7-1 魔術師協会
王都の第二壁内にある、西大陸魔術師協会の一室。
ゆるやかにウエーブがかかった深い緑色の髪の人の少女と、3人の恰幅のいい人の男が対面するように革張りのソファに座っている。
「実に君はよく働いてくれているね。我々としても、早く君が魔術師になれるよう協力するからね。」
「嬉しいですぅ。」
マティーナはニコニコしながら、出された少し苦い紅茶に口をつけた。マティーナはあまりこの苦い紅茶が好きではなかったが、もちろん顔には出さない。マティーナはもうすぐ“大人の仲間入り”するのだから。
「でもロマリアはぁ、城詰めの魔術師様のお気に入りですよぉ?本当にいいのですかぁ?」
「ああ、大丈夫。奴らに知られなければいいのさ。それにもし城詰めに知れたとしても、我々が全力で彼女のことを守ると約束しよう。なにせ、我ら魔術師協会は国を超え、全世界に支部があるのだからな。」
「それなら安心ですぅ。」
マティーナはここの魔術師の助手として特別に第二壁内に入ることが許可されており、ほぼ毎日ここで働いている。
いつものように仕事場につくと、今日は話がある、といってこの部屋に通されたのだった。
「もちろんマティーナ、君が居てくれるだけで充分我々は助かっているのだが、君も知っているように、魔素クリスタルは常に不足している。城詰め達はすでに多くの生成師を抱え込んでいるというのに、さらに新たに生まれる生成師さえも独り占めしようとしている。しかし、魔法陣の研究は、彼らだけに開かれた扉というわけではない。……分かってくれるね?」
「もちろんですぅ。……私が生成できれば一番良かったんですけどぉ。」
頬に手をあてて、マティーナが困った顔をする。周りを囲む恰幅のいい魔術師達は、それに頷きながらも、「いやいや、君はよく働いてくれているよ。」と優しく労った。
「安心しなさい、君は実に優秀だ。これからもよろしく頼むよ。」
「はぁい。頑張らせていただきますぅ。」
ロマリアの情報を協会の魔術師に流したのはマティーナだった。
マティーナは、城詰めの魔術師と魔術師協会の魔術師が敵対していることは知っていたが、その理由は知らなかった。だから、魔術師協会の面々がロマリアの魔素クリスタルを欲していたとしても、魔術師協会にとってそれが必要ならそういうこともあると思っていた。
マティーナは来年、この魔術師協会に助手として就職することが決まっている。それは自分の努力の賜物だと思っていたし、事実マティーナは修行を積めば、魔術師の検定試験にも合格出来る力をもっている。
しかし、魔素クリスタルの生成師にどれほどの価値があるかは、未だわかってはいなかった。いかに力がある魔術師でも、魔素クリスタルがなければ小さな魔法陣しか扱うことができない。それは、一般人と何ら変わらないということだ。
なぜ、城詰めの魔術師と、魔術師協会が対立しているのか。
例えば国内で魔人の被害が発生した時。深刻な自然災害や、強力な魔獣が現れた時。隣国が攻めてきた時。
その非常事態に、国に所属している魔術師や占術師、そして傭兵たちに支給されるのは、全て国内で生産され、国が管理している魔素クリスタルである。魔素クリスタルは、自国で生産し自国で消費するもので、輸出入は一切されていないのだ。
つまり、国の専属として働く生成師の人数と、その国が保有する魔素クリスタルの貯蔵量は、ある意味国力そのものなのである。もちろん、国に雇われている魔術師や占術師が行う魔法陣の研究は、国の発展の為に行われ、生成される魔素クリスタルは、全て国の発展の為に使われる。
しかし、魔術師協会は、大陸全土に広がる魔術師たちの巨大なネットワークだ。
“魔法陣研究の扉は全ての人に開かれている。魔法陣の研究は協会員の総力をもって行うべし。”
それが、魔術師協会の信条である。
その信条を元に、各地の魔術師協会の魔術師たちは各国の情報をお互いにやりとりしている。
問題なのは、協会が国を超えてやりとりするその情報の中に、国に雇われている魔術師が新たに発見した魔法陣の技術やその資料が含まれていたりする事がある、というところだ。
さらに、魔素クリスタルが足らないという支部があれば、研究の為だといって他国に魔素クリスタルや、生成師自体を派遣したりすることもある。
つまり、国のために働いている魔術師や占術師にとって、魔術師協会の魔術師は他国のスパイそのものなのだ。
かといって、全国に広がり巨大な組織になってしまっている協会を公に敵に回すのは賢い選択ではないのも事実で。
協会に対する各国の対応は様々だが、大体はディストニカ王国のように“表向き”には関わらないようにしながら監視するところが大多数である。もちろん、できるだけ魔素クリスタルの生成師も協会に渡らせないようにして、だ。
その為、基本的には国の占術師・魔術師と魔術師協会の対立は、深まる事はあっても浅くなることも狭まることもない。両者ともその対立をあからさまな態度には出さないが、人の口に戸は立てられず、結果、マティーナのような“よくわからないけど自国の魔術師と魔術師協会はなんか仲が悪いよね”というアバウトな対立関係しか知らないという国民が多くなるのである。
マティーナは、笑顔を保ったままなんとか苦い紅茶を飲み干して他愛ない会話を終わらせ、その部屋を後にした。
魔術師協会の魔術師ではないマティーナは、まだ、何も知らないのだ。
国が総力を上げてまで生成師を囲い込んでいる現状で、あえて協会の生成師になろうという者などいないことを。
魔術師が至上である魔術師協会にとって、魔法陣の発動が不得手な生成師は、魔素クリスタルの製造道具としかみなされないことを。
自分から進んで協会専属の生成師になるということは、様々な理由で国では雇われることができなかった生成師の、最後の選択肢だということを。




