表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
232/299

街の外へ

 メイン通りをひたすら進んでいたのだが、私はふらりと脇道に入った。

 カトリーヌとおしゃべりしながら馬車で通り過ぎるだけでは見えないものだってあるだろう、との考えからメイン通りを歩いていたのだが、正直なところ魔道具屋や見知らぬ魔法陣が気になりすぎるのにじっくり見ることができないという責め苦を受け続けるだけだった。正直しんどい。


 脇道といっても、メイン通りを曲がってすぐなので馬車2台がすれ違えるくらい広い道だ。

 両脇の建物はきちんとした石造りで商店や宿が並んでいるし、人通りも多い。規制が緩いのか、こちらはメイン通りでは見なかった露店もちらほら出ているようだ。買えないけど。


 そこからさらに道を曲がりつつ街壁(がいへき)を目指す。

 街のメイン通りとその周辺は素晴らしく整備されているものの、さすがに街壁(がいへき)に近づくにつれ道は細くなり建物も雑然としてきた。ここのあたりは増える人口に対応して少しずつ広げられた場所なのだろう、と、建物と建物の間に唐突に現れるやけに分厚い石の塀に視線を向ける。

 塀の高さは不均等で、一部崩れているところもある。この塀は、昔、この街を守っていただろう街壁(がいへき)の名残りだ。このようなもともとは街壁(がいへき)、もしくは外壁だったものを数回見たが、それを過ぎるたびに建物や道の雑然度合いが増していくので、街が広がるにつれて区画整備もなあなあになっていったのだろう。


 そしてメイン通りでは全く見なかった獣人(ビスタ)の姿が見え始めるのは、3個目の元街壁(がいへき)を越えたあたりからだった。その時期に当時の歴王が獣人(ビスタ)の奴隷撤廃をしたのだろうか、唐突に灯りの魔法陣を使わない街灯の出現でそれが窺える。

 しかし見かける獣人(ビスタ)たちは一様に縮こまって、早足に路地から路地へと消えていくだけだ。まるで、少しでも同じ場所に留まっていると何かが起こってしまうかのように。というより実際何かが起こるのだろう。石を投げられるとか、腐った果実を投げられるとか、因縁を付けられるとか、突然殴りかかられるとか。


 このあたりに住んでいるのか外壁の外に住んでいるが所用(?)で街に入ってきたのかはわからないが、暗い表情のままささーっと路地の深くに消えていく獣人(ビスタ)たち。こちらに気づいても、哀れみの籠った視線をちらりと向けられるだけだ。こちらから話しかけるような隙はなかった。


 やはり視線の意味が分からず、内心で首をかしげるしかない。


 このあたりの獣人(ビスタ)はひどい差別に遭っている。外壁よりも外側に住んでいる者もいるし、大体がその日暮らしのような有様であるはずだ。比較的害獣は少ないとはいえ全くいないわけではないので、街壁(がいへき)どころか外壁の外側で暮らしている獣人(ビスタ)たちは寝ているときですら命の危険にさらされているし、小さな畑を守る柵だってちゃんとしたものは用意できずにしょっちゅう食い荒らされているらしい。


 そんな中、突如現れた貴族に愛されているように見える同族の私。野獣の危険どころか温かく快適な貴族の家に住まわせてもらい、特に仕事もなく日がな1日のんべんだらりと過ごせてしかも三食昼寝つきである。

 悪い想像をしているのかもしれないが、私は別に顔にあざがあるわけでもないし、包帯を巻いているわけでもないし、痩せこけているわけでもないし、血色も良いし元気いっぱいである。着ているものだって完全にオーダーメイドのしっかりとしたものだ。

 妬みや嫉みを感じるならともかく、哀れみとは一体どういうことなのか。たしか初めてカトリーヌとこの街の視察をしたときも、外壁近くで見た獣人(ビスタ)から向けられた視線は、哀れみであった。


 まあ、よくわからないものは、どれだけ考えてもよくわからないので、私はさっさと気を切り替えた。


 街壁(がいへき)近くに住んでいる獣人(ビスタ)たちは、獣人(ビスタ)のための店を営業しているらしいのだが、店らしきものはどこにも見当たらなかった。まあ、私を警戒して戸を閉めているのかもしれないけれども。

 結局何も見つけられないまま街壁(がいへき)までたどり着いてしまったが、獣人(ビスタ)が住み着いているなあなあ区画とはいえスラムのような崩れそうなぼろぼろの小屋やテント的なものは見られず、木造とはいえ壁近くまでしっかりとした建物で埋まっていて驚いた。

 スラムは外壁の外だけということだろうか。私は馬車が1台ぶん通り抜けられる幅の街の門をくぐって街から出てみた。門をくぐるときに門番に嫌な顔をされたが、罵倒一つ飛んでこなかった。教育が行き届いていてすごい。


 街壁(がいへき)の外には農地が広がっていた。丘陵地帯を削らずそのまま畑にしたそうで、だいぶなだらかではあるが平らな地面ではない。カトリーヌ曰くそれはあえてそうしているらしく、水はけを良くして植えているものの根腐れをナントカカントカで、まあ、いろいろとうまくできているのだそうだ。私はもっぱら食べる専門なので、畑に興味がなさ過ぎてカトリーヌの説明をあまり覚えていない。


 街の近郊には広大なナッツ農園もあるそうなのだが、獣人(ビスタ)は働くどころか立ち入り禁止で近づくことも許されないそうだ。当然、私も。

 中立領とはいえ属している国は獣人(ビスタ)排除派がほぼ支配しているし、獣人(ビスタ)の触れた食べ物を他の領地や他国に輸出はできないということだろう。


 農地で作業しているのも、全員が(ヒュマ)だった。曲げていた腰を伸ばしたついでに私を見つけてぎょっとする人々。とはいえ、このあたりもカトリーヌと馬車で回ることもあるので私のことを完全に知らないというのはなさそうだった。腐った野菜はズルズルしているので、投げられなくて一安心である。


 てくてくと歩いて、やや低めの塀に到達する。高さ的には、外敵から街を守る街壁(がいへき)が5~6メートルほどで、その周囲をぐるっと囲むように作られたこちらの壁は3メートル、つまり半分ほどしかない。それでも壁の向こう側は見えないが。

 外壁は街壁(がいへき)と違い、門には門番がいない。明るいうちはとりあえず開け放たれて誰もが通れる状態になっている。夜は閉められ内側から閂がかけられるが、夜番はいない。夜明け前に門が開かれるときと夜に閂をかけに門番がくるとき以外は、完全なる無人であった。

 つまり、夜、街の外で何かしらに襲われても、外で過ごしている獣人(ビスタ)たちは街に逃げ込めないということだ。


 そんな無人の門をくぐって完全に街の敷地から出ると、門から続く細めの道から少し離れた場所にぼろぼろの小屋が見えた。それはぽつぽつとあり、集落を成しているように見える。

 家と家の間には、小さな畑。家と畑を囲む低い木の柵は所々が壊れていて、柵というより敷地を仕切ることしかできていない。スラムというよりかは極貧村落のようだ。


 小さな畑に水をやっていた獣人(ビスタ)の女性がこちらに気づき、きょとんとしてから、ぺこりと頭を下げた。辺りを見回しても誰もいないので、私に挨拶をしてくれたようだ。私も頭を下げておく。

 獣人(ビスタ)の女性は微笑みを返してくれた。そしてそのまま手元に視線を戻し、水やりを続行するようだ。


 話しかけるか一瞬迷い、とりあえずそのままにしておくことにする。

 ほかにもちらほらと住民がいるようだったが、不思議と哀れみの視線を向けられることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ