7-3 ヨルモの1日 1
その日は昼から、王都の東に広がる森の中で、畑を荒らす害獣を退治する仕事だった。
将来的には傭兵か、運が良ければ自分を拾ってくれたこの国の兵士になりたいと思っているので、例え小さな獣相手だったとしても実戦経験が欲しい。だから俺はこういう類の仕事を結構気に入っている。
今日も、退治目標は潰れた鼻の両脇から鋭い牙ののぞく小牙豚だ。主に畑のイモ類を鼻で掘り起こして食べたり、実る直前の穀物を踏み荒らしながらその実を食べてしまう。
国から依頼される仕事で退治した害獣は、基本的に退治した者のモノになるので、うまく倒せば牙や毛皮は売ることができるし、何よりこいつの肉は固くて臭いが食べることが出来る。俺たち孤児が狩った小牙豚は、孤児院で出てくる干し肉になるのだ。
肉を持てるだけ持って帰れば全て孤児院の食事にできるので、基本的にこの仕事があるときは優先的に受けるようにしていた。
小牙豚は、俺の膝丈くらいの大きさで、重さも人に換算すると幼い子供程度しかない。
しかし、固い毛皮に覆われているので剣が通りづらく、俺が得意とする短剣では簡単に弾かれてしまうので、今日は短槍を持ってきていた。これは、仕事を受けた時に借りる事のできる武器の中のひとつで、他にも斧や剣やハンマーなどがある。
短槍にしたのは、まっすぐ突進しかしてこない小牙豚に対して、突進を避けては刺し、避けては刺し、という方法を繰り返して倒すからだ。効率を考えれば魔法陣で罠を張るのが一番いいのだが、俺は獣人だ。毛皮はダメになるがこうする他に選択肢はない。
俺の他に、よくこういった仕事で一緒になる4人ほどの少年達が小牙豚退治に参加している。手にはそれぞれ片手斧などを持っているが、腰に小さめのナタと革袋を下げただけの奴も1人いる。こいつは魔法陣で罠を張るのだ。
「何匹狩れるか勝負しようぜヨルモ。」
「おう。肉は持って帰ってやるから牙よこせよ。」
「お前らさ、肉くれるのはありがてーんだけど、ちゃんと血抜きしてくれよ。血抜きしてもくっせーんだからよ。」
「血抜きかあ。僕、血とか見るの苦手なんだよなー。」
「お前、なんでこの仕事受けてんだよ。」
ゲラゲラ笑いながらそんな軽口を交わし5人で森に入ったが、中で一緒に行動するわけではない。
小牙豚は集団を作らず、オスは一匹で行動するし、メスも小さな子どもがいれば別だが基本的には一匹で行動している。狩る側が固まって行動すると逆に効率が悪いのだ。
誰も飛び道具を使わないので仲間同士で相打ちになることはまずないし、他の強力な獣に出遭えばできるだけ巻き込まないように連絡手段もきちんと相談しあっている。といっても、魔法陣の使えない俺達の連絡手段といえば笛しかないのだが、それでも大声を出すよりもはるかに遠くまで聞こえるので充分だ。
俺は森の中の足跡をすばやく発見すると、その足跡を追って森の奥へと入っていった。なかなかの大きさの足跡だ。大きい個体なのかもしれない。こんな王都に近いところにこんなサイズがいるのは稀で、俺一人で対処できるかわからないので、俺は気を引き締め直した。
しかし、そのでかい小牙豚の足跡にまぎれて、小さな人の足跡が混じり始める。俺よりも小さい足跡なので、もしかしたら迷子がいるのかもしれない。
この森には、小牙豚だけではなく、小牙豚を餌にしているような危険な獣が生息しているのだ。俺は急いで小さな足跡を追いはじめた。
小さい足跡は、大きな小牙豚の足跡を踏みながら、獣道をたどるように進んでおり、進んでいくと程なくして少し開けた空き地に出た。
空き地の中央には、大木が倒れて朽ちている。その大木の脇に、薄汚れたフード付きのマントを羽織った小さい子供がしゃがみこんで何かをしていた。
「おい、ガキ!何してんだこんなところで!」
多少怒りながら、慌てて声を上げて近寄ったのだが、振り返ったその少女の顔を見て、俺は「はあ?」と気の抜けた声を出してしまった。
「リネッタじゃねーか。お前、こんな所で何してんだ。」
「あらヨルモ。今日もいい天気ね。今、花を摘んでいたところなの。」
「花あ?」
見れば、確かにリネッタの周りには花が束ねて置いてある。
「この花、加工して売ろうかと思って。これなら、私にも出来るでしょう?」
しれっとした顔でそういうリネッタに、俺はため息しか出てこない。
「きれいな花を辿ってきたら、ここに出たのよ。そうしたら、こんなにいっぱい花が摘めたわ。」
自慢気に、足元の花を指差す。そこには、青い花や草が山積みになっていた。
「あのなー、お前さ、ほんとこんな所で何してんだよ。この森には肉食獣もウロウロしてんの。分かるか?森は危ねー所なの。おい。」
「あら、そうなの。」
「そうなの、じゃねーよ。アホか。それに、薬草ならまだしも雑草なんて誰も買わねえよ。花なんて飾る金持ちは、花屋に行くだろ。」
「薬草?」
リネッタが首を傾げる。
「ヨルモは、薬草の見分けがつくの?」
「そりゃ、仕事で採取しに来るからな。最低限の薬草は分かるぞ。でもな、さっきも言ったよーに、この森には肉食獣もいんだよ。つか、お前の場合は小牙豚の突進でも満足に避けれねーだろーが。」
「リトルモス?」
「潰れた鼻とちっこい牙のある丸っこい獣だよ。基本的には芋とかきのことかを食ってるが、雑食で屍肉も食うし、遭遇すると襲い掛かってくることも多いんだ。突進にぶつかると俺でも骨が折れる。しかもこの辺りに特にでかいのが居るっぽいから、早く帰れ。」
「……ああ。」
俺の説明をきいたリネッタは、どこか含みのあるような声で小さく頷いた。
「どっかで見たのか?」
「えっと。」
なぜか歯切れが悪い。すると、リネッタは、「大木の向こうに居るわよ。」とだけ言った。俺が首をひねりながら大木に飛び乗ると、すぐ真下に大きな小牙豚が寝そべっていた。
「うおっ!?」
通常の小牙豚の2倍はあるだろうか。なかなか見ないサイズに驚いて声を上げてしまった。しかしよく見れば、大木に寄り添うように寝そべっているその小牙豚は動いていない。――いや、腹が小さく上下している。死んではいない、のか?
「寝ているみたいよ。」
「はあ?」
小牙豚は警戒心が強く、小さな物音でも敏感に目覚める。しかも、こういう“生き残ってきた”大きい個体は肉食獣にも攻撃をしかけるくらい好戦的で、こんな風に寝こけていることはまずない、はずなのだが……
「ほんとに起きねーのなー。」
その辺に落ちていた枝でつついても、小牙豚は全く動じずすやすやと寝息を立てていた。いつもなら見つけた瞬間逃げるか、場合によっては仲間を集めて狩るサイズだが、これなら、最初の一撃をきっちり入れたら、俺一人でも狩れるかもしれない。
「お前が来た時にはもういたのか?コイツ。」
「え、ええ、いたわ。動かないから、大人しい獣かと思っていたわ。」
なぜか明後日の方向を見ながらリネッタが言う。
「どうすっかな~。」
俺は頭をワシワシとかいて呻く。なぜここまで熟睡しているのかは分からないが、このサイズなら一匹でも1日分の報酬程度は出るだろう。しかも、うまく殺すことができれば毛皮も手に入るかもしれない。
「ま、とりあえず狩るか。」
その言葉に、リネッタが慌てて俺を見る。まあ、基本的にこういう事は女は苦手なものだ。しかし、俺の目的はコイツなのでしょうがない。
「俺は仕事でコイツらを狩りにこの森に入ってんだよ。コイツらは畑を荒らすからな。肉はくせーけど食えるぞ。まあ、手伝えなんて言わねーからちょっとそこで待ってろ。」
「わ、分かったわ……。」
リネッタはそう言うと、小さく頷いて、先ほど摘んでいた花を小さく束ねはじめた。どうやら本当に持ち帰って売ろうとしているようだ。




