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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
222/298

閑話 本人たちの与り知らぬところで

「伝書鳥じゃと……」


 目の前で憔悴(しょうすい)する占術師長カーディルを眺めながら、その報告をしたテスターはなんとも言えない顔をしていた。こういう反応になるだろうとは思っていたが、知ってしまった以上、報告しないわけにはいかなかったのだ。なぜならばここ数年、年々規模を縮小させながらも細々と国が秘密裏に探し続けていた相手からの手紙だったのだから。


 ようやく、アトラドフ連合王国に入ったらしいという情報が入ってきたところだった。トリットリア小国で少女を見たという者がいたのだ。しかしそのときにはすでに一人旅をしていたという。

 壮年の魔術師と獣人(ビスタ)の子どもという組み合わせで探していたために、探すのが大幅に遅れてしまっていたことをようやく知ったのだ。他国に知られまいとして、名前や容姿を伏せていたのもあだになった。リネッタはどうやら、アトラドフに入るまではティガロという傭兵と一緒に旅をしていたこともわかった。


 隣ではテスターの婚約者(・・・)であるロイスが、無表情で同じくカーディルを眺めていた。


 ――いや、これは無表情、ではない?どこか恍こt


 いや、無表情か。無表情だ。彼女は無表情で、実父に視線を向けていた。テスターはかぶりを振って、先ほどの気づきをなかったことにした。


「報告では大きな鳥類……梟のような何かが直接孤児院に手紙を持ってきたようです。見張りから、院長が自室の窓越しに鳥から直接手紙を受け取っていたという報告がありました。」


 ロイスが淡々と報告する。カーディルは深くしわの刻まれた手で目を覆い、思わず「なぜ窓を開けたのじゃ……」と呻く。


「……梟、は、魔獣ではないのじゃな?」

「手紙は国外からのものです。それに、あのように完璧に魔獣を操るのは不可能かと……。」

「そうか……で、かの娘は今どこに?」

「アリダイルに。」


 挙げられた国名に、苦虫をかみつぶしたような顔になるカーディル。それはそうだろう。アリダイル聖王国は国王が獣人(ビスタ)差別を容認しているのだ。容認というよりも、推奨といったほうがいいかもしれないほどに。

 しかも魔術師協会の本拠地がある。各国の魔術師協会が仕入れた情報はすべてそこに集約され、しかも魔術師協会は【聖杯騎士団】と深い繋がりを持ち世界中から集めた情報をダダ漏らしにしているというもっぱらの噂である。つまり城詰めの占術師や魔術師たちにとっての“敵”の根城であり、獣人(ビスタ)差別をなくそうとしている現歴王の国としても一番手を出しにくい相手なのだ。


「厄介な。混色の獣人(ビスタ)の子どもなぞ、迫害の対象でしかないじゃろうに。」

「少女ですから、愛玩用の可能性もありますね。」

「……いたって普通に傭兵として働いているらしいですよ。」

「傭兵?」


 疑問を口にしたのは、ロイスであった。

 わずかに首を傾げただけだが、肩から後ろに流していた長い黒髪がさらりと前へとこぼれ落ちる。テスターはできるだけそちらを見ないようにしながら言葉を続けた。


「院長への手紙には、アリダイル聖王国で傭兵として護衛の仕事をしているとだけ書かれていましたが、ロマリアのほうの手紙には、アリダイル聖王国のとある貴族のご令嬢を専属で護衛していると書かれていました。傭兵ランクは、自己申告ですがDだそうです。」

「D? 13、4才程度の少女が?」

「……あくまでも自己申告です、お父様。それよりも、ご令嬢の……専属の護衛?……情報が足りなさすぎますね。」


 狼狽するカーディルを落ち着かせるよう、ロイスが口をはさんだ。


「傭兵ギルドに潜らせている者に探らせようにも、他国となると調べようがありませんから、事実確認には少し時間がかかるでしょうが……専属ならしばらくその地にとどまっているので好都合かもしれません。」

「アトラドフの隣ですから……」


 と、そこでテスターははたと気づいてしまった。


「アリダイル聖王国から飛んできたのか……?」


 テスターとロイス、カーディルが顔を見合わせてから、3人ともが奇妙なことをきいたような顔になった。

 しばらく時間が過ぎ、まず口を開いたのはロイスだった。


「さすがに仲介した者がいるでしょう。その何者かが、梟を操っていたと考えるべきです。」

「ロマリア誘拐事件のときも、ネズミと小鳥が召喚獣として使役されていた可能性があった……ということは手紙の仲介役は……例の魔術師(ステライト)殿、かもしれない、のか。王都内にいる可能性も、ある、かもしれない。」

連合(アトラドフ)まで一緒に旅をしていたティガロという名の若い男の傭兵も気になりますね。まず間違いなく関係者でしょう。リネッタと別れてからの足取りを調べさせていますので、そのうち情報が届くと思います。」

「まあそれはおいおい、調べるしかないじゃろうな。……で、ロマリアからはどこまで聞き出せたんじゃ?わざわざ誰の手にも渡らぬよう手紙を送って来たからには、何か理由があったんじゃろう?」

「……いえ、院長に手紙を送るついでだったそうです。院長への手紙は孤児院の――ああ、今は獣人騎士団の準騎士になっているヨルモですね。彼の弟らしき子どもと知り合ったそうで、そのことを伝える手紙でした。

 ロマリアへの(おも)だった内容は、リネッタがアリダイル聖王国で貴族令嬢の専属護衛をしていること、リネッタが残した魔法陣はどうなったのかという質問と、あとはその魔法陣の管理方法でしょうか。(くだん)の魔法陣は、10年は魔素墨を塗らなくともいいようになっているので高い魔素墨を買わなくても良い、と書かれていたそうです。」

「……聞き間違いでもなく、読み間違いでもなく、10年と?」


 そうカーディルが狼狽すると。


「劣化が一切見られないのでうすうす気づいてはいましたが、10年とは……規格外、としか言いようがないですね。そこまでできるのに認識阻害がつけられなかったというのは……あえてつけなかった可能性も……魔術師(ステライト)殿ならばありえるかもしれませんが。」


 ロイスがそう言って、能面がデフォルトの彼女には珍しく難しい顔をした。


「後発の魔法陣への認識阻害の研究は全く進んでいませんからね……。」


 テスターも思わず呟く。


 後発の魔法陣というのは、精霊王に最初に指名された初代歴王が精霊王から賜った(もしくは精霊王の力を借りて歴王自身が創った)とされる創世の魔法陣以外(・・)の魔法陣のことである。とはいえ2代目以降の歴王が創ったもの以外では1から創られた魔法陣は無いとされており、全てが創世の魔法陣を変化させたものとなっている。


 良く知られているのが、招雷の魔法陣だ。招雷の魔法陣は、もともとは大きな爆雷の魔法陣を魔法陣研究者のグループが小さく作り替えたものだった。研究の詳細は一切伝えられていないが、その後目立った功績が皆無(・・)だったことから、偶然の産物ではないかといわれている。

 まあ、偶然だろうがなんだろうが新しい魔法陣として認められ登録されたのだから、当時所属していた国からは数代後まで暮らしていけるだろう莫大な報酬が支払われたはずだ。死ぬまで研究しても魔法陣を作り替えるなどできないことのほうが多いのだし、その後の功績が全くなかったことなど偉業を達成した本人らにとっては些細なことだろう。……本人たちが根っからの研究者気質で、研究をしていなければ死んでしまうような変人でないかぎりは。


 後発の魔法陣は創世の魔法陣よりもかなり少ないが、とても分かりやすい見分け方がある。それが認識阻害の有無だ。魔法陣研究者にはもはや常識に近いのだが、意外とこれを知らない魔術師は多い。

 創世の魔法陣にも認識阻害がないものもある(ちなみにそれらは古い時代に作られただけで創世の魔法陣ではないという見解の研究者も結構いる)が、“後発の魔法陣”には認識阻害付く場合とつかない場合があるのだ。

 創世の魔法陣は血によって継がれているが、その血脈以外の者には扱えないようにするために精霊王が魔法陣に認識阻害を付加したのだと伝えられている。つまり、後発の魔法陣は人の手によって作られたから、認識阻害がつかないことがあるのだろうというのが魔法陣研究者らの定説だ。


 すでに1桁台は伝説と化している2代目以降の歴王(オルカ王は13代目)が創ったとされる魔法陣も含めて、どんなに危険な効果を及ぼすものでも、認識阻害の魔法陣が付加されるかどうかは運のようなものだった。だからこそ、認識阻害のついていない新しい魔法陣の管理は徹底しなければならないのだ。でなければ灯りの魔法陣のように利権など関係なくあっという間に広まってしまう。しかもそれが今までには類を見ない全く新しい魔法陣なのだとしたら、余計に秘匿しなければならないもののはずなのだ。


 なぜ、魔術師(ステライト)は、認識阻害のついていない魔法陣をこんな簡単にもあっさり魔法陣を渡してしまったのか。謎は深まるばかりだった。





 ……まあ、認識阻害がないとはいっても、ロマリアが受け取った魔法陣の研究はそんなことなど関係ないだろうとでもあざ笑うかのように、進んでいないのだが。

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[一言] リネッタの深く考えてはいない行動が深読みする者たちを襲う
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