最後のひと仕事(丸投げ)
アギトからヨルモの話を聞いたのち、私は何も話さずアギトを宿へと帰した。
アギトは代官から“内密に”褒美として金銭を受け取っているそうで、傭兵ギルド直営宿のランク未の部屋ならば数か月は泊ることができるらしい。傭兵登録する際に保護者として名前を貸したスネイルならまだしも、私にまでそんなことを言ってもいいのか、若干気になるところである。
アギトを見送ったあとスネイルに“あとで話がある”と伝えてから、急いで傭兵ギルドで昨日までの報酬を受け取った。青鉤鳥の買取金額が高かったのか、それとも赤いトカゲの爪が高額だったのか、解毒剤のあれこれがよかったのか、かなり色を付けてもらったのではないかという金額で少し驚いた。
しかしそれよりも驚いたのは、傭兵ランクがEからDに上がっていたことである。
「ランクについては、トナーさんから報酬と一緒に渡すようにとお手紙を預かっているわ。」
さっき受け付けた窓口のギルド職員ではなく、私のランク確認の時に部屋まで案内してくれた赤褐色の短髪で背の高い女性のギルド職員が報酬の金貨の上にそう言って手紙を乗せる。
「あとで、ちゃんと読むのよ。」
「わかりました。」
報酬はめんどくさかったのでひとまとめに袋に入れて肩掛け鞄に詰め、それから手紙もしまった。
このギルドを使うのも最後なので、ぺこりと頭を下げておく。
「お世話になりました。」
「お世話になったのはこちらのほうだわ。また、いつでも歓迎するわよ。」
「そのときはよろしくお願いします。」
微笑むギルド職員に別れを告げ、ロビーで手持ち無沙汰に無駄に豪華な短剣を眺めているスネイルに声をかける。
「お待たせしました。」
「お、んじゃ、ここの個室でいいか?」
「大丈夫です。」
頷き、スネイルに続いてついさっきまで使っていた個室に再び入った。
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「で?話ってのはなんだ?」
個室に入り対面で座ったあと。
私はへらっとした顔でそう聞いてきたスネイルに、できるだけ真面目な顔をして答えた。
「ヨルモは、私の知り合いです。」
「……は?」
スネイルが固まる。
まあ、そうなるでしょうね。逆の立場であれば、きっと私も驚いただろう。
……いや、当事者でもじゅうぶん驚いているのだけれど。
「以前お世話になっていた孤児院に、大きな黒い狼耳と大きな黒い尾の、ヨルモという獣人の子どもがいました。弟がいるとは聞いたことはないんですけど、アギトと同じくらいの年の時にはすでに中くらいのイノシシを一人で狩っていました。たぶん間違いなくアギトのお兄さんだと思います。」
そういえば、子どもらしくないちょっと擦れた少年だったな、と思い出す。それでいて、いなくなったロマリアをスラムまで探しに行くような、責任感のある子だった。
魔獣が向かってきてもひるまず立ち向かえる勇敢さも持っていた。たしかにアギトの言うような“スゲー兄いちゃん”だ。
「すごい偶然だな……。」
「私もそう思います。」
「で、どこの孤児院だったんだ?」
「……歴王の国でした。」
その言葉に、スネイルが「ああ、ディストニカか。」と答え、「たしかに問題のある獣人の子どもでも受け入れてくれそうだな。」と続ける。
「王都……だったと思います。」
街の名前どころか、国の名前すら忘れているのはご愛敬ということで。
「歴王の御膝元か!んじゃあ結構いいとこの孤児院だったんじゃないか?」
「私はそこしか孤児院を知らないので……それにお世話になっていただけで、私はそこの孤児院で育ったわけでもないんです。ただ……食事は朝夕の2回で、基本的に固いパンと少しの野菜と水だけでしたね。唯一のお肉はヨルモが狩ってくるイノシシなんですけど、噛み切れないくらい固くて……。」
考えてみれば、あれは干し肉にしたあとそのまま出すのではなく、スープにでもすればよかったんじゃないだろうか。なぜパンも野菜もそのまま出していたのか……調味料すらも買えないほど、あの孤児院は困窮していたということだろうか?
「ふーん?」
スネイルは首をひねった。
「ここいらの孤児院でも1日2食は出るし……一応、1日に1回は肉の入ったスープも出るはずだぞ。孤児院の運営は貴族の義務じゃあないが、よっぽど貧乏じゃなければどこの領地もそれくらいのはずだ。特にここの領主様はそこらへんはしっかり管理されているから――たぶん獣人の孤児でも餓死とかはまずでない、と思う。
それに人限定ではあるが、この国ではどの街のスラムでも精霊教会による炊き出しをしてるんだ。それを考えると、王都の孤児院なのにちょっと寂しすぎる食事だな。」
「教会ではなくて、国営だと聞きました。」
「は?税金で運営されてんのか!?そりゃあ厳しくもなるかもなあ……」
「……ああ、そうですね、寄付ではなかったです。孤児も、年長者は働いたお金を孤児院に入れていました。」
私は少しだけ納得した。
教会付きの孤児院や貴族のような“持っている者”からの施しで運営されているならまだしも、一般の王都民からも徴収している税金の一部を使っているから、厳しかったのだ。
というか、なぜ税金を使っているのだろうか。王都にあるのだし歴王の私財で運営すれば多少なりとも王の株は上がるだろうし、待遇ももう少しましになりそうなものである。
「んで、ヨルモは傭兵になったあとは街を出るとか言ってたか?」
「そこまで親しかったわけではないのでわからないんです。たぶん、王都で傭兵をするんじゃないかと思うんですけど……」
アギトの様子だと、ヨルモが歴王の国の王都にいると分かれば今すぐにでも飛び出していってしまいそうだった。しかし、もし運よくうまい具合に王都についたとしても、そこにヨルモがいない可能性があるのだ。
傭兵は一つのところにとどまる者とそうでない者がいる。ヨルモは孤児院も心配だろうしたぶん前者だとは思うのだが、絶対そうだとは限らないのだ。もしかしたら、生き別れた弟を探す旅にでるかもしれないし。
「私はもう帰らなければならないので、この件はスネイルさんにお任せします。」
「……あー、まあ、そうなるわなあ。」
スネイルは壁に直接設えられている木の板のような椅子の背もたれに背中を預け、両手を頭の後ろで組んで低い天井を見た。
「私からも、一応、孤児院に手紙を出してみます。」
「そうしてもらうと助かる。」
スネイルは「どーすっかなー?」とつぶやき、「まーどーにかなるかー。」とすぐに顔をこちらに向けた。
「アギトには、時期を見て話す。今はまだ、ちょっと早い。」
「よろしくお願いします。」
私はぺこりと頭を下げた。




