閑話 ディナード
傭兵ギルドの裏に停めてある乗り合い馬車に1番に乗り込む白銀の栄光とそれに続く便利屋2人を眺めていたティガロを呼び止め、ディナードは口を開いた。
「ん、何か伝え忘れですか?」
「ティガロ。お守りに余裕があれば、便利屋の動きをしっかりと見ておけよ。」
「は?」
ティガロが首をかしげる。そのとぼけた顔に、喉の奥でくつくつと笑って見せる。
「いいか、人を見た目や雰囲気や言動で判断するんじゃない。視点を変えろ。今回の討伐にお前を加えたのは、便利屋の戦闘を見せるためでもある。あの2人との共闘は、たぶん、お前を成長させる。」
そう言って、ばんっと背中を押してやると、ティガロはたたらを踏みながら馬車へと歩き出した。
――その背中を見送り、便利屋とティガロであればうまくやれるだろうと、チリチリと感じている不安を払うようにうなじをさする。
今回の魔獣討伐には不審な点がいくつかあり、正直、ランクB傭兵で固めたい案件であった。
しかし、数年に1度くらいの頻度であるのだが、今年は魔の年と言われる程度にはいつもより魔獣の発生数が多く、ほかのランクB傭兵が出払っていたのだ。さらに間の悪いことに、白銀の栄光がどこからか魔獣の情報を聞きつけてきていた。
ちょうど別の仕事を終えたティガロがあいていたのだが、いかにティガロがソロでも優秀な傭兵だからといって、白銀の栄光のお守りをしながら2匹の魔獣を相手取るのは無理だ。
そこで傭兵ギルドが目を付けたのが、便利屋の2人であった。
便利屋は、1年半ほど前からたまに主都トリットリアの傭兵ギルドでも仕事を受けるようになった2人組のランクB傭兵である。
マウンズのランクBなのだから実力は大丈夫だろうが一応、と、彼らのことを主都マウンズの傭兵ギルドに問い合わせてみると、どうやら便利屋の2人が定期的に主都トリットリアに来ているのは、トイルーフの弟のほうが2人を気に入っており、主都マウンズから商隊が帰ってくるときは必ず指名依頼を出して毎度毎度ここまで連れ帰っていた為であった。
目立たない2人があのルーフレッドから指名依頼を受けていることを初めて知った主都トリットリアの傭兵ギルドの職員は、誰もが自分の耳を疑った。傭兵ギルドとしては見た目が冴えない上に存在感の薄いその2人には全く目を付けておらず、たまに傭兵ギルドの職員でさえランクBだということを忘れるくらいであったのだから。
ルーフレッド率いる魔道具商隊は、回っているその土地土地で気に入ったランクBパーティーと専属契約している。最近では数年前にバリュー・ワークスが専属契約したと傭兵ギルドで話題に上っていた。
彼と専属契約ができた傭兵は総じて名が売れどこの傭兵ギルドでも重用されることになるし、傭兵内でも一目置かれるようになる。つまりは、箔が付くのだ。
しかし便利屋の2人はそれをこれっっっっっぽっちもまっっっったく感じさせていなかった。普通ならば主都トリットリアで護衛の報酬を受けとって傭兵ギルド側にもトイルーフに気に入られていると印象付けるものなのだが、報酬は主都マウンズの傭兵ギルドに入金されているらしく主都トリットリアでの便利屋は全くの無名のままであった。
……大抵実力のあるランクB傭兵であれば、他の街に行くとそこを拠点にしている傭兵となんだかんだでぶつかることが多いのだが、確かに彼らは持ち前の凡庸さというか背景に溶け込む存在感で、主都トリットリアで仕事を受けるときも他の傭兵たちと諍いを起こしたことはなかった。というかそれ以前の問題で、ランクC傭兵のその他大勢に紛れている状態だった。受ける仕事もやはり街中の力仕事の中でも特に余っているようなものばかりだ。
しかし主都マウンズでは、便利・温厚・ランクDやCの余った仕事を自主的に受ける・主張しない・生存率100%のベテランお守り・便利・問題を起こさない・目立たない・便利などという理由で、傭兵ギルドの職員内でかなり信頼されていることがわかった。
情に厚く、森で拾った孤児を養っていたこともあるらしい。しかもランクFのころから主都マウンズの森で揉まれてきたらしく実力も申し分ないという。つまり主都マウンズの傭兵ギルドでは、便利屋は知る人ぞ知る便利なパーティーだったのである。
そんな便利屋だが、本人たちは自らが凡庸でどこにでも転がっていそうなランクC傭兵だと思われていても全く気にしていないように見受けられた。周囲に偉ぶったランクB傭兵がいても、離れたところで「活きがいいなあー。」とぼんやりと見物している始末である。
しかし、その実績は凡庸などではない。
何より、“生存率100%のベテランお守り”というのが破格だった。生存率とはあるが、そもそもお守りをしているランクC傭兵が傭兵をやめなければならないほどの怪我を負わすことすらしないというのだ。
ランクCはピンキリの落差が激しい傭兵ランクだ。手柄を望むあまり一人で突っ込んで返り討ちに遭う傭兵も多い。もちろん相手が魔獣ならばそれで傭兵人生が終わることも、死ぬことも当たり前のようにある。彼らはそれらの手綱をうまくとって手に負えないときはきっちり逃がすことができる、つまりそれだけ判断力が優れているということだろう。
ついさっきトーラムが言っていた彼らがランクBになってから初めて相まみえたワーウルフ型魔獣は、体長が4メートル強で頭が2つ、腕が4本というランクAクラスの魔獣であったそうだ。それはもうワーウルフ型とは言えないような気もするのだが、ワーウルフ型の一種らしい。
そのとき便利屋の2人は別の討伐仕事で他のランクB傭兵1人と一緒にランクCのお守りをしていたらしいのだが、魔獣を発見後、臨時で入っていたランクB傭兵に先導させてすぐさまランクC傭兵を全員で街へと走らせ、本人たちは傭兵ギルドからの応援が来るまで2人だけで持ちこたえていたという。
ランクがAの魔獣というのは、ランクB傭兵が少なくとも4人で対応するレベルの魔獣だ。もちろんタイミングを見て全員で逃げることもできただろうが、あの2人は自分たちが生き残るよりも、魔獣を放置して被害が拡大することを懸念したのだろう。そして、必ず応援が来ると、傭兵ギルドを信頼していた。……傭兵ギルドが2人を信頼するのも頷けるエピソードなのだが、当の2人には“初めてのワーウルフ型魔獣!”という記憶しかなさそうなのが、便利屋というパーティーの性格を表しているように思えた。
乗り合い馬車が角を曲がり、見えなくなる。
今回のワーウルフ型魔獣の不審な点はいくつかあったが、それらはディナードの“長年の勘”にひっかかった程度で他の職員からすれば考えすぎに近く、通常ならばそれとなく注意を促すだけで詳細を傭兵に説明したりはしない類のものだった。しかし、あえてディナードはティガロではなく、一度も会話したことがなく他の主都を拠点にしている便利屋に“相談”した。他の副ギルドマスターや最近格上げされたばかりの新人のギルドマスターがそれを聞けばいい顔をしないだろうが、伝えなければならない使命感に駆られたのだ。
便利屋の2人はそれを大真面目に聞いた上で、仕事を快く引き受けてくれた。トーラム曰く、「まあ、世の中は不思議なことでいっぱいだからなー。」だそうである。そしてその話を踏まえてくれたのか、今日の便利屋の2人はいつもの緩い雰囲気でありながら、フル装備だった。ただのワーウルフ型魔獣2匹を相手取るなら過剰戦力で失笑を買うところであるが、2人は気にしないのだろう。
やはり実力者だからか、柔軟な考えができるようだ。白銀の栄光への対応も含め、ディナードは2人に対してひどく感心したのだった。




