閑話 一本の道へと
サーディスが療養施設で、トーラムが高級宿の2人部屋で、そしてティガロが連泊している宿で一泊して、次の日。ティガロはサーディスとトーラムの前で頭を下げていた。
「い、いきなりだな……?」
サーディスは困惑し、
(唐突さがリネッタに似てるなあ。)
トーラムは珍しく考えたことを脳内で留めた。
3人がいるのは、主都トリットリアの傭兵ギルドに設えてある相談用の小部屋のひとつだ。呼び出したのはティガロである。
話の内容は、ティガロがマウンズに行くまで便利屋の2人と臨時パーティーを組みたいというものだ。
傭兵が護衛の仕事で拠点から離れた街に行き、そこで仕事が終わると、復路は傭兵らだけになる。その場合、帰り道沿いの村や町に寄って仕事をしながら帰ることが多い。そのため、復路の傭兵と臨時でパーティーを組んで一緒に他の街に行くというのは、そこまで珍しいことではなかった。
「マウンズまで行くのはいいんだが、いいのか? ここを拠点にしてるんだろ?」
サーディスの疑問は尤もである。主都トリットリアから主都マウンズまでは遠いし、仕事があるわけでもないのに拠点からそれだけ離れるというのは珍しいことだった。しかし、ティガロは首を横に振る。そしてぽつりと「拠点を変えるんですよ。」とつぶやく。
「ずっと同じ拠点にいると、俺、どんどん運が悪くなってくんですよ……ほんと……。」
どんよりとした顔でそんなことをぼそぼそとつぶやくので、トーラムが「へ?……運?」と首をかしげた。
「いや、俺、ほんと、なんですかね、リネッタに関わる前から、同じ拠点にずっといるとどんどん……どういえばいいのか、まあ、闇ギルドに所属させられたのがまずもう駄目だったんだと思うんですけど、そこで仕事だと騙されて男娼にさせられかけたり、名前を変えて傭兵をしていたら魔獣を討伐しに行ったのになぜか野営中に仲間が突然魔獣になったり、うっかり貴族からのやばい仕事を受けざるをえなくなったり、最終的に魔獣に喰われて死んだことにされたりと、いいことなしなんですよ……。最初の1〜2年くらいはいいんですけど、同じ拠点で3年もったためしがないんです。」
「お、おう……。」
「なので、この街にいるのもそろそろ限界で……。」
「そ、そうか。」
サーディスとトーラムは顔を見合わせ、「まあ、別にいいよな。」「そうだな。」と頷き合った。
しかし、2人には問題もある。
「だが、俺たちがここを発つのは新調する武器ができてからになると思うんだが、大丈夫か?」
そう、今回の魔獣討伐のせいで折れたクレイモアと量産型ロングソード2本を新調するのとあわせて、それぞれの愛剣も今朝一番でトイルーフ魔道具店にメンテナンスに出しているのだ。それが終わるのが、早くとも10日後である。特に防御の魔法陣を展開するクレイモアは量産型がなく、それが一番時間(とお金)がかかるだろうとのことだった。
「急いではないんです。それに、今回の魔獣の自爆騒ぎで、傭兵ギルドからの聞き取りも、」
……というところでティガロがふと言葉を止め、視線を扉のほうに向ける。
ほどなくして足音が聞こえ、ドンドン、と扉が叩かれた。
「はい。」
ティガロが返事をすると、扉からぬっと現れたのは副ギルドマスターのディナードであった。
「話の最中にすまないんだが、例の魔獣の話を聞かせてもらいたい。何せ人数が多くてな……聞ける奴から聞いてるんだ。」
「サーディスさんとトーラムさんが良ければ、俺は良いですよ。」
「俺らも問題はないな。」
「そうか。じゃあ邪魔するぞ。」
ディナードは言いながら扉をばたんと閉めて、空いていたティガロの隣にどっかりと座った。
「サーディス、体調はもういいのか? 白銀の栄光のやつらが珍しく真っ青な顔して飛び込んできたから、相当やばいもんだと思ったんだが。」
「あー……。」
と、サーディスがティガロに視線を向ける。サーディス自体はずっと気を失っていたせいで、何も知らないのだ。かといってトーラムがちゃんと説明できるかといえば、できないのは明白である。
「そうですね、やばいのはやばかったんですが……白銀の栄光が真っ青なのを、副マスは直接見たんですか?」
「ん?ああ、だいぶしおらしくなってたが……ん? 魔獣の自爆以外に何かあったのか?」
「……俺からの報告は上がってますよね? 白銀の栄光は、じゅうにぶんに戦えていたと。」
「白銀の栄光の話か? ああ、上がってきてたぞ。どういうカラクリでそうなったのかも聞きたいとは思っていたんだが。」
ティガロは、カラクリか……と内心でため息をついて、眉をひそめた。
「なんだ、きな臭いことか?……奴らが、どうかしたのか?」
「いや、白銀の栄光には全く問題がないんですよ。問題があるのは、今まで白銀の栄光をお守りしていた傭兵にあるんじゃないかと、俺は思うんです。」
「……ほう?」
ぴりりとした空気を纏い、ディナードが面白そうに目を細める。
ティガロは、お守りをしていた傭兵たちに問題があると言った。それはつまり、それを見抜けなかった傭兵ギルドにも問題があると言っているのだ。
「サーディスさんとトーラムさんは、白銀の栄光と一緒に戦ってどう思いました?」
ティガロが一緒に戦った便利屋の2人に視線を向ける。
「ヘブンとアークはいい動きしてたぞ。ちょっと危なっかしいけど連携もしっかりしてたし、経験を積んでけばランクBにもすぐなれるんじゃないか?」
「こっちにいたグラークも、最初は俺が指示していたが途中からは自分で考えながら動いてたし、俺が抜けても黒い奴相手にティガロと2人でなんとかやってたんだろ? じゅうぶんすぎるくらいだろ。」
「……ふむ?」
便利屋の2人の言葉にディナードはやや表情を和らげ、それから不可解そうな顔になった。傭兵ギルドは、白銀の栄光のことを問題児扱いしている。その大きな理由の一つが、魔獣特化型と自称しているにも関わらず、実力が伴っていないからだ。
ティガロは、真剣な顔をしてディナードに視線を戻す。
「副マス。白銀の栄光の3人は自力でランクCまで上げて、それからは結構な回数をランクB傭兵に付き添われながら魔獣討伐に行っていたはずです。戦闘面ではランクCとしては全く問題がない範囲でした。ですが、魔獣討伐ではよくあるはずの不意打ちへの対処は全くできていないし、サーディスさんが怪我を負ったとき、俺が応急処置をしているあいだずっとヘブンもアークもグラークも真っ青になって震えて泣きそうになっていました。まるで……そういったことを全く経験したことがなかったかのように、です。」
「……、……。…………そうか。」
ディナードは、ティガロの言いたいことを察したようだった。静かに目を閉じて、ゆっくりと開き、しかめっ面になっていた顔を片手で上から下まで撫で、困った顔をした。
「わかった。白銀の栄光については、こちらで対処する。すまんな、変なところに気を使わせてしまったようだ。」
「いえ。わかっていただけて良かったです。」
ティガロは安堵しつつ頷いた。
「じゃあ、魔獣のほうの話をお願いします、サーディスさん、トーラムさん。」
サーディスがどうなっていたかをはぐらかすことに成功したティガロは、さっさとそう続けて話の流れを変える。サーディスが先に口を開いた。
「廃村には、確かに2匹のワーウルフ型魔獣がいた。一匹は黒くて大型の、まあ普通のワーウルフ型魔獣って感じだな。戦った感じも、まあでかいぶん力はあったがそれだけっちゃそれだけだ。戦い慣れはしていたようだが、ランクBあたりが妥当だったな。まあ、俺は途中棄権したんだが。」
サーディスが思い出しながら言い、トーラムがそれに続けるように口を開いた。
「もう一匹のほうは体が細くて毛もところどころ剥げてて、なんか見た感じ弱そうだったなー。力も弱かった、んだけど、……被害者の声真似をしていたから、たぶん喰ったのは5人どころじゃないと思う。自爆したけど、肉片は残ってたから人の魔獣化じゃないことは確かだ。……あと、自爆の前に、背中に光る魔法陣が、見えた。」
「……魔法陣?」
「自爆は、魔獣の意志じゃないように見えた。」
トーラムが低い声で言うと、ディナードが頷く。
「そういう報告は、他の魔獣でも上がってる。裏で糸を引いてる奴がいるんだろう。……分かった。他に報告しておきたいことはあるか? お前らはマウンズに帰るんだろ? あとは、こっちの傭兵ギルドのメンツでどうにかする問題だからな。」
「いや、特には。」
「そうか。」
サーディスの返事に、ディナードが頷きながら立ちあがる。しかしふと思いついたようにサーディスが口を開いた。
「ディナードさん、ありがとうございました。」
頭を下げるサーディスに、ディナードが中腰のまま面食らった顔になる。
「急になんだ?」
「俺らは、ディナードさんの助言があったから武器全部持ってったんです。だから、俺たちは、生き残ることができた。」
サーディスは、今回の魔獣の自爆騒ぎで助からなかった傭兵もいたのだと、司祭から聞いていた。……ディナードからの助言がなければ、ランクBの魔獣ごときに、サーディスはクレイモアを持っていくことなどなかっただろう。
ディナードは「……あ、ああ、そういやそうだったな。」と渋い顔になってから、にやりと笑う。
「だがな、アレを聞くか聞かないかは結局のところお前らが決めることだろ? それで助かったのなら、それはお前らが自分で生きるほうを選んだってことだ。」
そう言ってディナードは「じゃあな。」と部屋を出て行った。
「かっけーなー。」
トーラムがぼそりとそんなことをつぶやき、それを聞いたサーディスとティガロが苦笑いを浮かべた。
「ティガロ。発つ日が決まればギルド経由で連絡すればいいか?」
「あ、はい。」
ティガロはこくりと頷き、「よろしくお願いします。」と頭を下げた。
傭兵が臨時パーティーを組んで遠距離移動をするのは、パーティーを組んでいたほうが仕事が受けやすいからだ。しかし、便利屋の2人は2人ですでに完成されているとティガロは考えていた。2人でもランクB魔獣の一匹や二匹なら討伐できるだろう。
つまり、ティガロがいようがいまいが関係なく2人は2人だけで仕事を受けながらマウンズに帰れるのだ。そこに加えてもらうティガロは、ぶっちゃけお荷物である。もちろん便利屋の2人はそんなことを思ってはいないだろうが、それでもティガロは頭を下げなければならないと思った。
ティガロはまだ知らない。
この臨時パーティーが主都マウンズに戻ってもずっと続くことになることを。
これにて閑話、終了です。
次回から第四章に入りますが、仕事の関係上10日ほどお休みをいただき、再開は10月からになります。しばし、お待ちいただけると嬉しいです。




