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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
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閑話 そうして来たるそれぞれの岐路 4

 灰色のワーウルフ型魔獣対、トーラム、ヘブン、アーク。

 黒色のワーウルフ型魔獣対、サーディス、ティガロ、グラーク。

 どちらも、明らかに魔獣側が疲弊していた。


 ランクB魔獣というのは、最低ラインとしてランクC傭兵2人とランクB傭兵が1人いれば討伐できるランクとされている。ランクAに近い傭兵ならば1人でも倒すことが可能なこともあるし、逆に魔獣の討伐を少しかじった程度のランクC傭兵だけでも、魔獣を傷つけることのできる武器さえあれば、6人程度で怪我をしつつもなんとかなってしまうレベルでしかない。


 しかし、そんなものでも(・・・・・・・)使いようはある(・・・・・・・)


 興味を失い、未だぶつかり合うそれらから視線を外す。

 ――今回の成果はここまでだ。まあ、ランクBを2匹消費で10なら大敗にはならないだろう。特に無能な傭兵を喰えたのは僥倖だった。

 賭けごとは、勝つことよりも負けないことのほうが大切だ。勝ち過ぎず、負け過ぎなければまず損をすることはない。


 ……最後に1つか2つ道連れにできれば儲けものか。


 男は懐から1枚の布を取り出し広げた。それにはひとつの魔法陣が縫い付けられている。

 魔法陣に、魔素を集める。空気中の魔素を魔法陣の中央に集めるイメージだ。手をかざし、集中する。


 ほどなくして、魔法陣に淡い光が宿った。


「さあ、最期を楽しんでくれ。」




__________




 トーラムは灰色のワーウルフ型魔獣にとどめを刺すタイミングをはかっていた。ヘブンかアークがケリをつけてくれるのならばそれが一番いいのだろうが、2人は魔獣が途中から頻繁にし始めたフェイントを見抜くことに必死で戦いの終わりを見失っている。ランクCの2人はじゅうぶんに戦えているが、そのせいで戦うことが目的となってしまっているのだ。

 しかし、本来は、戦いはできるだけ短く済ませるほうがいいに決まっている。もちろん戦闘経験は大事だが、目的は“討伐”だ。それを見失っていてはランクB傭兵にはなれない。


 と、トーラムはすぐ近くでサーディスたちが戦っていることに気づいた。灰色のワーウルフ型魔獣はすばしっこくよく跳ね移動するので、いつの間にか近づいてしまったようだった。サーディスもトーラムらに気づき、2人の視線が交差する。


 そろそろ。

 ああ。


 一瞬の視線の絡みだけで頷くこともせずそんなやり取りをし、すぐに魔獣に視線を戻したトーラムは気合を入れなおした。万が一のために、魔素クリスタルを追加で割っておく。


「ヘブン!アーク!終わらせ――」


 その時だった。

 ヘブンに向かって噛みつこうとしていた灰色のワーウルフ型魔獣の体が、何の前触れもなくびくんと痙攣した。目を見開き、空を仰いで、よた、よた、と2歩後ずさって、血まみれのあぎとを開いて苦しそうな声を出す。


「ッ!?」


 ヘブンとアークがその異様な光景にやや後ろに下がり、代わりにトーラムが包囲を抜けられないよう近づく。灰色のワーウルフ型魔獣は、「ァガ、ガ……?」と苦悶の声を漏らしながらゆるく頭を振って……その背中に淡く魔法陣が浮かびあがるのを、後ろに回ったトーラムだけが見ていた。


 瞬間、何か恐ろしい予感めいたものを感じて、トーラムは動かない魔獣の脇をすり抜けるようにヘブンとアークに近づき、背中側にかばうように位置取る。


「何が……!?」

「下がれ!何だ……?」

「えっ!?」


 トーラムがヘブンとアークを下がらせようとする。すでに何かしらの魔法陣が発動しているのだ。


 不意に、ぼこ、と灰色のワーウルフ型魔獣のわき腹が膨れ上がる。その体が、膨らんだぶん不自然に傾く。ざわりと鳥肌が立つ光景に――それだけでトーラムは次に何が起こるか理解して叫んだ。


「自爆だ!2人とも逃げろ!」

「じ、ばっ!?」

「うわあああっ!!!」


 トーラムの言葉を理解するや否や、ランクC傭兵2人がすぐに踵を返して脱兎のごとく走った。灰色のワーウルフ型魔獣はボコボコと膨れる体で追いすがろうと、よたよたとしながらも進む。それを見たトーラムは……逃げ遅れるのを承知で、左手に持っていたロングソードを灰色のワーウルフ型魔獣の足に突き刺し地面に縫い留めた。走るランクCの2人には追い付けないだろうが、爆発の規模によっては近くで戦闘しているサーディスたちに被害が及ぶ可能性があったからだ。


 この灰色のワーウルフ型魔獣は、自爆する。自爆した魔獣は魔核もバラバラになる。残るのは黒い大きなワーウルフ型魔獣だけで、それはサーディスたちがなんとかするだろう。トーラムが完全に爆発から逃げ切るのは厳しいが、自分が多少巻き込まれて怪我をしたとしても未来あるあの3人に怪我がなく、サーディスとティガロも合わせ5人が無事なら魔獣が追加で出ても問題は起こりづらい。


 ――しかし、事態は最悪へと向かっていた。通常の魔獣の自爆を何回も体験したことがあるトーラムの想像よりも、灰色のワーウルフ型魔獣の自爆へのカウントダウンははるかに速かったのだ。トーラムが魔獣を大地に縫い留めその場から離れようとするその僅かな時間の間に、それはすでにワーウルフの原型をとどめていないほどあちこちが膨れあがり、死の気配をばら撒いていた。



 あー、これはちょっと、まずい、な……。



 そんな予感がして、トーラムはきちんと逃げられたのだろうかとランクC傭兵2人を見やる。2人は驚愕した顔でトーラムを見ていた。一緒に逃げたと思っていたのに、気づけばトーラムが魔獣の足止めをしていたのだ。まああんな顔にもなるだろうと、トーラムはこんなときであるのに苦笑いを浮かべた。


 いつも逃げ遅れるのはトーラムのほうだ。これでは、サーディスに、また、叱られてしまう。


「ギャァアアアアアアアアッ!?」


 ひときわ大きく、灰色のワーウルフ型魔獣が天に向かって吠える。トーラムは爆風に逆らわず衝撃をできるだけ逃すため姿勢を低くして頭を下げ、体の力を抜いて吹き飛ばされる覚悟を決めた。


 カッ――と閃光が(ほとばし)る、


 その、直前。


 トーラムの視界の端に、見慣れた背中が映った。


「サーディ――――!!?」


 思わず目を見開き、振り向く。しかし目を焼く強い光の直後、トーラムの声をかき消して灰色のワーウルフ型魔獣が爆発した。それが衝撃波となってトーラムを襲うことは、なかったが。


 光と音で全てが眩んでいるというのに、トーラムには、盾の魔法陣を展開したクレイモアとロングソードを交差させて地面に突き刺し爆発に耐えるサーディスの後姿がやけにはっきり見えた。

 サーディスは……衝撃波には耐えた。しかし不意にクレイモアがばきりと音を立てて半ばから折れ、サーディスがトーラムのほうへと弾き飛ばされる。それを受け止めたトーラムは、……惨状に息を飲んだ。サーディスのわき腹から胸にかけて、灰色のワーウルフ型魔獣の頭だけが噛みついていたのだ。爆発を耐えたクレイモアを折ったのは、これだろう。……神官でも医者でもないトーラムから見ても、サーディスのわき腹の傷は致命傷であるように思えた。


「……なん、で。」


 状況に思考が追いつかず頭が真っ白になったトーラムから、そんな言葉がこぼれ落ちる。あの規模の爆発であれば、トーラムは助かったとしても傭兵を続けるのは難しい怪我を負っただろう。しかしサーディスがかばったとしても共倒れになってしまいかねなかったはずだ。それなのに、なぜ。

 サーディスは、答えなかった。代わりに困ったように薄っすらと笑んで、途切れ途切れに「すまん、しくった……奴を、……頼む。」とだけ言った。

 トーラムが言われるままゆるゆると頭を上げると、やや離れたところで黒い大きなワーウルフ型魔獣とティガロ、そしてグラークが戦っていた。


 ああ、あれを斃さなければ帰れないんだ、と、そう思った瞬間止まっていた思考が俄かに回転し始める。


 ――そうだ、いつもは俺が連れて帰ってもらっているのだから、今度は俺が連れて帰る番だ。


 トーラムは静かに立ちあがると、サーディスの腰に残っていたファルシオンを引き抜いた。


「ちょっと、借りる。」


 急がないと。手遅れになる前に。


 魔素クリスタルを割る。ひとつ、ふたつ。


「ティガロ!もしかしたらそいつも自爆するかもしれない!グラークを下がらせてくれ!」


 そう声をかけると、ティガロは訝しげにトーラムを見やり、それから倒れ伏したサーディスを見つけて目を見開いた。

 そんなティガロと入れ替わるようにして、トーラムが黒いワーウルフ型魔獣の前で出る。すれ違いざま、トーラムは「……サーディスを頼む。」とティガロに呟いた。ティガロは「わかった。」と小さく頷く。


 全身を切り刻まれ、黒いワーウルフ型魔獣は泡を吹きながらひどく興奮していた。ティガロではなく、パーティーメンバーのほうへと走っていくグラークに追いすがろうとしたところを、トーラムが前に出てその酷く重い爪を受け止める。


 ギチ、とトーラムの魔剣が軋んだ。受け流さなければならない攻撃だが、トーラムの後ろではティガロがランクC傭兵らを庇いながら後退している。ここで下がれば、横をすり抜けられるかもしれない。それは絶対に阻止しなければならない。


 近くでは、自分を庇ったサーディスが血だまりを作って倒れている。ティガロと白銀の栄光(シルバー・グローリー)がサーディスを安全な場所に移動させ応急処置をするまで、ここを通すわけにはいかないのだ。絶対にここで終わらせる。そうしたら、怪我をしたサーディスを連れて精霊神殿に行くのだ――。


 トーラムは右手に幅広のロングソード、左手にはサーディスのファルシオンを構え、小さく、ほんの小さく息を吐いて体の力を抜いた。

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