アーヴィンのおうち
扉を開けるとそこには予想通り、獣人の少女が満面の笑みでこちらを見上げていた。
この家はいくつかある隠匿が作った隠れ家のひとつであり、フツーの奴では違和感すら感じず扉の前を通り過ぎる仕掛けになっている。管理とは名ばかりの傭兵ギルドの職員も、よっぽどのことがない限りこんなところに誰かを訪ねてくることもない。誰も家が隠されていることに気づくことはないのだ。潜伏しているアーヴィンにとって、気楽な場所である。……はずだったのだが。
目の前の少女はなぜかそんなものはお構いなしにこうやって訪ねてきたようである。
一瞬そのまま扉を閉じてやろうかとも考えたが、短い期間で、少女はそんなことをしても「はいそうですか」と帰るたまではないと知ってしまっていた。押し問答は時間の無駄だろうと、「よお。」とだけ声をかける。すると少女は花が咲くような……などとらしくもない上にありきたりな例えが出てくる程度には可憐な笑顔を咲かせた。
アーヴィンは最初に自分から声をかけてしまったことをひどく後悔しながら、少女の顔から視線を外した。――あのときは、解体屋の毒から生き延びたこともだが、誰かにつけられていることなどまったく気にもしていなかったため多少なりとも気になってしまったのだ。今思えば、誰につけられていようが襲われようが一人でもどうにでもなっただろうし、だからこそのあの余裕だったのだろう。
「アーヴィンさんを雇ってもらえることになったわ。」
「そうか。」
心から残念がるような顔を作ってみたのだが、リネッタに伝わる気配は皆無である。しかもなんだかんだでため口である。
隠された家であるはずなのにずっとドアの前で世間話するわけにもいかないので部屋に通し、ギシギシと悲鳴を上げるソファに座らせる。アーヴィンは扉側の窓のすぐ横にもたれ、立ったままリネッタに視線を向けた。
リネッタはさっそく座ったまま肩掛け鞄を膝の上であけると、その中からずるずると少し高級そうな艶のある布を引きずりだしはじめた。鞄の容量よりはるかに大きいような気がするが、アーヴィンは突っ込まない。気にしたら負けであると、心を落ち着かせるために窓の外に自らの視線を逃がした。
「これが先日話していた隠匿の“布”よ。私はもう使わないし、好きに使ってちょうだい。」
見れば、だいぶしわのついた布を丁寧にたたんで、自らの横に置いていた。それを見て、思わず半眼になる。
「俺がソレ使って逃げるとは思わねェのか?」
そう聞くと少女はきょとんとした顔をして――首を傾げてから、おかしそうに、ふふ、と笑った。
「大丈夫だと思うわ。」
「……そうか。」
隠匿のローブで隠れたら最後、専用の魔法陣を踏むなどしなければ二度とリネッタには見つけられないはずなのだが……リネッタからは逃げられないのだろう、そう、なんとなく思ってしまった。
アーヴィンはうまく感情を隠せず、引きつり笑いを浮かべた。
「それはそうと、お土産を持ってきたの。」
さきほど容量を超えるの布を引きずり出した肩掛け鞄のなかから、なぜかさらに荷物が出てくる。
それはアーヴィンのてのひらふたつぶんほどの小さな包みであった。
「青鉤鳥の干し肉。傭兵ギルドで解体してもらって小分けにしてあるから毒の心配はないし、濃い目に味を付けてもらったから男性でもおいしいと思うわ。」
「青鉤鳥の干し肉……」
突っ込むものか。アーヴィンは心を強く持って、どうにかぼそりとつぶやくにとどめた。
「用件を言え。ソレを渡すためだけに来たンじゃあねェだろ?」
「もちろん。今日は魔核について聞きに来たの。本当はお屋敷までの帰りの道中で聞けたらよかったのだけれど、私はカトリーヌ様と同じ馬車に乗るし、貴方に一緒に乗ってもらうわけにもいかないでしょう?
屋敷に帰った後は夜の短い間だけしか話せないし、いまのうちに聞いてしまおうと思って。」
「夜?」
「アーヴィンさんはしばらく領都の宿に住んでもらう予定なのだけれど、カトリーヌ様のお屋敷と領都は少し離れているの。私は昼の間はカトリーヌ様から離れられないから、カトリーヌ様が寝てからこっそりアーヴィンさんのところに行く予定なのよ。」
「……そうか。」
貴族の屋敷。それも貧乏男爵などではなく、領地も広く軍事力もあり資産もある辺境伯の屋敷だ。
実際に見たことはないが、屋敷だけでも相当な広さがあるだろう。門番はもちろん塀の外にも巡回兵がいるだろうし、夜になれば軍用犬なども敷地を徘徊しているのではないだろうか。屋敷の中には当然だが執事や侍女など家令も相当数いるはずだ。
夜中、半数以上が寝ているとはいえ、この少女はそれだけの目をかいくぐって屋敷を抜け出してくるつもりなのだろうか……などと考えたものの、潜伏しているアーヴィン的には変に目立つことがないし、家で待っているだけでいいなら楽なので特に何も言わなかった。リネッタならば抜け出してくるのだろうな、とも思えた。
アーヴィンは視線を小包からリネッタに戻す。
「で?魔核がどうかしたのか?」
「魔核を使った研究って、どんなものがあるのかと思って。魔術師様が買いとることがあると聞いたのだけれど……。」
――魔核。
魔人からすれば、魔核は魔人化の要である。そしてその魔人であるアーヴィンはそれ以外の使い道を思いつかなかった。
アーヴィンが魔人化した時代は、なるべく強い魔獣の大きな魔核であればあるほど成功する確率が高くなると言われていたが、今もそうなのかすらよくわからない。なぜならば、魔人化が成功すること自体が非常に稀だからだ。
アーヴィンと隠匿が魔人化したときも、片方が生き残れば成功であるはずだった。
そんな遠い昔の記憶を多少掘り起こしながら、アーヴィンは口を開いた。
「魔術師ッつーか、魔獣の研究してる奴らが欲しがるんじゃねェのか?まァ、魔核を研究するッつーか、魔獣の一部としてだがな。」
「なるほど。」
「アー、国によっちゃァ宝飾品として使われることがあったにはあったな。そういうのを着けるような奴らは魔獣の巣には近寄らねェから魔獣が寄ってくることもねェし、一点モノとしての価値はあるかもしれねェなァ。」
「……研究ではない、と。雑貨商人が買うのはそういった理由があったのね。」
アーヴィンが首をひねる前で、残念そうに肩を落としながらリネッタはそうこぼした。




