そして待望のお散歩
辺境伯一家にとっては(たぶん)敵だろうアイダ。しかし私にとっては素晴らしいお方であるアイダ“様”によって、カトリーヌがハールトンや実母やクロードと勉強をしている間だけではあるけれども、私は晴れて屋敷から出られるようになった。
アイダが部屋に訪れたその夜、さっそく私はカトリーヌに外出したいと直談判した。クロードにもカトリーヌにも私の召喚獣がついているので、よっぽど直接的な――例えば召喚獣の不意をついて斧で頭をかち割る的な――手でアイダが2人をいっぺんに殺しにかかってこない限り、私がべったり一緒にいる必要はない。しかもそんなことをされたら私が横にいても防ぐことは不可能なので、つまり私がいなくても問題ないということだ。
ついでにもう半年以上続けている3食私と一緒に食事するのも、私と摂るのは朝食だけにするよう勧めてみた。
私が雇われる前は、カトリーヌは父親、母親、アイダ、アイダの娘と息子の合計6人で食事をしていたらしい。カトリーヌが抜けてからはしばらく5人だったが、最近は元気になりつつあるクロードも一緒に食事をしているそうで、できればカトリーヌも戻って家族全員で食事をしてほしいのだと執事長のハールトンがやや困ったような顔で私に言うのだ。私から勧められればカトリーヌだってちょっとは聞いてくれるかもしれない、ということなのだろう。
“話をする機会が皆無だから、食事中に相手方の情報収集をしてみたらどうか”と言ってみると、カトリーヌはすんなりと夕食だけは家族ととることを了承した。昼食は家族が全員集まって摂ることが少ないそうで、昼もたまに実母やクロードと一緒に食べることになった。もちろん、私は抜きで。
クロードは私に対してはもう態度は軟化しているものの、さすがに次代の辺境伯である嫡子が、立場は中立とはいえ獣人と食事をともにするのは容認派に近づきすぎるだろうという判断で、カトリーヌは望んだものの、一緒に食事をすることは無しになった。
私の外出についてはアイダ様からも辺境伯に何かしら話がいったようで、数日後には屋敷を出入りする許可が下りた。カトリーヌが家族と一緒に夕食をとるようになったことも大きいかもしれない。
つまり、私の自由時間は毎日、お昼過ぎから夕食あたりまでだ。その間なら傭兵の仕事をしてもいいらしいが、領都で獣人の仕事なんてないだろうからそれには期待しないでおく。それどころか、店に入ることはもちろん露店で買い物すらできないかもしれないし。
正直このあたりには魔獣もでないし、屋敷から外に出たとして、歩く・走る以外に何をすればいいかよくわからない。まあ今日は1日目だし、街まで歩いて行ってぶらぶらするつもりだ。いつもは真夜中に原っぱを全力疾走しながら害獣をワンパンして回るだけなので、周囲が明るい上に街に入るのは新鮮である。
カトリーヌからもらった10歳児用の装備をしっかりと着こみ、短剣を腰から下げ、一息つく。そして散歩をするようなはやさでゆっくり屋敷の裏口から出た。明日からは何か問題が起きない限りは毎日外に出られるのだ、最初は景色を楽しみながらゆっくり歩くのもいいだろう。
辺境伯のお屋敷の前庭は広くて見晴らしがよく、色とりどりの花や噴水でにぎやかになっている。正面玄関から正門までの道は馬車が余裕をもってすれ違える幅の広い石畳で、均一に並べられた長方形の石と石の隙間はしっかりと固められてへこみもわずかで、馬車がガタゴトと揺れないように設えてある。
しかし今歩いている裏庭を通る裏門への道は馬車一台分の石畳しかなく、道の両脇もやや視線を遮るような高めの植え込みなどで静かな雰囲気だ。石畳の石はやや角が丸まっていて隙間は土がむき出しになっていて、びっしりと短い草――苔?で緑色になっていた。ここを馬車が通ると多少ゴトゴトと振動するだろう。まあ、ここをお客様が通ることはないだろうし、これはこれでオモムキ的なものがあるのかもしれない。
庭のどこかに蜂の巣箱が設置されているそうでどの庭にも花がたくさん植えてあり、裏庭は落ち着いた青や紺、白などでまとめられている。私はこのお屋敷の庭の中で一番静かな風景の裏庭の雰囲気が好きだった。
ゆっくりとした足取りで裏門まで到着すると、嫌そうな顔の門番に頭を下げて門をくぐる。
カトリーヌ曰くお屋敷で家令として一番最初に見られる役目である門番はきちんと教育されているそうで、嫌な顔はしても嫌がらせをされることはないだろうとのことだった。まあ、門番のできるいやがらせなんて、門を通さないくらいのことしかできないだろうし特に問題はないのだが。あ、いや、門を通してくれないからといって高い壁を堂々と乗り越えるわけにはいかないので、一応は困るかもしれない。
お屋敷の裏門から出ると、街道まで伸びる馬車一台ぶんの石畳を挟むように木がまばらに生えた雑木林が続いている。この雑木林も屋敷の庭ほどではないがきちんと整備されていて、石畳の隙間の雑草は抜かれていて歩きやすく、木と木の間隔がある程度開いているので明るい。
木漏れ日と鳥のさえずりが気持ちよいその散歩道をゆっくりと15分ほど歩くと雑木林が途切れ、視線の先に街道が見えた。
変に問題が起きないよう、お屋敷の廊下でも庭でも街道でも領都でも人の通り道を絶対に遮ってはならないとハールトンに厳命されていたので、街道の端っこを進む。
シルビアのお陰で後ろからくる馬車の音もかなり離れている時点で気づけるので、誰かの邪魔をすることはないだろう。空を飛んできても、シルビアなら一応気づくはずだ。気配とかで。
他の国であったような馬車の幅寄せで嫌がらせをしてくる人がいるかと思ったのだが、そもそもこの街道沿いを通る馬車自体が少なく、たまに横を通り過ぎる馬車やすれ違う人たちはどちらかというとできるだけ離れて通り過ぎたいようだった。
そうして私は何事もなく街に着いたのだった。
不定期更新でゆっくりですが、少しずつ書いています。




