閑話 そうして来たるそれぞれの岐路 7
傭兵ギルドへのもろもろの報告やら何やらを終えて、ティガロは精霊神殿に併設してある療養施設へと戻ってきた。白銀の栄光も連れてこようと思ったのだが、考えてみればサーディスは“一応”怪我人であり、療養施設にどやどやと人を集めるわけにもいかないのでランクC3人は帰らせた。
療養施設の個室に入るとそこにはすでにトーラムが戻ってきており、司祭とサーディス、トーラムで裏取引が行われている最中であった。
壮年の司祭が穏やかに微笑んでいる。
「おかえりなさい、ティガロさん。……さきほどの、告解室でのお話はとても有意義でしたね。」
有無を言わさない笑顔に、ティガロはやや引きつつも頷く。告解室で有意義とは、とも思ったが、まあ、偉い司祭がそういうのだからきっとそうなのだろう。
「ここしばらく使っていなかったのに突然1日に10回以上も使いましたから……ええ、治癒の魔法陣が割れたのは“寿命”だったのでしょう。その前にサーディスさんが助かって本当によかった。精霊様は正しき者には時偶こうして手を差し伸べてくださるのです。」
この司教は主都トリットリア精霊教会のトップである。その偉い司祭がそういうのだから、きっとそうなのだろう。そう、そういうことになったのだ。ティガロは静かに頷いた。
つまり、治癒の魔法陣は経年劣化で割れたということになった。トーラムが透明な魔素クリスタルをいくつ渡したかはわからないが、司祭の満足する数だったのだろうとそのほくほく顔が物語っている。とんだ汚職司祭である。
「おや? 疑っていますね?」
「滅相もないです。」
内心を見透かされ、ティガロはひやりとしながら司祭に即答した。司祭はおかしそうに「ええ、ええ、わかっていますとも。」と続ける。
「この魔素クリスタルは精霊教会に匿名で献げられたものとして、きちんと処理をいたしますよ。まあ、研究用として軍部へ持ち込むのが一番いいでしょうね。ええ、賄賂にするにもポケットマネーにするにも、目立ちますから。」
ぱちりとウインクして見せるのだが、壮年の、男の司祭である。ティガロはすでに疲れているのにさらに疲れが増した気がして、「はあ。」と気の抜けた返事をした。
「さてさて、それでは私はまだやらなければならないことがありますので、これで失礼いたしましょうか。神官たちとともに、治癒の魔法陣で治りきらなかったものたちの看病も引き続きせねばなりませんからね。ええ、サーディスさんがあの状態から完治されましたのはひとえに、精霊様のご加護のおかげなのでしょう。ですが、大事をとって一晩はこちらでお過ごしくださいね。それではみなさまに、精霊様のご加護がありますことを。」
最後にそう釘を刺して、司祭は部屋から出て行った。
残ったのは、微妙な空気感のサーディスとトーラム、そして疎外感しかないティガロである。
最初に口を開いたのは、サーディスだった。
「重ね重ね、すまないな、いろいろ全てを任せてしまって。」
話す相手は、ティガロだ。
「あ、いえ、まあ、一応拠点にしてる街なんで、俺が話すほうがスムーズですから。」
「俺、なんにもできなかったからなあ。」
だいぶ落ち着いたように見えるトーラムが、ぽりぽりと頭をかきつつ「恥ずかしいとこ見られちゃったなー。」と力なく笑う。ティガロは「いえ。」と首を振った。
「あれだけ早く精霊神殿に向かえたのは黒いワーウルフ型を倒したトーラムさんのお陰ですし、魔素クリスタルのことを思い出したのもトーラムさんですよ。結果的に見れば、魔獣は2匹とも倒されて、サーディスさんは助かって、白銀の栄光なんて無傷だったんです。」
「お前、いいやつだなあ。」
トーラムがのほほんとそんなことをいうので、ティガロは盛大に安堵した。どうやらトーラムは“普通の状態”に戻ったようである。まだ目は腫れぼったいが。
「あ、それで、ワーウルフ型魔獣が2匹いて、うち1匹が自爆したこと。それでサーディスさんが怪我を負ったので精霊神殿に運んで、無事回復したことを伝えておきました。あと白銀の栄光が思いのほかしっかり戦闘できていたことですね。」
白銀の栄光が先に報告に走ったとき、実はティガロは内心戦々恐々としていたのだが、彼らはきちんとティガロの秘密を守り、特級回復薬や回復の魔法陣の存在を傭兵ギルドに隠してくれていた。出所を探られるわけにはいかなかったので、あの3人には感謝である。
そしてその後白銀の栄光に対して、サーディスとトーラムにも内緒にしてほしいとお願いしておいた。彼らは快く了承してくれたのだが、なんというか精神的な成長っぷりに思わずティガロは感心したのだった。
そこでティガロはふと違和感に気が付いた。白銀の栄光は傭兵ギルドからクソだなんだとこき下ろされていたが、実際一緒に戦ってみても特に問題はなかった。実力としては、魔獣討伐の補助としてじゅうにぶんに通用するレベルだったのだ。
そして思いつく。白銀の栄光があんななのは、魔獣討伐に連れて行っていたランクBの傭兵たちが、あくまでもお貴族サマの大事なご子息サマを相手とした“接待パーティー”を組んでいたからだったのではないかと。
サーディスが死にかけていた時のヘブンらの動揺が大きかったのが、そもそもそういった場面に全く遭遇させてもらえなかったからだとすれば。……接待パーティーならば白銀の栄光が戦う場面など開幕のちょっとくらいで、ランクBの傭兵たちが彼らの戦いをじっくり見ることはない。結果的に傭兵ギルドに報告するときも白銀の栄光の活躍は“ほぼ皆無”扱いにされてしまうだろうし、そうなってくると傭兵ギルドからの評価も下がりっぱなしということになる。
拍を付けるためだけに傭兵ランクを取得しているような相手ならば、嫌でも接待パーティーにしなければならないこともあるが、相手はランクCまで自力で上がってきたただの傭兵と変わりない前衛の3人組だ。白銀の栄光の評判が落ちている理由を察して、ティガロはちょっぴり同情したのだった。
「だが、黒いほうの素材は諦めて帰ってきたんだろ?」
「……まあでも、白銀の栄光の3人も納得していますし……。」
サーディスの言葉に、ティガロは曖昧な返事をした。トーラムがしょんぼりしている。
サーディスはゆるく頭を振って、「いや。それじゃあだめなんだよ。」と諭すようにティガロに告げた。
「補償は必ずする。それは俺たちなりの、けじめなんだ。トーラムも、ああなってはいたがちゃんと補償するって言っただろ? ……言ったよな?」
「い、言ったと思う……。」
「そうですね……聞きました。」
「だから、白銀の栄光にもそれを伝えておいてくれ。マウンズに帰ってからになるが、傭兵ギルドを経由して入金しておく、とな。」
「わかりました。」
俺たちなりの、と言われティガロは食い下がらずに頷いた。補償が、これが初めてではないのだろうと察したからだ。
「あ、そーだ。」
さっきまでしょげていたはずのトーラムが、いきなり明るい声を上げる。
「ティガロってさ、リネッタの保護者だよな?」
いきなりの話の方向転換に、ぐ、と呻いて、ティガロは返事に困ったように思わず顔をしかめた。
「どっかで聞いたことがあるなって思ってたんだよなあ、ティガロって名前。」
「ああ、そういやそんな名前だったか?」
正直リネッタとは二度と会うつもりはなかったのだ。透明な魔素クリスタルですでにやらかしているのに、これ以上何を聞かされるというのだろうか。
身構えたティガロに対し、サーディスが苦笑いをこぼす。
「ああいや、別に、何か問題があったわけじゃないんだ。いや、いろいろあったんだが、別にティガロにどうこうというわけじゃない。俺たちがルーフレッドさんと繋がりが持てたのも、もともとはリネッタが知り合いだったからだし、あの子には感謝してるくらいだ。」
「……はあ。」
まあ、某侯爵に対しても全く怯まなかったあのリネッタならば、何が起こっても大抵のことならば自分で解決してしまいそうである。と、ティガロは全く疑問を持たずに受け入れた。
トイルーフと知り合いだというのも、まあ、魔法陣が大好きなリネッタならば近づきかねない。というか、やり手だと聞くトイルーフ側がリネッタの違和感に気づき親交をもったと言われても、ティガロは驚かなかっただろう。
「だから、リネッタは元気で旅立って行ったって伝えたかったんだよなー。傭兵ランクもEに上がって、もう一人立ちもしたしな!」
「……はあ。……あ、もうマウンズにはいないんですか。」
「うん、なんか、アリダイルの貴族の嬢ちゃんに気に入られて、雇われてった。」
「リネッタなら、まあ。」
リネッタは霊獣化が使え、精霊の祝福も持っている。それをどこまで隠しているかはわからないが、ランクEになったのならば霊獣化は使えることを公言しているかもしれない、とティガロは予想する。
そんなことを考えていると、なぜかサーディスとトーラムが感心したようにティガロを見ていた。ティガロは訝し気に2人に視線を向ける。
「……何か。」
「いやあ、俺たちも、さんざん他の奴からリネッタに対して受け入れすぎだろと言われてきたんだが……」
「今、そいつらの気持ちがよく分かったんだ。なるほどなあって。」
「…… まあ、リネッタと関われば関わるほど、そうなりますよね。」
「そーだよなー。」
ティガロは2人からの微妙に生暖かい視線を受け流しつつ、遠い目をした。リネッタはやはりマウンズでも何かしらやらかしていたのだなあ、と。




