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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
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閑話 ワーウルフ型魔獣

 乗合馬車が石やくぼみなどのない街道をそこそこのスピードを出して進む。

 トリットリアは加工技術の国だ。繊細な魔道具を乗せた馬車が頻繁に行き来するため、特に主都トリットリア周辺の街道はマウンズよりもはるかに整備が行き届いているし、どうやら馬車のほうにも何か細工がしてあるようで普通の乗合馬車ですら快適でしかも速い。そんな馬車の上で何を考えているのか、トーラムがしきりに馬車の車輪あたりを覗きこんでいた。


 幌のない8人乗りの乗合馬車に乗った6人の傭兵たちは今、(若干一名が馬車の下を覗いてはいるが)傭兵ギルドの職員でもある御者から魔獣の説明を聞いていた。


「つまり、半年前くらいに廃村になったところに住み着いている、と。」

「そのようです。」

「ワーウルフ型が2匹など、我々の敵ではないな。」


 そう自信満々で言い切るのはヘブンである。


「知能が高いとは言っても所詮は魔獣。問題ないだろう。」


 なんでランクの低いお前が仕切ってるんだよという思いはおくびにも出さず、ティガロは便利屋2人のほうを窺った。

 便利屋2人は、なぜか首をかしげている。


「つがい、ってわけじゃないよなあ。たぶん。」

「2匹じゃ群れっていうにはなあ……っと、被害に遭ったのが5人だったか? 人数がわかってるってことは、それらの死体は回収できたってことか?」

「かなり欠損がひどい状態だったようで体は全員分あるか分からないとのことでしたが、ギルドカードは全員分回収されました。」

「じゃあ喰われたんだな。行方不明は?」

「いまのところ報告はありませんね。第一報は傭兵たちが護衛していた商人たちで、全員が無事でした。彼らは傭兵に逃げろと言われて命からがら街まで戻って来たので傭兵と魔獣との戦いは見ていないそうです。」

「そうか。うーん……2匹、なあ。」


 首をこてこてとかしげるトーラムと、うーむむと唸るサーディスに、不可解そうな顔のヘブンが口を開いた。


「何か問題があるのか?」


 それに答えるのは、サーディスだ。顎を触りながらヘブンのほうを見やり、頷く。


「ん?……ああ。俺たちが初めて戦ったって言ってたワーウルフ型の魔獣な、感染型で、仲間を増やすタイプのヤツだったんだ。」

「……感、染?」

「噛まれるとな、解呪しないと体中に毛が生えてきてワーウルフ型みたいになるんだよ。最終的に心臓が魔核化して、完全に魔獣になっちまうらしい。」

「そ、そんな話は聞いたことがない!」

「もともとワーウルフ型ってのは、人に感染するなんてわかっていなかった時代にその感染者につけられた種別だったそうだぞ。二本足で歩く狼のような魔獣に見えるから、狼に似た人(ワーウルフ)型と呼ぼうってな。だからあとあと被害者が魔獣になったただの人だってのが知られたときかなり騒ぎになったらしい。まあ、感染型の魔獣はマウンズでもかなり珍しいし、今回も違うとは思うんだが。」

「あれは噛まれなくてラッキーだったよなあ。骨がいっぱい折れたけど!」

「遭遇した時点で不運なんだから、運を足し引きしてもどっちかといえば不運だったんじゃないか?」

「あ、そっか。それもそうだな!」


 からからと笑うトーラムをサーディスがジト目で睨む。しかしすぐに気を取り直したように、サーディスはヘブンに向き直った。


「で、まあ傭兵を全部喰い殺したのなら感染はしないと考えてもいいかなあと、な。もし感染するのなら、何人か手下として残しておくはずだろ。

 だが、そうなると2匹ってのがひっかかるわけだ。ワーウルフ型は感染で手下が増えたとかでないかぎり群れない魔獣のはずなんだ。やつらは縄張りを争って、どちらかが死ぬまで戦う。あえてワーウルフ型同士を鉢合わせて相打ちにさせることもあるくらい、奴らは同種の魔獣に対して攻撃性が高いんだよ。

 あとは、そうだな。普段は森を住処にするワーウルフ型がわざわざ廃村を住処にしてるってのも気になるな。近くに森があるにもかかわらず、だろ? そこは半年前に廃村になったってことだが、つまりそこでは村がひとつなくなるくらいの何かあったってことで……最近は(ヒュマ)の魔獣化があちこちで出てるってのも引っかかっててな。森を好む魔獣があえて廃村に留まっているのは……元がそこに住んでいた人だったからかもな、ってな。

 ああ、すまん。傭兵歴“だけ”は長いせいで、いろいろ考えてしまうんだ。年なんだろうな。」

「年、って、まだ30くらいだろう。」


 苦笑いを浮かべるサーディスに、ヘブンが眉をひそめた。ヘブンの取り巻き2人は不安そうな顔をしている。トーラムはぼんやりしている。そしてティガロは苦い顔になった。


 話を聞きながら、ティガロは数年前に対峙したダスタンを思い出さずにはいられなかった。ティガロは何回か目の前で(ヒュマ)の魔獣化を見たことがあった。まだフリスタという名を使っていたころの話だ。

 1回目は、大きめの魔核を依頼してきた依頼人が魔人(ドイル)になろうとしてなり損ねたとき。2回目は、何の前触れもなくパーティーメンバーが魔獣化した。そして3回目が、ダスタンであった。

 そして今回もそうかもしれない、ということだ。ティガロは顔に出さずに、げっそりした。運命を司る三つ月に相当嫌われているのかもしれない、と。



__________




 まあこれだけ脅しておけば、どうにかなるだろ。


 サーディスはやや不安そうな色を瞳に乗せて眉をひそめているヘブンらから視線を外し、流れていく周囲の景色に視線を向けた。

 サーディスの言った感染型の魔獣というのは、かなり珍しいタイプで討伐記録もあまりないものだ。まあサーディスとトーラムはそのかなり珍しいやつにうっかり遭遇してしまったのだが。あの時は噛まれたらそのまま噛み千切られて内臓をぶちまけて死ぬと思っていたので、骨は断たせても肉を切らせない戦い方をした。やけに噛みつき攻撃が多いなと感じてはいたが、後で感染させるのが目的だったと聞いてトーラムと2人で震えあがったものだ。死ぬ気で回避していて本当によかった。


 とはいえ、魔獣による噛みつき攻撃はたとえ感染がなくとも、武器で受け流すのではなく必ず避けなければならない攻撃のうちのひとつだ。魔獣は基本的に一度噛んだらその部分を噛み千切るかよっぽど不利な攻撃が当たりそうになるか魔獣の首をはねるかするまで離さない。受け流そうとして武器に噛みつかれると、折れたり投げ捨てられたりして攻撃手段を失う可能性もある。だから、今回も噛みつきは死ぬ気で避けなければならないだろう。金属の盾にくっきり歯型を残すような咬合力(こうごうりょく)で腕なんて噛まれた日には傭兵人生が終わるのだから。


 一応白銀の栄光(シルバー・グローリー)はワーウルフ型との戦闘を経験済みのようなので、どこまで戦えるかはわからないがよっぽどのことがない限り大丈夫だろうと思われた。

 そのよっぽどのことが起こった場合は、ティガロに先導させて逃がす予定であった。そう、さきほどのヘブンらを怖がらせるための話の中の(ヒュマ)の魔獣化の可能性というのは、あながち嘘でもなかったのだ。


 主都トリットリアの副ギルドマスターのディナード曰く、ここのところ散発している魔獣の発生だが、例年に比べて発生位置が微妙にずれているらしい。いつもはもっと森の奥から徐々に発生しているのに、今回は平原に突然現れたり森の浅い場所であったりしているそうだ。まだ(ヒュマ)の魔獣化は確認されていないそうだが、魔獣の巣もないのに強力な魔獣が出ているところもあるらしい。しかもここ数日はあちこちで魔獣の被害が発生していて、もともとランクB傭兵の少ないトリットリアの傭兵ギルドはてんやわんやになっていると聞いた。


 魔獣の巣で生まれたような強力な魔獣が巣から遠く離れるのは稀である。そして、魔獣の巣以外で生まれた魔獣はそこまで強力になることはない。

 トリットリア小国に、魔獣の巣はない。この周辺で魔獣の巣があるのはマウンズ小国の主都マウンズ、そしてアリダイル聖王国の端っこにあるティリアトス辺境領だが、そこから空も飛べない魔獣がはるばるここまで来るとは考えられなかった。


 そしてディナードは「これは俺の勘でしかないんだが。」と前置きしたうえで、アリダイル聖王国の辺境で(ヒュマ)の魔獣化が増えていること、それ以外でも操られた獣が反乱などに使われて人々を襲っているらしいことを話してくれた。

 つまり、アリダイル聖王国との国境を有しているトリットリア小国がその影響を受けているかもしれないということだ。そして、トリットリアでぽつぽつ出ている魔獣の被害のうちのいくつかは、(ヒュマ)の魔獣化や、魔獣を操る何者かの犯行ではないかとディナードは考えているのだ。


 サーディスもトーラムもそのディナードの“勘”を全く疑わなかった。なぜならば世界には、某じゅっさいのようへいのように“勘”だけで森の中の数百メートル先の獣を見つける不可思議な生き物が実在しているのである。

 アリダイル聖王国のきな臭い噂は傭兵ギルドの上層部が掴んでいる情報らしいので疑う余地がないし、そこから導かれたディナードの“勘”だってもしかしたらじゅっさいじ並みにあたる可能性だってあるのだ。


 サーディスは、座席の隣に立てかけた黒く塗られたクレイモアに視線を向ける。

 サーディスがディナードから話を聞いたのは、昨晩のことだ。そしてトーラムと話し合った結果、フル装備でいくことにした。これがただのワーウルフ型2体ならば過剰戦力もいいところである。しかし、このクレイモアには何度も助けられているのでここぞというときには必ず持っていくことにしていた。……そろそろメンテナンスの時期なので、この仕事が終わった後にでも魔道具屋に持ち込まなければならないだろう。


 このクレイモアを使わなければならないとき。それは、まぎれもなくピンチのときだ。クレイモアの出番がないことを祈るばかりである。

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