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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
255/299

閑話 こうして謎は深まっていく



 結果的に、サーディスは助かった。


 助かったというか、全快した。


 ただし、治癒の魔法陣は(せいだいに)バッキバキに割れ(やらかし)た。



__________




「……トーラム?」


 目を焼く輝きが収まってしばらく。何が起こったのかわからず3人が呆然としている間に、さきほどまで死にかけていたサーディスがむくりと起き上がって、何事もなかったかのように困惑しつつ涙でぐちゃぐちゃのトーラムを見やる。


「さっ……ザーディズぅ――――!!」

「お、おいっ!?」


 トーラムがお腹辺りにがばりと抱きついてぎゅうぎゅう腰を締め付けても、サーディスはわずかな痛みすら感じていないようだった。とはいえ先ほどまでは内臓に致命傷を負っていたのだ。腹を圧迫されたサーディスが、ぅぷ、と顔をしかめて慌てて抱きついているトーラムを引っぺがし、トーラムのいない方へと体を傾けて床へと大量の血を吐き出す。


「げほっ、げほ……血? な、何だ、くっそ。」


 悪態をつきつつも腕で口のふちについた血を拭い、はたと気づいてサーディスが自らの脇腹を見下ろす。そこには穴の開いた、鉄板が仕込まれた魔獣の革鎧が血塗れのままになっていた。


「……俺は。……そうか、そういや爆発に紛れて飛んできた頭に噛みつかれたんだったか。」


 そう言いながらサーディスが真剣な視線を向けたのは、涙でぐっずぐずのトーラム、ではなくティガロだった。


「すまん、迷惑をかけたな。」

「あ、いや、俺よりも……」


 まさかのスルーに、ティガロがぶんぶんと首を横に振る。


「黒い奴は、トーラムさんが一人で片づけてくれたんで……」


 そう言っても、サーディスはトーラムのほうをちらりと見てからティガロに視線を戻して、「そうか。」と言っただけだった。トーラムは土砂降りの外に捨てられた子犬のような顔をしている。

 焦ったティガロがさらにトーラムをフォローしようとしたその時。ふいに司祭が「っは!」と正気を取り戻し、大声を上げた。


「何ですか今のは!!!!!!!」

「!?……あ、ああ、司祭様か。ここは、じゃあ、精霊神殿か。まあ、死にかけてたらそうか。」


 サーディスが困惑しながら司祭に視線を向けると、司祭は鼻息も荒くトーラムのほうへと詰め寄った。


「何ですかさっきの魔素クリスタルは!見てくださいこの治癒の魔法陣を!!!」


 司祭がばばっと片腕を広げて床を見せる。トーラム、サーディス、ティガロの3人が治癒の魔法陣を見ると、魔法陣には多くの亀裂が入っていた。残念ながらもう使えそうには見えない。


「うおっ……俺が寝てる間に何があったんだ……?」


 サーディスが呻き、


「あー……。」


 ティガロが死んだ魚の目になり、


「え、お、俺!?」


 と、トーラムは狼狽えた様子で怯えた。


「そう、貴方です!いえ、貴方でもいいんですよサーディスさん!さっきの魔素クリスタルは、貴方のポーチから出てきましたからね!?私、見ていましたからね!??」


 次に標的になったのはサーディスだった。


「は? え? 俺の魔素クリスタルがどうしたって?」

「サーディスさんのポーチから出てきた透明な魔素クリスタルを2個割って治癒の魔法陣を発動したら、こうなったんですよ!」

「透明な……ああ、あのお守り、使えたのか。だが、いや、ま、待て、あの魔素クリスタルのせいで治癒の魔法陣が割れたってのか!?」


 サーディスの頭にまず浮かんだのは、“弁償”の2文字である。しかし司祭は興奮のままに「こんな魔法陣はどうでもよろしい!」と切り捨てた。


「ここをどこだと思っているんですか、魔道具の国トリットリアですよ!治癒の魔法陣など、職人そのものが住んでいるのですからそんなものは作りなおせばよろしいのです!問題は、この、2級の魔素クリスタルを割っても全く問題ないはずの魔法陣をこんな有様にしたこの魔素クリスタルです!」


 司祭はそう言いながら、サーディスの台の上に置いたままになっていたひとつ残った透明な魔素クリスタルをそっと摘み上げた。


「このサイズで2級?……そういえばティガロさん? 貴方は、2級に近いとかなんとか言っていましたね? どういうことです? 貴方はこれを、知っていたのですか?」


 最終的に標的になったのはティガロであった。

 ティガロは死んだ目のまま、司祭に言った。


「ここを告解室にしてください。」


 と。


 精霊神殿の告解室とは、有体(ありてい)に言えば、自分の中だけに留めたい悩みを神官に聞いてもらってすっきりする部屋だ。本来は精霊王サシェストや太月ムルナスなど信仰している精霊に向けて、罪を告白し、懺悔するらしいのだが、そんなことを本当にしているのは超がつく敬虔な信者だけで大抵は神官との雑談に使われているのだろう、とティガロは考えている。もちろん実際がどうなのかなど、ティガロは全く知らないのだが。

 ただし、使う側(というかティガロ)はそんな軽い気持ちで使ってはいるが、話を聞く神官側はかなり厳しい規律で縛られている。罪の告白もあるのだから、当然、神官側には守秘義務が発生しているのだ。


「わかりました。他に人がいらっしゃいますが、いいのですね?」

「もちろんです、ある意味当事者なので。」


 ティガロは、深くため息をついた。それから、静かに話す。


「まあ、といっても、そんな大した話ではないんですがね。俺がティガロでは(・・・・・・)なかったころに(・・・・・・・)、ディストニカ王国の王都で、その透明な魔素クリスタルが裏取引されてましてね。それを知っていただけですよ。当時取引されていたのは5級の魔素クリスタルのサイズで3級レベルだったんで、まあ4級サイズなら2級はくだらないだろう、とね。」

「ディストニカ王国の……王都で。」

「で、そこでちょっとした(・・・・・・)事件がありましてね……王都で取引されていた透明な魔素クリスタルはとあるお貴族様が全て自分のものにしたので、世に出ないままになったはずなんです。たぶん。で、まあ、俺はその事件に運悪く巻き込まれ、死んだ……ことになったのでティガロになってこの街に来たんですよ。ほんと、二度と見たくなかったんですけど、まさかこんなところで、また、これを見ることになるとは。はあ。」

「なるほど、そんなことが。ふむ。」


 司祭は欝々とし始めたティガロに何も言わず、ただ頷いた。そして透明な魔素クリスタルを壁の明かりにかざし見て、「美しいな……。」とつぶやいた。


「それで、お二人はどこで、これを?」


 司祭がサーディスとトーラムに聞く。


「あー……もらったんだ、お礼だって。」

「もらった?」

「ああ。たぶん3級くらいの魔素クリスタルだ、ってな。」


 サーディスが当時のことを思い出しながら答えた。


「たぶん……?」


 司祭が首を傾げたので、ティガロが助け舟を出す。


「王都で魔素クリスタルを捌いていたのは、年端もいかない子どもでした。その子どもも透明な魔素クリスタルの価値はよくわかっていないようで、流れの生成師があえてそういう無知なやつを使ってるんだと思います。出所は探すだけ無駄でしたね……ほんと。王都でも目を付けた貴族が血眼になって探していたんですが、結局生成師は見つかりませんでした。」


 もちろん船を出す相手はサーディスである。


「なるほどなるほど……。」


 司祭はふむふむと頷き、ティガロからサーディスに視線を戻した。


「ちなみに、この魔素クリスタルは、まだ持っておられますか?」

「ああ、ある。宿に置いてある鞄にも何個か入れてたはずだ。」

「2級……いえ、3級だと思っていたとしても、魔素クリスタルを宿に置きっぱなしにされているのですか……?」

「俺たちが泊っているのは“暁の曲がり尾亭”だからな、盗難は全く心配してないんだ。」

「……あなた方は傭兵のふりをしている貴族か何かだったんですか?」


 それはトイルーフ魔道具本店直営の、完全予約制高級宿であった。その入り口から冴えない傭兵2人組が出てきたら完全に物盗りだと思われそうなものなのだが……考えてみれば2人の装備していた片手剣はどちらもトイルーフ製なのだと思い出し、ティガロはゆるゆると頭を振った。いや、これ以上考えるのはよそう、と。しかし、サーディスがあっさりとネタばらしをする。


「ルーフレッドさんのご厚意でな、護衛でここまでくるとマウンズに帰るまでの数日間、部屋をとってくれるんだよ。俺たちの稼ぎじゃ到底宿代なんて出せないって。」


 ルーフレッド。トイルーフ魔道具店の天才兄弟の片割れと同じ名前である。つまりこの2人は、トイルーフ魔道具店と護衛の専属契約をしているのだろうか。何それ怖い。ティガロは怯えた。


「とりあえず、あなた方2人が規格外なのはわかりました。が、それで、宿に置きっぱなしになっているというその魔素クリスタルは分けていただくことは可能ですか? もし分けていただけるのならこの魔法陣の修理代と相殺でも構いませんよ? まあ、もともと請求するつもりはありませんけれど、ええ、きっとこの魔法陣の修理代を聞けばあなた方はいくらかでも支払わなければならないと思われるでしょうし。」

「……いいよな? トーラム。」

「え、俺? 俺はいいけど……」


 急に話しかけられて戸惑うトーラムをよそに、サーディスはさっさと了承してしまった。

 そもそも2級の魔素クリスタルなんて、国で管理するレベルのものである。そしてそんなもので魔剣の魔法陣を発動しようとした日には、この治癒の魔法陣と同じ運命をたどることになるだろう。しかも、戦闘中にだ。まごうことなき致死の罠である。

 それに、リネッタはその透明な魔素クリスタルを……何を考えているのか何も考えていないのか、リネッタの頭ほどの麻袋にぱんぱんに詰めて2人へとそれぞれ(・・・・)渡していた。つまり、透明な魔素クリスタルはまだまだあるのだ、マウンズの傭兵ギルドにある貸倉庫の中に。それが全て2級の魔素クリスタルならばひと財産どころではない。サーディスは背筋がひやりと冷たくなっていくのを感じていた。



 そんなわけで、それからすぐに司祭が治癒の魔法陣の修理依頼をしに魔道具ギルドへ、トーラムが透明な魔素クリスタルを取りに暁の曲がり尾亭へと向かい、ティガロは傭兵ギルドに改めて報告しに行くことになった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] > 何それ怖い。ティガロは怯えた。 ここシンプルでめっちゃ笑いました!
[一言] うすうすそんな気はしていたけれど、やっぱり リネッタはどんぶり勘定で魔力を込めていたのか……
[一言] 私の中の格好良いトーラス像がぁぁ……。 まあ、それはともかく無事で良かった!! これを伏線に面倒なことが起きそうな気配がするようなしないような……?
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