7-2 リネッタの長い1日 2
「で。それをいくらで売りたいんだ?」
「……おじさんが買ってくれるの?」
「お前さんがここの市に直接持ち込もうもんなら、お前さんも商品の一部になるだろうな。」
「……。」
どうやら、思っていたよりもスラムはかなり危険な場所のようだ。しかしまあ、魔素クリスタルが売れるならどこでも構わないので、ここで買ってもらえるのなら願ったり叶ったりである。
それにしても、もぐりの魔術師とは。魔術師はみんな栄光の階段を上がっているというわけではないのか。やはり、こちらの世界にも危険な魔法陣の研究とかがあるのだろうか。ちょっとどころかすごく気になる。
他にも、私が混色とはどういうことだろうか?それに、奴隷の印というのも気になる。奴隷制は廃止されて見つかれば罰を受けると聞いたのだが……。
「その石、石か?……ちょっと貸してみろ。」
そう言われて、私は素直に魔素クリスタルを差し出した。私製の魔素クリスタルの中の1つで、一番小さいものだ。
「はー、こりゃ、珍しい。大きさだけ見れば大したことはないんだが……はあ、この透き通った見た目はどうだ。宝石の類と言われても気づかんな。……いや、本当にただの宝石なんじゃぁないのか?こんな美しい魔素クリスタルなぞ見たことがない。」
そうひとりごちながら、髭もじゃ男は小さな魔素クリスタルを丁寧に黒い石版の上に置いた。見れば、石版には魔法陣が彫られている。
そうして店内から数個の魔素クリスタルを持ってきたかと思うと、それを砕いて魔法陣を発動させた。何をしているのだろうか?私が出した魔素クリスタルが本物かどうか、調べているのだろうか?
「驚いたな、こりゃあ……。」
髭をワシワシとかきながら、魔素クリスタルと私を交互に見比べて、髭もじゃ男は困ったように顔をしかめる。
「で、いくら必要なんだ?え?あんまり高いようなら出せねえぞ。」
さて、いくらにしようか。6級の魔素クリスタルが石貨50枚なら、ロマリアの魔素クリスタル1つは銅貨1枚かそこらだろうか。ロマリアが生成する魔素クリスタルが1日銅貨5枚になるとして、それが15日で銀貨7枚と銅貨5枚、一月で金貨1枚と銀貨5枚と少しになるのなら、確かに孤児院にとっていい収入だろう。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。私は、この魔素クリスタルがどの等級なのかすら、分からないのだ。まあ、等級が分かったとしても、どれくらいの価値があるのかも分からないのだが。
「言い値でいいの。とにかく、お金が必要なの。」
そう言うと、髭もじゃは「言い値なあ。」とつぶやきながら迷っている。
「お前さん、まだこの街にいる予定はあるのか?」
「たぶん、これから何回か持ち込ませてもらうと思うわ。」
あと4個ほどポケットの中にあるので、とりあえずそれは全て売ってしまいたい。
「まだ持ち込むのか、これを。そうか、そうだなあ……だいぶ足らんが金貨3枚でどうだ。」
きんかさんまい。
すっと背筋が冷たくなってしまった。そんなにするのか。それとも、私が価値を知らないと思ってカマをかけられているのだろうか。相場が全くわからないので、さっぱり分からない。
「お、おい、これ以上は今は無理だぞ。スラムで捌くようなモンじゃねえんだ。出処をわからねぇように売るんだから、時間がかかるかもしれねえ。買い手が付かない事も考えての値段だ。もしこれに買い手が付けば、もう少し高く買ってやれるが、今は無理だ。」
私が悩んでいると、断られると思ったのか髭もじゃの男が慌てて言葉を足してきた。どうやらカマをかけられてはいなさそうだ。それどころか、良心すら窺える。
「違うの。金貨だと、困るの。銀貨と銅貨で払ってもらえるかしら?」
「は?……あ、ああ、いや、構わねえぞ。俺も危ねえからここには金貨は持ち込んじゃいねえしな。銀貨20枚と、銅貨100枚でいいか?」
「ええ、お願い。」
「よっしゃ、待ってろよ。」
そういって、髭もじゃ男は小部屋からさらに奥に入っていった。
どうやら無事に買い取ってもらえそうだ。私は、盗人だと言われなくてよかったと、心から安堵した。
――なぜ、私は盗人と言われなかったのか。
それは、この魔素クリスタルが高級なものだからだ、と、私は考えている。
私の居た世界では、高価な魔法アイテムや杖は、高級なお店の更に奥にしまってあり、店頭に並べるようなことはしないのだ。店はお得意様や貴族専用の個室を用意していて、特に高いものはそこでしか見せない。
つまり、髭もじゃ男いわくこの〝金貨3枚以上もする〟魔素クリスタルを盗むということは、
1,第二壁かさらに奥に侵入し、
2,警備の行き届いているであろう店に忍び込み、
3,盗まれたことすら気づかれないようにしなければならない。
どう考えても私のような子どもには無茶な話だし、そんな泥棒が存在していたら話題にのぼるだろう。そういった噂がないのなら、最低限この国で盗まれたものではない、と思ってもらえると思ったのだ。
それを踏まえ、どこかのお偉いさんがこっそり魔素クリスタルを処分したがっていると言う方がまだ自然だろうと私は賭けたのだった。
もくろみ通り、私の生成した魔素クリスタルは高級品だったようだ。賭けは私の勝ちである。
それはそうと、何級の魔素クリスタルだったのだろうか。黒い石版の魔法陣をこっそり覗いてみるが、すでに魔法陣は光を失っていてどういう原理で等級を調べたのかは分からない。
「ん?どうした、その石版が珍しいのか?」
いつの間にか帰ってきていた髭もじゃ男が、ジャリ、と少し重そうな皮の巾着を2つと、ボロ布のようなものを机に置いた。
「いえ、私は、その……あの魔素クリスタルの等級を知らなかったので……。」
と、多少芝居がかったように目を伏せる。
「ああ、ありゃあ、ギリギリ3級ってところだったな。ただまあ、あのサイズで3級ってなると、めったにお目にかかれねえどころか、話にも聞いたことがねえ。何を核にすればあんなんが作れんのか、想像もできねえよ。」
銀貨と銅貨を机に並べて私でも分かるように数え直しながら、髭もじゃ男はふんすと鼻を鳴らして肩をすくめた。貨幣をそれぞれの革袋に仕舞うと、机に置いた布を広げて私に差し出す。
「ホレ、これを羽織って帰れ。混色は目立つからな。」
それは、薄汚れたフード付きのマントだった。
「いいの?」
「金貨3枚じゃあ足りねえから、気持ちだよ。それに、また持ち込んでくれるんだろ?このマントはな、薄汚れてっけど、身を守る魔法陣が縫い付けてあんだ。今度からは、主に、変な奴に絡まれねえよう、まじないをかけてもらってから来な。あんな魔素クリスタルを作れんだ。明かりの魔法陣をつけるようにチョチョイと発動させてくれんだろ。」
「そう、ありがとう。」
私はそう言ってにっこりと笑顔でマントを受け取り、早速肩に巻いてフードを被った。
「3級っていやあ、生成するのに数日掛かるって聞いたが、数日じゃあ今日買い取ったアレを捌けねえかもしれねえから、もし売りに来るとしても10日くらい後にまた寄ってくれや。」
「わかったわ、ありがとう。」
ジャリ、と皮の巾着を受け取り、私はペコリとお辞儀をした。
「そういや、名前は?」
「リネッタよ。」
反射的に名乗ってしまってから、偽名にしておけばよかったとちょっと後悔した。まあ、もう遅い。
「そうか。ワシは、この辺じゃあジャルカタで通っとる。じゃ、また来いよ、リネッタ。」
「ええ、本当にありがとう。」
私はそう言って、スラムの雑貨屋を出た。王都の中心部からは、昼を知らせる鐘が響いている。
このマントには、身を守る魔法陣が縫い付けてあるといっていたが、発動しているわけではないので、おまじない程度の力もないだろう。しかし、フードを被っているせいか、周りからの視線があまり気にならなくなった。
マントの内側で、銀貨と銅貨の入った皮の巾着を入り口の小さいワンピースのポケットになんとか押し込むと、私は軽い足取りで北門に向かって歩き始めた。今のところ、順調に金策は進みそうだ。あとは、どうやってこのお金をマニエに渡すかである。
それも、まあ考えてはいるのだが、それにはもう少し散策しなければならない。まだ昼になったばかりなので、たっぷりと時間だけはある。
しばらく歩くと、行きがけに声をかけてくれた獣人の兵士がまだ門の前に立っていたので、声をかけた。
「兵士のお兄さん、さっきはありがとう。」
「ん?お、さっきの子供か。あの店でマントを買ったのか?」
「お守りなの。」
さすがに、もらったとは言ってはいけない気がしたので、ぼかしてこたえる。獣人の兵士は、「そうかそうか。」と言って頷いた。
「あの髭のじーさんは、獣人にもよくしてくれるからなあ。」
獣人の兵士の話によると、あの髭もじゃ男ジャルカタは、他国から流れてきた商人なのだそうだ。やり手ではあるのだが、世話焼きが過ぎてスラムに店を出すことになってしまったらしい。たしかに顔に似合わずおせっかいが好きそうな感じだった。
「じゃあ、気をつけて帰るんだぞー。」
「ありがとう。」
私は小さく頭を下げて、北門をくぐった。
さて、次は東門へと行かなくてはならない。




