魔核の扱い
ここにきてようやくラフアルドでの魔核の扱いを知ったわけだが、トナーさんの説明に、私は閉口するしかなかった。まあ、口を開けても何かを言うわけではないけれど。
なぜそんな扱いに成(り下が)っているのかと思い問い詰めぎみに聞いてみると、この世界では魔獣の死骸に魔核が入ったままになっていると死骸のまま動き出す、つまりアンデット状態になるというのである。しかも魔獣の巣近くで魔核を持ち歩いていると魔獣に襲われやすくなるため、魔核はその場で破壊することが望ましいということになっているらしい。
素材として売ることもできるらしいが、そういったものはトナーさん曰く“よくわからない”研究をしている魔術師や“何を売っているかよくわからない”商人くらいしか買い取らず、傭兵ばかりでそういった魔術師が少ないこの街では依頼もないのに魔核を持って帰ってくるような傭兵はいないということだった。
なので、当然のごとくこの街の傭兵ギルドでの魔核の買い取りはしていないし、そういった魔術師や商人はそもそも個人的に傭兵に声をかけるので傭兵ギルドを通すこともないのだという。
魔核を狙った魔獣が街まで来ることはなく、この国では魔核の扱いに対して明確なルールはないそうだ。いろいろ突っ込みどころがありすぎて、正直困る。
(アンデット化、ねえ……)
一番に気になったのは、やはりそこである。
夜。いつも泊っている唸る角獅子亭ではなく傭兵ギルド直営宿に併設してある食堂で、私はシルビアがご飯を食べているのを内側でぼんやり眺めている。
シルビアはたった今目の前に置かれたひとつめの満腹おまかせコースに取り掛かり始めたところだ。
いまのところ体を構成する魔素に問題はないが、シルビアが威力も考えず連続で特級魔法を使ったので体内の魔素量が多少削れていた。時間経過で元には戻るだろうが、シルビアと同化した今、自分の体内魔素量の総量の見当が全くつかないのでいつ全快するかわからない。
一晩で元に戻るかもしれないし、もう少しかかるかもしれない。シルビアにこうして食事で補給してもらえば即全快するので早いし楽である。
そんなことより、今は魔核だ。魔獣の死骸を放置しているとアンデット化して動き出す、ということは、魔核が仮初にでも受肉しているということだ。レフタルではまず起きることがない現象なので、少しだけ興味深い。
レフタルとラフアルドの決定的な違いといえば、大気中の魔素量の差だろう。
レフタルはラフアルドに比べると大気中の魔素量が薄く、魔法陣を継続させることはおろか発動させることも困難だった。今考えると、魔素溜まりで発動実験を行えばもしかしたら魔法陣は継続して発動できたのかもしれない。まあそんな実験をする前に各国は手を引いてしまったし、魔素溜まりで戦争なんてできないので非現実的だろう。魔素溜まりの魔獣を狩ったり、近くの街などの守護壁を作ることには使えるかもしれないが。
そんなレフタルに比べ、ラフアルドの大気中の魔素量は濃い。魔素だまりでもないのに、魔素クリスタルで発動させた魔法陣がずっと発動していられるのもこのためだ。そしてその魔素量は、魔獣の巣に近づけば近づくほどさらに濃さを増していく。
魔獣が現れるのは基本的に魔獣の巣付近。つまり、魔素が濃いところに魔獣の死骸を置いて魔核を埋め込めば魔核は受肉する可能性がある、ということか。レフタルでも、扱いに差はあるものの魔核は真っ先に抜き取るものであったが……一部のアンデット系の魔獣は、もしかしたら魔素だまりの影響で死んでいた魔獣が受肉して動いていたという可能性もあるということか。
もしかしたらもともと魔核が収まっていた魔獣の死骸でなければならないとかそういった制約があるかもしれないが……そのあたりはおいおいでいいだろう。
次に、魔核を持ち歩いていたら魔獣に襲われやすいということについてだが、これはすんなり理解できる。シルビアが魔核を食べるから。
魔獣は、自分と同じかそれ以上に強い魔獣の魔核を食べると強化される。レフタルならば、使える魔法が増えたり体のつくりが変わったり体内魔素量が増えたり、さまざまな変化があるらしい。
魔獣の死骸でも多少強化はされるようだが、シルビアいわく、魔核は別格なのだそうだ。普段ならば強敵と戦って得なければならない魔核が裸で動いていれば、知能の低い魔獣ほど襲う以外の選択肢をもてないはずだ。
シルビアは機嫌良くふたつめの満腹お任せコースに手を付けていた。マウンズの肉料理とは違い香草もスパイスも控えめで食べやすいらしく、みるみるうちに皿の上のものが消えていく。周囲の視線を総なめにしているが、シルビアが気にする様子は微塵もなかった。食べ終えた皿は積み上げられ、背の低いシルビアを半分ほど隠す壁になっている。
どう考えてもこちらのほうがおいしいはずなのだが、シルビアは魔核のほうがお好みらしい。常に他に命を狙われている魔獣だからこその考えなのかもしれない。……いまは狙われてないはずなのだけれども、本能がそうさせるのだろうか。
魔核は許してしまったが、絶対に死骸は絶対に何があっても絶対に食べない。シルビアの中で、私は誓いを新たにした。
(この世界では魔核は魔獣が食べるもので、媒体にするという発想がそもそもない、ということ。……でも、魔術師が買い取ることもあるって言ってたわね。)
魔術師たちは魔核を何に使っているのだろうか。市井の魔術師というと、魔術師協会が真っ先に浮かぶ。たしか、ロマリアがいた孤児院の、年上のふわふわした……メルティ……マーティ、ナ?……そう、マティーナが所属していたところだ。
たしかロマリアが魔素クリスタルをこっそり売ってたんだっけ……
正直、魔術師協会はよくわからない。カティに頼めばもしかしたら領都の魔術師協会の視察みたいな理由で護衛としてそれについていけるかもしれないが、たとえ獣人を連れての魔術師協会の見学が許可されたとしても、魔核を使った研究を魔法陣のまの字すら理解していないカティが見せてもらえるかというと……研究員の話についていけず、カティの評判に関わる可能性が高いので厳しそうだ。
それ以外でこの世界での魔核の扱いについて知っていそうな人物となると、アーヴィンだろうか。魔人化にも魔核が使われているからだ。
先日アーヴィンの背中を触ってわかったが、アーヴィンの心臓は、動いていた。つまりアーヴィンは生きたまま、受肉していたのだ。
この世界では魔核が受肉しやすいということを踏まえるなら、生きた人に魔核が受肉したものが魔人と呼ばれるのだと考えられる。レフタルでは考えられないことだが、魔人化する過程で、魔法陣を介することで意識を魔獣に乗っ取られないようにしたり、力をうまく使えたりするようになるのかもしれない。魔法陣すごい。
そこでふと疑問が浮かんだ。
以前アーヴィンは魔核を食べないと言っていたが、それはつまり魔人は魔獣としては強化はされない、ということだろうか。私は、魔核を食べると強化される(らしい)のに……?
魔核が受肉しているということは、魔法陣でそれを補助しているのだとしても魔人は私と同じ状態であるはずだ。体の中に魔核があるはずで、半分以上魔獣化しているはずなのだ。
魔核を食べないことに、何か理由があるのだろうか。ああ、食べられることを知らないという可能性も捨てきれない、か。もしくは、私にシルビアの意識があるから魔核で強化されるとか?
最悪、私が魔核を食べても実は一切強化されないという可能性もある。
解毒剤の材料は採ってきたし、赤いトカゲの件も不可抗力ではあったけれど解決したし、青鉤鳥も食べたし干し肉も手に入れたので、もうあの森には用はない。
明日はアーヴィンを訪ねてみるのもいいかもしれない。手土産に、青鉤鳥の干し肉を渡せば、悪い気はしないはずだ。たぶん。
私はひとりでうんうんうなずいて、明日の予定を立てた。
一方シルビアは、満腹お任せコースを4セット食べきって周囲から拍手を浴びていた。




