不穏な空気とは裏腹に
なんともまあ、なんというか、どういえばいいのか。
私は今、微妙な視線を浴びながら、しかし何かちょっかいをかけられるということもなく、人しか歩いていない街のメイン通りの端っこをのんびり歩いている。
この街がある聖アリダ……アリダイル聖王国?では、王が獣人を差別し排除しようとしていることは私も知っている。ほぼ全ての国民がそれに賛同していて、この国ではほとんどの地域で獣人は人として認められていない。
この領地を治めている辺境伯は一応は“中立派”となっているものの、その領民たちはどうかといえば一目瞭然で、完全なる“人至上主義”だ。つまり獣人排除派であり、獣人は迫害対象である。
そんな獣人排除派が99%を占める大きな街のメイン通りを、子どもの獣人が端っことはいえ堂々と歩いていたら普通は石でも投げられそうなものだが……私に投げかけられるのは微妙な視線ばかりだった。
私がカトリーヌ様のお気に入りだと、この街の住人らは知っているのだ。さすがにお触れが出されたりはしていないだろうが、クロードについて青鉤鳥を狩りに行っていた期間以外は7~14日に1度程度のペースでカトリーヌと街を視察しているのだ。
馬車は窓を開け放ったままの状態でこのメイン通りを行きも帰りも走るので、顔を覚えられたのだろうか。珍しい混色だから覚えやすかったのかもしれない。覚えられているのは顔というより、色か。
この国では、生まれながらにして奴隷であるという立ち位置の獣人に対しては、理由もなく暴力を振るってもまず罪になることはない。しかし、その獣人が貴族の所有物なら話は変わってくるということだろう。
私は“愛玩動物”としてカトリーヌに飼われているというのが、アーヴィンが聞いたという噂だ。たぶん、公的なものだ。
愛玩、つまり愛されし玩具である。
主人であるカトリーヌが暴力を振るっているのならまだしも、カトリーヌによって“表向きは”ドレスで着飾られ“対外的には”可愛がられていそうに見える私を、獣人とはいえ一般人が傷つけるなど以ての外、罵倒すらも問題になる可能性だってある……のかもしれない。
だからこの街の住人は、私が憎むべき獣人であろうがなんだろうが、カトリーヌの所有物である間は極力関わらないよう、軽蔑するようで睨むようで苦手なものを見るような微妙な視線を向けるしかできないのであった。
正直なところ、私の認知度が高すぎて違和感しかない。
普通に石や腐った何かが飛んできたり問答無用で因縁を付けられたりするのだと思って、全方向どこからでも唐突に斧を振り下ろされていいように防御壁の魔法まで展開していたのだ。
――この街は辺境にあるとはいえ、肥沃な大地と魔獣の巣を抱える豊かなティリアトス領の中心地、領都だ。つまりかなり大きい。
規模としてはカトリーヌ曰くヒュランダルの街の3倍ほどあるそうだ。一番外の畑を守る低い外壁まで合わせると、マウンズ小国の元王都である主都マウンズに匹敵する面積になるらしい。
……まあ、山の恵みだけで生活が回る主都マウンズは畑なんてほぼ無く人で溢れているため、総人口は圧倒的にこちらの領都のほうが少ないだろうが。
そんな領都の外壁までは、緩やかな丘と草原が広がって牧歌的な雰囲気が漂っている。牧場もあるそうで、牛などが放牧されていることもある。大抵の街がそうであるように街を囲む高い塀の外には畑が広がり、その畑を守るようにやや低めの塀が外を囲っていてのどかな風景を作り出していた。
しかし一歩街に入れば、何百年も前に開拓がはじまったときにはすでに区画分けされていたという街並みが続く。特にメイン通りはしっかりとした石造りの建物が整然と立ち並んで美しく、常に賑わっている。その道を支えるのは10年に一度全て敷き直されるというレンガの滑らかな石畳だ。そこから派生している広めの路地にもご丁寧に普通の石畳が敷かれていて、どこにもゴミなどは落ちておらず清潔だ。
この領地の金銭面での豊かさをうかがわせるのには十二分な、整備の行き届いた美しい街だった。
そのメイン通りを歩いている人のすべてが、私に対して敵意をもっているはずだった。
私の姿を見れば、“汚らわしい獣風情が、人のために造られた道の上を這うとは何事だ”と尊厳とかその他もろもろを踏みにじりつつ罵るのが普通なのだ。たぶん。そして罵倒しつつ街から蹴りだされるはずなのだ。きっと。
だって、カトリーヌとの視察のときには何度メイン通りを通っても、獣人の姿を見なかったから。獣人の姿が見えるのは、いつも街のメイン通りから外れたあとだった。
しかし、住民が行動に出てくるような気配が全くない。
こちらに蔑みの視線を向けつつひそひそと話す人たちはいるが、それだけだ。なんとも拍子抜けであった。防御壁の魔法は消さないけれど。
そんなこんなで、賑わっている通りのごく一部――私の周囲だけを異様な雰囲気にしつつ、私は散歩を続けた。今日はとくに目的もないし、さすがに店に入るのは躊躇われたので本当に歩くしかできないのである。
貴重な魔法陣に会いに行こうかとも思ったのだが、街の傭兵たちに混ざり“普通の人”として生活を営み始めたところに突撃していくほど、私は空気が読めないわけではない。
魔人の魔法陣の研究は遅々として進んでいないのでそのうちまた見せてもらいたいとは思うのだが、魔人化すると他の敵対している魔人に感づかれるとかで、話は聞けるのだが魔法陣自体は見ることができないのだ。行く必要性もあまり感じられなかった。
と、考え事をしつつもきちんと人や物をよけて歩いていると、コツりと何かが防御壁の魔法の端に当たってぽとりと石畳に落ちた。石である。周囲の大人たちが息をのむのが分かる。しかし、私はさも石には気づかなかったかのように歩みを止めない。
石は防御壁の魔法の端っこに当たって跳ね返ったのであり、放物線を描いて飛んできたところから見てもそもそも私に届くように投げたわけではなかったはずだ。たぶん。
シルビアは犯人を即特定していたが、私は石がどこから飛んできたかを探そうとは思わなかった。余計な問題は起こしたくないし、ただ単にめんどくさかったので。石を投げて遊んでいたらたまたまこっちに飛んできたのだろうと適当な理由を考え、放置する。人が大勢行き交うメイン通りで石を投げて遊ぶかは、少し疑問ではあるのだが。
石を投げた相手はシルビア曰く、人の子ども。子どものいたずらで目くじらを立てるほど、私は子どもではないのだ。今の外見でその言葉だけ聞けば少女が大人ぶっているだけだが、実際私の中身はすでに成人をとうに過ぎているので間違ってはいない。
まあ、投げられた石を見て、私をつけているのだろうカトリーヌかクロードかはたまたアイダの手のものだろう誰かがどう思うかは、知らないが。
てくてくと何事もなかったかのようにメイン通りを進む。
2個目の石が飛んでくることはなかった。




