌っているし、君じゃあ枷を外せない。……復讐を成し終えたときと何も変わっていないことに、気づくべきだよ、隠匿。一度得た糧は、失うことはない。魔人になった時点で、僕たちの運命は定められているんだ。」


 じわりと、隠匿の胸に置かれた少年の指先が闇を纏った。


「本当はね、自然と、枷を受け入れてくれるのを待ちたかった。でも、ヴェスティがのろのろしていたせいで、もう、待ってあげられる時間が少ししかないんだ。ごめんね、隠匿。少しだけ、君の、殻を破る、手伝いをするね。」


 少年の生み出す闇色の靄が隠匿にするりと入ると、びくりと隠匿の体が強張(こわば)った。隠匿が、呻く。


「君ならきっと、僕の期待に応えてくれると、思ってるよ。……僕の仲間に、なってくれるよね?」


 少年はそう言うと、目覚めない隠遁を残しそっとその場を離れた。



__________




「――ヴェスティ。」

「おや、誰かと思えば珍しい。セシアル、このような時間にどうしたんですか?」


 夜空に浮かぶ闇月を一人眺めていたヴェスティは、聞こえてきた言葉に視線を自室の扉へと移した。

 可愛らしい少年の姿をした魔人が、そこにいた。彼の名はセシアル。ヴェスティら聖王国で活動する魔人を統べている“何か”だ。


「待ちくたびれちゃったから……君を手伝うことにしたんだ。」


 困ったような怒ったような顔で、ミルクティー色の髪の少年セシアルはヴェスティを見つめた。


「……そう、ですか。まぁ、“贄”の条件が未だに不明ですからねぇ。」


 ヴェスティは窓辺から離れ、来客用のソファにどさりと座る。あからさまに残念そうな顔をつくり、ふうとため息をついた。


「あとちょっと、ってところだとは思うんですよ?」


 そう言いつつセシアルに視線を向け、「どうせもう手を下したあとなのでしょう? どうでした?」と聞いた。その様子に、セシアルは諦めたように肩をすくめてみせる。


「うーん、枷を受け入れられない魔人は一定数いるけど、あの魘され方はちょっと異常かも。もしかしたらアーヴィン(アレ)と長いこと離されて、ホームシックなのかもね。アハハ。」


 セシアルがおかしそうに笑った。しかし、その表情はすぐに消え、「はあ、邪魔だなあ。」というひどく冷めた声色の言葉がこぼれる。


「生前に主従関係だったからって、いい大人なのに世話をしたがるとか本当に不思議。たしかにあいつは普通の魔人と比べれば強いけど、それだけじゃないか。刻印の相性も最悪だし、一緒にいる必要性皆無だよね。本当に存在が邪魔。……あいつを手に入れたら、隠匿の目の前で枷を外して(・・・・・)どっかに特攻、これ絶対。」

「おお怖い怖い。私たちもバケモノにされないよう、せいぜいお役に立たないといけませんねえ?」


 ヴェスティが肩をすくめながらふふ、と笑うと、セシアルはすぐに機嫌を直してくすくすと笑った。


「十分役に立ってるよ、ヴェスティ。なんてったって君は、聖王国でただ一人の錬金術師様なんだからね。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今章はプロローグから先が楽しみです [一言] 拷問に耐えた肉の貴族には存分に暴れてほしい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ