閑話 そうして来たるそれぞれの岐路 1
黒いワーウルフ型魔獣が腕を振り下ろす。それを受け止めただけで、ギチ、とトーラムの愛剣が軋んだ。受け流さなければならない威力の攻撃だが、トーラムの後ろではティガロがランクC傭兵らを庇いながら後退している。ここで下がれば、横をすり抜けられるかもしれない。それは絶対に阻止しなければならない。
近くでは、サーディスが血だまりに倒れている。退くことはできない。絶対にここで斃す。そうしたら、サーディスを連れて精霊神殿に行くのだ――。
ワーウルフ型魔獣の討伐に来た6人は廃村から1キロほど離れているところに乗合馬車を停めて、現地まで歩きで向かった。
狼系の魔獣は、一般的に鼻が良いとされている。馬車を離れた場所に置いたのは、近くで馬の匂いがすれば御者が危ないかもしれないからだ。まあ1キロなど魔獣にとっては誤差でしかなく、目の前よりはましだろうという程度の配慮ではあったが。
討伐が終われば、専用の笛で呼べば馬車は現地まで迎えに来てくれるのだが、笛の音が届くのが1キロ程度しかないというのも、その中途半端な距離の理由の一つである。
廃村と呼ばれていた場所は、かなり小さな規模の集落であった。家は15戸もないだろう。
平屋建ての家は大部分の壁や柱が壊され中が見えている。畑であっただろう場所はめちゃくちゃに荒らされていて、ここで何かが起こったのだと容易に想像がついた。
吹いている風はどこか薄っすらと血生臭さと獣臭さを孕んでいる。澱んだ空気の中に、たしかな殺気を感じる。
――ここにいる。
トーラムはそう確信したし、視線を向けた先にいるサーディスも小さくうなずいた。
「獣臭いな。ここにいるのだろう。」
そう言いながら2人の取り巻きを従えて堂々とヘブンが歩き出そうとするのを、サーディスがやんわりと止めた。
「……何かを感じないか?」
「何か?」
ヘブンら3人がきょろりと辺りを見回す。
サーディスはティガロに視線を向けた。
「嫌な空気というか、狙われているような気はしますね。」
ねっとりと絡んでくる嫌な空気だ。ますますダスタンを思い出して、ティガロは呻いた。
「ヘブンの言う通り、1匹は確実にここにいるのだろう。だが、相手は複数で、その上森ほどとは言わないが視界を阻むものが多すぎる。2匹同時に不意打ちされると厄介だから固まって移動したいんだが、どう思う?」
「……いいだろう。」
ランクBのサーディスがお伺いを立て、ランクCのヘブンが応じる。
「先頭は俺が行ってもいいか?後ろはトーラムが見張るから、ヘブンたちは移動中は周囲に敵が潜んでいないか見張ってもらいたい。そして俺たちが不意打ちをまともにくらってしまったときのためにいつでも動けるよう、備えておいてもらいたい。」
「臨機応変に動く遊撃部隊ってことだな!」
「俺は、3人ならばできると考えているんだが……どうだろうか。」
「も、もちろんできるとも。わかった。」
「ありがとう、助かる。」
サーディスにうまいように転がされているヘブンと何も言われない自分に対して意味ありげな視線を向けてくる取り巻き2人を横目に、ティガロは廃村を観察していた。
取り巻きが何を考えているかは手に取るようにわかる。指示がないのは期待されていないとでも思っているのだろう。先が思いやられるが、まあ、周囲から魔獣特化(笑)と呼ばれてはいるが、事実魔獣を討伐した回数はそこらへんのランクCよりも多いのだ。全く動けないわけではないだろう。
ティガロは、ワーウルフは2匹ともここにいると確信していた。
風に乗って流れてくる血の匂いは、微かだが、濃い。つまりここにはまだ奴らの食糧が残っていて、2匹が村から出る必要がないということである。たぶん、殺された5人の傭兵の発見されていないいずれかの部位が、ここに保管されているのだろう。
……便利屋は口には出さないが、本当に遊撃として動かなければならないのはランクB傭兵であるティガロだ。不意打ちが来るとするのなら一番確率が高いのは2匹同時に挟み撃ちの形での奇襲であり、サーディスかトーラム、不利なほうを瞬時に判断して加勢しなければならない。
それぞれが気を引き締めたところで、6人はサーディスのあとについて廃村に足を踏み入れたのだった。
予想通り2匹のワーウルフ型魔獣は同時に攻撃をはじめた。隊列中央に左右からの挟み撃ちのような形での、不意打ち。1匹は屋根の上から、もう1匹は建物の影からの奇襲だ。
最初に気づいたのは最後方のトーラムで、右側の建物の屋根から飛び降りながらグラーク目掛けて襲い掛かってきた灰色のワーウルフ型魔獣の爪をすでに魔法陣を発動させていた魔剣で受け流し逸らした。
そしてトーラムが右手の魔獣に反応しながら短く叫んだ「左!」の声とほぼ同時に反応したサーディスが、左から地を這うように低い姿勢でヘブンに襲い掛かってきた大きな黒いワーウルフ型魔獣の首へと切りかかる。黒いワーウルフ型魔獣が跳ねるようにそれを避けて後方へと飛びのき、サーディス対黒いワーウルフ型魔獣、トーラム対灰色のワーウルフ型魔獣の図を作った。
わずかに遅れてティガロがサーディスに加勢するようにじりじりと大柄な黒いワーウルフ型魔獣のほうへと行ったが、中央で魔獣に直に狙われ挟み撃ちにされたランクC3人は足が竦んで動けなくなっていた。
「ヘブン!アーク!トーラムに加勢してやってくれ!グラークはこっちを頼む!」
サーディスが黒いワーウルフ型魔獣をけん制しながら声を上げる。
「ヘブン、アーク、俺一人じゃきついんだ、頼む!」
トーラムも2人を呼ぶ。
「わ、わかった!おい、いくぞアーク!」
そう言って、じりじりとトーラムに近づくヘブンとアーク。
グラークは2人と離れがたそうにしていたが、ヘブンと視線を絡ませて頷き合うと、覚悟を決めたようにサーディスのほうへと向かった。




