街の外へ
メイン通りをひたすら進んでいたのだが、私はふらりと脇道に入った。
カトリーヌとおしゃべりしながら馬車で通り過ぎるだけでは見えないものだってあるだろう、との考えからメイン通りを歩いていたのだが、正直なところ魔道具屋や見知らぬ魔法陣が気になりすぎるのにじっくり見ることができないという責め苦を受け続けるだけだった。正直しんどい。
脇道といっても、メイン通りを曲がってすぐなので馬車2台がすれ違えるくらい広い道だ。
両脇の建物はきちんとした石造りで商店や宿が並んでいるし、人通りも多い。規制が緩いのか、こちらはメイン通りでは見なかった露店もちらほら出ているようだ。買えないけど。
そこからさらに道を曲がりつつ街壁を目指す。
街のメイン通りとその周辺は素晴らしく整備されているものの、さすがに街壁に近づくにつれ道は細くなり建物も雑然としてきた。ここのあたりは増える人口に対応して少しずつ広げられた場所なのだろう、と、建物と建物の間に唐突に現れるやけに分厚い石の塀に視線を向ける。
塀の高さは不均等で、一部崩れているところもある。この塀は、昔、この街を守っていただろう街壁の名残りだ。このようなもともとは街壁、もしくは外壁だったものを数回見たが、それを過ぎるたびに建物や道の雑然度合いが増していくので、街が広がるにつれて区画整備もなあなあになっていったのだろう。
そしてメイン通りでは全く見なかった獣人の姿が見え始めるのは、3個目の元街壁を越えたあたりからだった。その時期に当時の歴王が獣人の奴隷撤廃をしたのだろうか、唐突に灯りの魔法陣を使わない街灯の出現でそれが窺える。
しかし見かける獣人たちは一様に縮こまって、早足に路地から路地へと消えていくだけだ。まるで、少しでも同じ場所に留まっていると何かが起こってしまうかのように。というより実際何かが起こるのだろう。石を投げられるとか、腐った果実を投げられるとか、因縁を付けられるとか、突然殴りかかられるとか。
このあたりに住んでいるのか外壁の外に住んでいるが所用(?)で街に入ってきたのかはわからないが、暗い表情のままささーっと路地の深くに消えていく獣人たち。こちらに気づいても、哀れみの籠った視線をちらりと向けられるだけだ。こちらから話しかけるような隙はなかった。
やはり視線の意味が分からず、内心で首をかしげるしかない。
このあたりの獣人はひどい差別に遭っている。外壁よりも外側に住んでいる者もいるし、大体がその日暮らしのような有様であるはずだ。比較的害獣は少ないとはいえ全くいないわけではないので、街壁どころか外壁の外側で暮らしている獣人たちは寝ているときですら命の危険にさらされているし、小さな畑を守る柵だってちゃんとしたものは用意できずにしょっちゅう食い荒らされているらしい。
そんな中、突如現れた貴族に愛されているように見える同族の私。野獣の危険どころか温かく快適な貴族の家に住まわせてもらい、特に仕事もなく日がな1日のんべんだらりと過ごせてしかも三食昼寝つきである。
悪い想像をしているのかもしれないが、私は別に顔にあざがあるわけでもないし、包帯を巻いているわけでもないし、痩せこけているわけでもないし、血色も良いし元気いっぱいである。着ているものだって完全にオーダーメイドのしっかりとしたものだ。
妬みや嫉みを感じるならともかく、哀れみとは一体どういうことなのか。たしか初めてカトリーヌとこの街の視察をしたときも、外壁近くで見た獣人から向けられた視線は、哀れみであった。
まあ、よくわからないものは、どれだけ考えてもよくわからないので、私はさっさと気を切り替えた。
街壁近くに住んでいる獣人たちは、獣人のための店を営業しているらしいのだが、店らしきものはどこにも見当たらなかった。まあ、私を警戒して戸を閉めているのかもしれないけれども。
結局何も見つけられないまま街壁までたどり着いてしまったが、獣人が住み着いているなあなあ区画とはいえスラムのような崩れそうなぼろぼろの小屋やテント的なものは見られず、木造とはいえ壁近くまでしっかりとした建物で埋まっていて驚いた。
スラムは外壁の外だけということだろうか。私は馬車が1台ぶん通り抜けられる幅の街の門をくぐって街から出てみた。門をくぐるときに門番に嫌な顔をされたが、罵倒一つ飛んでこなかった。教育が行き届いていてすごい。
街壁の外には農地が広がっていた。丘陵地帯を削らずそのまま畑にしたそうで、だいぶなだらかではあるが平らな地面ではない。カトリーヌ曰くそれはあえてそうしているらしく、水はけを良くして植えているものの根腐れをナントカカントカで、まあ、いろいろとうまくできているのだそうだ。私はもっぱら食べる専門なので、畑に興味がなさ過ぎてカトリーヌの説明をあまり覚えていない。
街の近郊には広大なナッツ農園もあるそうなのだが、獣人は働くどころか立ち入り禁止で近づくことも許されないそうだ。当然、私も。
中立領とはいえ属している国は獣人排除派がほぼ支配しているし、獣人の触れた食べ物を他の領地や他国に輸出はできないということだろう。
農地で作業しているのも、全員が人だった。曲げていた腰を伸ばしたついでに私を見つけてぎょっとする人々。とはいえ、このあたりもカトリーヌと馬車で回ることもあるので私のことを完全に知らないというのはなさそうだった。腐った野菜はズルズルしているので、投げられなくて一安心である。
てくてくと歩いて、やや低めの塀に到達する。高さ的には、外敵から街を守る街壁が5~6メートルほどで、その周囲をぐるっと囲むように作られたこちらの壁は3メートル、つまり半分ほどしかない。それでも壁の向こう側は見えないが。
外壁は街壁と違い、門には門番がいない。明るいうちはとりあえず開け放たれて誰もが通れる状態になっている。夜は閉められ内側から閂がかけられるが、夜番はいない。夜明け前に門が開かれるときと夜に閂をかけに門番がくるとき以外は、完全なる無人であった。
つまり、夜、街の外で何かしらに襲われても、外で過ごしている獣人たちは街に逃げ込めないということだ。
そんな無人の門をくぐって完全に街の敷地から出ると、門から続く細めの道から少し離れた場所にぼろぼろの小屋が見えた。それはぽつぽつとあり、集落を成しているように見える。
家と家の間には、小さな畑。家と畑を囲む低い木の柵は所々が壊れていて、柵というより敷地を仕切ることしかできていない。スラムというよりかは極貧村落のようだ。
小さな畑に水をやっていた獣人の女性がこちらに気づき、きょとんとしてから、ぺこりと頭を下げた。辺りを見回しても誰もいないので、私に挨拶をしてくれたようだ。私も頭を下げておく。
獣人の女性は微笑みを返してくれた。そしてそのまま手元に視線を戻し、水やりを続行するようだ。
話しかけるか一瞬迷い、とりあえずそのままにしておくことにする。
ほかにもちらほらと住民がいるようだったが、不思議と哀れみの視線を向けられることはなかった。




