閑話 邂逅
ティガロがその2人と出会ったのは、傭兵ギルドの会議室内であった。
昨晩宿に帰ると同時に傭兵ギルドから魔獣討伐の要請を受けたティガロは、翌朝、宿の自室で装備を着こみ、以前から愛用している魔剣を腰にぶら下げ、ここを拠点にしてから買い足したもう一本の魔剣も反対の腰に吊るした。使い慣れた獲物ではなくとも、予備があるだけでずいぶん心が楽になるのだ。
宿の一階で朝食をしっかり腹に入れてからすぐ近くにある傭兵ギルドへと向かい、こなれた感じで傭兵ギルドの受付嬢に片手をあげて挨拶すると「3番の会議室ですー!」と声が帰って来たので、そのままロビーの中央にある幅の広い階段を上がる。
ティガロがランクBになってから、こうやって魔獣討伐の際にはそこそこの頻度で声がかかるようになっていた。なぜならばティガロは基本的にソロで動いてはいるが、臨時で入ったパーティーでもすぐに連携が取れるからだ。しかもパーティーの中でも怪我などで欠けやすい前衛なので組み込みやすい。傭兵ギルドにとって、ティガロは使い勝手が良いのだった。
そんなティガロが指定された会議室に入るとそこには――“凡庸”としか言いようのない地味の見本のような先客がいた。いや、髪を黒く染めているティガロ自身もだいぶ地味ではあるのだが。
片方は、短い茶髪の中肉中背の男だ。左の腰にはちょっと幅の広めのロングソードを、右の腰には量産型っぽいロングソードを装備している。腰の後ろには大ぶりな短剣も覗いているが、鞘が片刃っぽい形をしているので解体用だろうか。
もう片方は癖のありそうな中途半端な長さの黒髪を適当にくくっている中肉中背の男で、使い込まれたようなクレイモアを背負い、左側の腰にはファルシオン、右の腰には普通のロングソードを装備していた。
フル装備であからさまに圧がありそうなのに、やはり空気というか背景というか、主張していないというか、そういうタイプである。
――ああ、いや。違うか。
ティガロは談笑している2人の武器をまじまじと見て、思い直す。2人とも見た目は凡庸だが……黒髪が背負っている使い込まれたクレイモアも、2人ともが両方の腰に下げているそれぞれの長剣も、短剣にすらその鞘にはティガロが知っている魔道具屋の紋章が書かれている。つまり全て魔剣なのだ。
しかもそれぞれが腰に差している魔剣は4本ともがトイルーフ魔道具店の本店の紋章だった。全くもって凡庸などではない。着こんでいる革鎧は魔道具ではなさそうだが、地味な見た目に反して魔獣の革が使われている。ぼんにゃりとした空気感はわざとそうしているだけで、実際はランクBの手練れの傭兵に違いない。ティガロは気を引き締めた。
「お、どもども。」
茶髪のほうがティガロに気づき、笑顔を浮かべてかるーい調子で声をかけてくる。ティガロは少し気が抜けつつも、「どうも。」と軽く頭を下げた。
「俺、トーラム。主都マウンズを拠点にしてるんだけど、護衛でここまで来たらなんか人が足りないとかで声かけてもらったんだ。たぶん、一緒に魔獣討伐するんだよな? よろしくな!あ、こっちの黒髪がサーディスな!」
「あ、はい。」
このトーラムという男、ティガロより年上のようなのだが30歳前後の見た目の割に果てしなく軽そうであった。しかし、なぜか悪い気はしない。なんというか単純に、良い人オーラのようなものを振りまいているのだ。……単純“な”良い人オーラかもしれない。
その隣でむすっとした顔で立っていた黒髪の男が、トーラムに「おい。」と声をかける。
「なんで毎度毎度、お前が俺の紹介までするんだ?……ああ、まあさっきも聞いたかもしれないが俺はサーディスだ。よろしく頼む。」
「あ、はい。俺はティガロです、よろしくお願いします。」
黒髪の男は、なんというか……保護者オーラを振りまいていた。そのため自然とティガロも深々と頭を下げてしまう。ぱっと見は凡庸だし空気が緩いが、装備はやばい。トーラムとサーディスはなんだかおもしろそうな2人組であった。
「ん? ああ、もう顔を合わせていたのか。」
次に会議室に入って来たのは、この傭兵ギルドの副ギルドマスターの一人であるディナードである。ディナードは最近よく顔を合わせるティガロではなく、先にトーラムとサーディスの2人に視線を向けた。
「すまんな便利屋、長旅で疲れているだろうに仕事を振ってしまって。」
「護衛っつってもいっつもほぼ移動だけなんで問題ないですよー。」
「……そうらしいな。」
含みのあるディナードの言葉に、返事をしたトーラムはおかしそうに笑ったのに対して、サーディスはなぜか渋い顔をした。
――便利屋。
聞いたことのない名前だが、この2人のパーティー名だろうか。ティガロは内心で首をかしげる。副ギルドマスターが他の小国を拠点にしている傭兵に親しそうにしているのは珍しいとも思った。
「だがまあ、もうちょっと待ってくれや。まだあとランクCパーティーのひとつに声をかけてるんだが……時間は……過ぎてるな、まったく。」
副ギルドマスターを待たせるランクC傭兵と聞いて、ティガロはすぐに一つのパーティーを思い浮かべた。
それは主都トリットリアのランクCのパーティーの中でも珍しい護衛ではなく魔獣特化(笑)パーティーとして活動している“白銀の栄光”である。ポイントは“(笑)”だ。
彼らはそのご立派なパーティー名に見合った、正真正銘の貴族のおぼっちゃま3人組(ただし三男とか)なのである。彼らは自らの血統を誇りに思っているらしい。だから、たとえ自分たちが拠点にしている傭兵ギルドの副ギルドマスターであっても、“待たせてもいい”と考えているのだ。身分が一切関係のない傭兵ギルドで山ほどいるランクC傭兵のうちのいちパーティーでしかないのに。
「ということは、例のお守りですか……。」
考えがそこに至ったティガロが思わずそう漏らすと、ディナードは顔をしかめた。
「……聞かれたら面倒だぞ。……まあ傭兵ギルドとしてはあのパーティーはクソ以外の何物でもないんだが、お前らには別途親元から護衛代が入るから報酬はいいし、ティガロ、お前の実力ならば問題ない。しかもそこの2人はお守りの手練れだ、勉強になるぞ。」
「お守りって言っちゃってるじゃないですかあぁ。」
へなへなとした声でティガロが嫌そうに言うと、トーラムが「お守りに違いないからなー。」と笑い、サーディスも「まあ、お守りだな。」肩をすくめた。
そうこうしているうちに、噂のパーティーが現れた。3人ともが金髪でやや顔が似ているため、兄弟と言われても納得しそうな3人組である。
「ストール男爵家の、ヘブン・ストールだ。」
「ベネストール準男爵家の、アーク・ベネストールだ。」
「ディストール騎士爵家の、グラーク・ディストールだ。」
ちなみにベネストールもディストールもストール男爵家の分家である。
彼らより後にここを拠点にした“後輩”にあたるティガロならともかく、大先輩であろうトーラムとサーディスにさえ頭を下げない3人に、ティガロはすでにうんざりしていた。ディナードも口元を引きつらせている。
しかし便利屋の2人はまったく気にしていないようだ。それどころかトーラムは満面の笑みだし、サーディスも表情を緩めている。
「俺、トーラム。よろしくな!」
「俺はサーディスだ。よろしく頼む。」
「……大層な武器を装備しているじゃないか。」
サーディスのクレイモアに視線を向けて、リーダー格のヘブンが気に入らなさそうにつぶやいた。
おぼっちゃま3人組は、ヘブンとアークは魔剣を1本ずつ腰に吊るし、グラークは魔槍を1本背負っているだけであった。それに引き換えサーディスはクレイモアと片手剣を2本、トーラムは片手剣を2本と短剣を1本装備していてしかもすべてが魔剣である。まあ目を付けられてもしょうがないといえばしょうがない。
ティガロのことはすでに格下認定しているのか、魔剣を2本装備しているのにガン無視である。
「俺ら、剣の扱いが雑ですぐに折れんだよー。」
へらりとトーラムが言えば、
「堂々と言うことじゃないし、俺を含めるんじゃない。」
と、サーディスがむすっとした顔で言う。
それからサーディスはおぼっちゃま3人組に向けて口を開いた。
「俺たちは主都マウンズから護衛の仕事でここまできたばかりでな、長い旅程で何があるかわからなかったし、場合によっちゃ武器が破損したりするかもしれないだろ?
それに、ここを拠点にしている傭兵はそうでもないんだろうが、別の小国を拠点にしている俺らみたいなのにとっては、この街で武器を研いでもらうっていうのは一種のお守りみたいなもんなんだ。だから、武器はできるだけ持ってきたかったんだよ。……ここを拠点にしている傭兵が羨ましいよ。いつでも整備してもらえるってことだからな。
武器は……まあ、今回も一応は持っていくんだが……特に背中のデカブツはかなり邪魔くさいが、何事にも備えは大事だからな、すまないがよろしく頼む。」
「……謝ることではないだろう。せいぜい、その重そうな装備で足を引っ張らないようにな。」
「ああ、もちろんだ。」
ヘブンはなぜか悪い気はしなかったようだ。というかこの便利屋の2人、腰が低すぎやしないだろうか。持っている武器は確かだろうが本当にランクBなのか?と、ティガロは心配になった。
魔獣を討伐するような仕事をしている者は、気性が荒いことが多い。傭兵は、俗にいう“荒くれもの”なのだ。そうでなければならないわけではないが、変に腰が低いと今目の前にいるようなランクの低い傭兵がつけあがる隙になるのだ。
「話は終わったか? 魔獣の説明をするぞ。」
タイミングをうかがっていたディナードが口を開いた。
ティガロを含めた6人の視線が、ディナードへと向く。
「今回の魔獣はワーウルフ型が2体だ。魔獣のランクとしてはBあたりだと考えられる。護衛の仕事に就いていたランクC傭兵が5人ほど喰われているが、どうやらランクCになったばかりで対魔獣の経験がなかったようだな。ワーウルフ型は知能が高いほうだがまあ、ランクBが3人と白銀の栄光がいれば大丈夫だろう。あとはギルド裏に留めてある馬車に乗ってから説明を受けてくれ。健闘を祈る。」
「ふん、ワーウルフごとき俺たち3人とそこので十分だ。他の街を拠点にしているやつらなど、必要ないはずだ。」
ディナードの言葉に噛みついたのは、やはりヘブンであった。ティガロなど“そこの”扱いである。しかしそれを聞いた便利屋2人は、未だ友好的な表情を浮かべたままだった。トーラムがにこにこしながら口を開く。
「ランクCなのにワーウルフ型は初めてじゃないんだな!すげーなー!」
「な……当たり前だろう、俺たちは魔獣特化のパーティーなんだぞ!」
「俺たち、ワーウルフ型を初めて狩ったのがランクBに上がってからだったんだよ。」
「……そんな体たらくで魔獣討伐ができるのか?」
「もちろんだ。一応、ランクBになるための魔獣討伐数はこなしたからなー。」
「まあ、それならいい。本当に足を引っ張るなよ!」
「まかせろ!」
また丸く収まったようだが、ティガロは不安を抑えきれない。ディナードはそんな6人の様子を面白そうに眺めているだけだった。




