閑話 ティガロ
みなさま、第一章に出てきたフリスタを覚えていますでしょうか。
ダスタン坊ちゃんに丸呑みされたことになり、ティガロと名前を変えリネッタの国外逃亡に手を貸した、あのフリスタです。
ディストニカ王国を脱出してアトラドフ連合王国の手前あたりの街でリネッタと別れたあと、ティガロはまっすぐにトリットリア小国に向かった。
リネッタと別れたのは、正確にはコレリア公国の辺境の街だ。
コレリア公国は高い武力を持つダンガリー帝国の皇族の血縁が治めている国で、帝国の属国にあたるが支配されているわけではなく完全なる自治が認められている。コレリア公国は帝国領の端っこにあるごく小さな国ではあるが、平和を愛する国で、ディストニカ王国ともアトラドフ連合王国とも同位の国として友好的な同盟を組んでいた。それぞれの国境を有しているため国境騎士団ならびに国境防衛兵が存在するものの、戦う相手はもっぱら盗賊や魔獣ばかりなのが現状である。
リネッタと別れた“コレリア公国の辺境の街”は、コレリア公国の南端にあたる場所だ。
ディストニカ王国の国境からアトラドフ連合王国の国境までは、十数キロしかない。その間の細い土地は全土が“コレリア公国直轄辺境領”で――つまり両国の物流の流れを帝国が抑えていたということなのだが、帝国がコレリア公国を通じて関税などで物流に圧力をかけられたのはオルカ王が歴王に指名されるまでであった。
歴王の国と他国を結ぶその領地は、今ではすっかりただの賑やかな物流中継地になっている。しかも獣人差別が緩く行き来がしやすい上に、コレリア公国の人々は争いを嫌う友好的な人々ばかりなので、居心地も良い。まあ、それでも帝国の領地であることには変わりないのだが。
そんなコレリア公国の中継街で大まかな物資を調達して、ティガロはやや北へと向かう街道を行く。
コレリア公国を抜ける道はいくつかあるが、リネッタが進んでいった道は南寄りのシマネシア小国に続く道であった。
本当はリネッタと同じ国に行く予定はなかった。
しかし、ティガロにはどうしてもやらなければならないことがあった。
――ダスタンと戦った時にひびが入ってしまった魔剣の修理である。
悲しいかなティガロの魔剣は特別性で、研ぐだけなら魔剣を購入した魔道具工房の名前を冠するところであればどこでも問題ないのだが、ヒビが入ったとなるともう魔剣を購入した工房に出向いて打ち直してもらうしかないのだ。
そして剣の製造元はこのあたりでは超有名なトリットリア小国のトイルーフ魔道具店の本店であった。
まあ、もしリネッタがシマネシア小国からトリットリア小国に行ったとしても、徒歩ではかなりの時間がかかるし、剣を修理してもらってすぐに国を出ればうっかり再会することもないだろう。
ティガロはそんな軽い気持ちでのんびりと旅を楽しんだ。
しかし。
ティガロが不運だったのは、ティガロが主都トリットリアについたとき、マウンズ小国で魔人討伐の大捕り物がはじまる直前であることだった。
魔道具全般を扱うトリットリア小国の工房はどこも大忙しで、Cランクごときのティガロの魔剣の修理など受けられる状態ではなかったのである。
とはいえアトラドフ連合王国内では移動制限がかけられていることもあり、リネッタとかちあうこともなさそうだったので、ティガロは魔人騒ぎが落ち着くまでは主都トリットリアに留まることにしたのだった。
主都トリットリアは、美しい水の都である。
主都マウンズや主都シマネシアと同じく今では軍部が置かれている城は尖塔が連なる美しい造りで、大きな湖の真ん中の小島に建てられており東西南北全てにそれぞれ違う装飾のなされた橋がかかっている。
霧の都とも呼ばれ、早朝、街全体が霧に覆われる幻想的な風景は芸術などに疎いティガロでも感嘆したものだ。
雨は多いが水害は全くないというのもこの国の特徴の一つで、それは整備された上下水道と、下水のさらに下を走る巨大な地下水脈洞によるものである。岩の地盤をくり抜くように走る洞窟が、川の氾濫を防いでいるのだ。
トリットリア小国の王族は、女系継承である。つまり女王が支配している。そのためか、城も街中をいくつも通る川に掛けられている橋も街そのものも線が細いというか男臭くないというか、魔道具職人はむさくるしい男が多いにも関わらず、街は女性的な雰囲気をまとっていた。
女性の社会進出も進んでおり、職人は男だがそれ以外の店員は女性であることも多い。女の職人もいることにはいるのだが、トリットリアの女性たちは“力仕事は体力のある男がするべき”という意識が根強いようで、人気はあまりないらしかった。
ティガロは結局その主都トリットリアで、3年近くを過ごすことになった。
すぐ隣のマウンズ小国やアリダイル聖王国から魔獣の素材が入ってくるここ主都トリットリアでは魔獣の討伐の仕事よりも街中での力仕事が多く、しかも街中仕事で命の危険がないにもかかわらず実入りが良い。
ティガロは魔剣を修理している間や修理し終わってからも、主都トリットリアを活動拠点としてソロで仕事を受けるようになっていた。街中仕事が多いためランクDやCの傭兵があふれているなか、魔獣が出ることがあれば魔剣を所持しているティガロはランクCにもかかわらず傭兵ギルドから声をかけられ、他のランクBパーティーに参加して討伐に加わった。
そうしてこの2年半の間に、ティガロのランクはBに上がっていた。
主都トリットリアのランクB傭兵は、他の傭兵ギルドと比べてやや少ない。魔獣がそこまで頻繁に出没するわけではないからだ。しかし傭兵ギルドの決まりとして、魔獣を一定数討伐しなければランクB傭兵にはなれない。
他の国に比べこのトリットリア小国には野盗が多く、そしてそれに比例して護衛の仕事も多かった。だからか大半のランクC傭兵は対人に特化していて、魔獣討伐に加わることのできるランクCが少ない。つまりそのおかげでティガロは魔獣の討伐にたくさん加わることができ、ランクが上がるのが早くなったのだ。
その頃になるとティガロは、本格的に主都トリットリアを拠点に活動し始めていた。
リネッタの噂は全く聞かったし別れてから2年以上経っているので、リネッタは別の国に行ったのだろう。ティガロはそんなふうにお気楽に考えていた。
というわけで、これから怒涛の閑話回になります。
第三章の終わりに入れる予定だった閑話に、第一章・第二章で出すことができなかった設定などを盛り込んだ結果、なぜか2桁を超える話数(下書きの時点では全14話の予定)になってしまいました。
そのため、閑話を投稿している間は更新頻度を上げます。お兄さんとおっさんしか出てこないむさくるしい上にちょっとシリアスを含むお話が続きますが、どうぞよろしくお願いいたします。




