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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
237/299

一方、主さんはというと

 カトリーヌから衝撃のヒントを授けられてから7日後の深夜、私はアーヴィンを連れて屋敷から少し離れた原っぱを訪れていた。

 街道からは気休め程度にしか離れていないが、問題はない。今回は光は魔法陣を描くときだけしか漏れないうえに緩やかな丘に囲まれたここは街道からも屋敷からも街からも視線が通っていないし、それ以外は何もかもを隠して行うからだ。

 今晩私はアーヴィンの魔法陣を見せてもらい、私が立てた予想を確定させなければならない。そしてできれば今日のうちに魔法陣に手を加えたい。


 私が記憶していた(・・・・・・)アーヴィンの背中に描かれていた魔法陣は、私が今まで見たなかのどの魔法陣にも書き込まれていなかった古代語ばかりで構成されていた。塗りつぶされているような見た目のものもあった。

 しかし、ヒュランダルだがヒュランドルだかいう街の近くの森で私が見た(・・)魔法陣は、もっとシンプルであるはずだった。なぜならば私はそこで魔法陣の現物を見ながら魔法陣の発動効果を理解できたし説明できたから。

 記憶に沿って書き出した魔法陣自体は大元の形はそれよりも複雑すぎるということはなかったのだが、使われている古代語は明らかに難解になって(・・・・)いた。たぶん。


 研究の当初はそこに違和感を覚えたし、私は初めて、魔法陣に対する自身の記憶力を疑った。

 もしかしたらそれが“認識阻害”なのかとも思って解読を試みたりもしたのだが、複数の古代語が重なって新たな文字を成形してるっぽいというところまでは分かったものの、その先が思いつかなかった。


 そこで登場するのがカトリーヌのハンカチーフである。


 カトリーヌのハンカチーフは広げていると穴だらけに見えるが、刺繍のひとつの技?であるカットワーク?(カトリーヌ談)を駆使し、折りたたむと1枚の絵になるように作られていた。

 折りたたんだ状態が完成であり、上手に重なっていなければ完璧には見えないし、たたみ方が違っても花が葉で隠されているようになって見栄えが落ちた。


 そしてそれこそがアーヴィンの、魔人(ドイル)の魔法陣の仕掛け……なのではないかなあと、私はあたりを付けているわけである。

 つまり難解だと思われた古代語は、複数の古代語を重ねて1文字にしてあったのではなく、ただ本当に重なっていただけだったのではないか、ということだ。もし本当にそうならいくら“意味のある”一文字としていろいろ調べてもわかるはずがない。黒く塗りつぶされたような複雑怪奇な古代語にも納得できる。


 私は三つ月の淡い光の下、不可解な顔をして立ち尽くしているアーヴィンに視線を向けてにっこりと笑んで、「じゃあ魔法陣を描くわね。」と宣言した。実験ができる喜びで、とてもうきうきする。


 魔法陣はその発動内容に“多少”の問題があるため、地面に直接掘ることができない。私は淡い光で魔法陣を描き始めた。半径5メートルほどの大きな魔法陣を丁寧に丁寧に描きながら、私は慎重にその魔法陣に少しの間違いもないか確認していく。

 シルビア(魔獣)の力なのか、淡い月光下でも魔法陣はよく見え、細かいところもしっかり見ることができたので、かなりの力作が完成した。円は正円で、魔素の巡りも良い。


 魔法陣の中央には闇月(ガードナー)の型がドーンと配置され、その周囲を太陽(サシェスト)の型が囲んでいる。古代語は重なることなく配置してあるし、滞りなく発動することができるだろう。


「ンで?」


 魔法陣を眺めながら眉をひそめ、アーヴィンが口を開く。


「そのおっかねェ魔法陣は何だ?」

「存在抹消の魔法陣と名付けたわ。」

「本ッ当におっかねェ……」


 自信満々に宣言したのに、アーヴィンはもともとへの字だった口をさらに嫌そうに歪めてドン引きした顔を作っている。まったくもって不本意である。


「大丈夫よ、存在を抹消されるのは魔法陣の中にいるものだけだし、魔法陣を発動させている間だけ。終われば速やかに元に戻るわ。」

「一応、理屈を聞いてやる。」

「この世界のものは全て魔素で構成されているのだから、それを遮断、つまり魔素を完全になくしてそれを上下左右で壁として閉じてしまえば、その空間はこの世界から消えるというだけ。隠匿の魔法陣は魔素で覆い隠していたけれどあれでは私の目にはばっちり見えてしまうし、魔人(ドイル)の同胞を見つけるという何かしらの察知がどういった類のものかわからないから、いっそのこと禁忌に手を出してみたのよ。我ながら会心の出来だわ。」

「いちいちつっこみどこが多すぎンだよなァ?」


 アーヴィンが半眼で何かをぼそぼそと言っているが、もちろん理屈を説明しても微妙な反応を返されることは想定内だ。魔素が毒だと思っているこの世界の“人々”の中には、当然もともと人であった魔人(ドイル)も含まれているのだ。


「今、あなたは細いつながりで隠匿を感じている。そうよね?」

「……あァ、そうだな。」

「それがいったん切れたら成功していると信じてもらえると思うわ。」

「切れる?」

「そうよ。さっきも言ったけど、この魔法陣は発動させただけで区切られた範囲とこの世界の繋がりを強制的に断絶させるわ。この魔法陣で創り出された空間は、この世界の中で隠れているわけじゃないの。一時的にこの世界に存在しなくなっていることになっているのよ。だから、隠匿との繋がりは切れるし、魔人(ドイル)化しても誰からも悟られなくなる。」

「それ、は……」

「魔法陣を消せば元に戻るわ。私がいる限り安全よ。」

「いや、なンつーか……いやいやいや?禁忌って聞こえたンだが?」

「私(の生まれた世界)のなかでは禁忌だという話よ。」

「今盛大に端折った気がしたぞ?」


 アーヴィンの言葉に、私は小さく肩をすくめてみせた。

 研究者は、多少のリスク(2人とも消滅)をおってでもやらなければならないときがあるのである。もちろん、それは今だ。


「今恐ろしいこと考えなかったかァ!?」


 アーヴィンの叫びを夜空が吸い込んでいった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そりゃ隠匿さんも焦るわ…
[一言] この二人相性いい感じで好き
[良い点] 万が一かもしれないリスクこっわあ! でもわくわくしてきたっ!
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