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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
215/298

解毒剤の提案

「えらくたくさんあるな。」


 荷馬車から荷物を降ろしたあと、テレジアさんに呼ばれたトナーさんが解体場へと現れ、第一声がそれである。テレジアさんはささっとトナーさんに説明したあと、「家族の晩御飯作らなきゃだからまたね!」と帰っていった。


 青鉤鳥(ブルーホックバード)もそれ以外の荷物もとりあえずは手を付けないようにお願いして、トナーさんを連れて解体場の隅へと移動する。あまり人の耳に入れないほうがいいので、しれっとごく狭い範囲に遮音結界の魔法クワイアット・スペースもかけておく。


「ほんとは、解毒剤の材料を取りに行ってただけだったんですけど、面白いものを見たので、お土産を持って帰ってきました。」


 嘘は言ってない。私もシルビアも見物していただけだ。

 トナーさんはちらりと赤い毒爪が包まれた麻布と毒の実が入った皮袋に目をやってから、私に視線を戻した。


「……下の森に入ったそうだな?」

「はい。皮のリュックのほうには毒の果実が入ってるので素手で触らないでくださいね。」


 その言葉に、普段ははやや半眼気味のトナーさんが目を()いた。


「ま、まさか紫色のでかい実じゃないだろうな!?」

「そうですよ。」

「おい、何を考えてる!アレは街への持ち込みは禁止だぞ!?」

「そうなんですか?」


 焦ったように小さな声で叫ぶように言うトナーさんだが、首をかしげて見せると途端にがくっと肩を落としてうめいた。


「なんでそんなもん持って帰ってきたんだ……青鉤鳥(ブルーホックバード)の毒よりも強い毒なんだぞ!?見つかれば、カトリーヌ様の護衛のお前でもただじゃ……」

「でも、解毒剤の材料になりますよ。」

「だからっ、て、……、――――は?」


 ぴたりと私の顔に視線を固定して、トナーさんが止まった。


 獣が体内に毒を取り込んで自らの毒として使うことは、知識としては知っていた。レフタルとラフアルドでは差があるかもしれないがそれでも同じような生物はいるはずなので、なぜ毒の実を使った研究がなされていないのか不思議に思っていた。

 しかしなるほど、毒の実を街に持ち込むことができないというのなら解毒剤研究とか以前の問題である。解毒剤を作れるのは街に持ち込める青鉤鳥(ブルーホックバード)の毒袋だけで、それ以外の方法が模索できない状態だったのだ。

 

青鉤鳥(ブルーホックバード)毒の実(アレ)を食べて、その毒を体内に蓄積させています。青鉤鳥(ブルーホックバード)の毒は、毒の実と体液が混ざったものなんですよ。だから毒袋に毒の実を混ぜてかさ増しすれば、解毒剤もたくさんできるはずです。」


 シルビアの鼻が“ほぼ同じ”だというのだから、たぶん青鉤鳥(ブルーホックバード)の毒の成分はほぼ毒の実そのままのはずだ。そこに体液が混ざっているから、毒の実よりも弱い毒になっているのだろう。何回か解毒実験をしてみなければならないかもしれないが、青鉤鳥(ブルーホックバード)の毒袋の中の毒と混ぜれば問題なく解毒剤はできるはずだ。たぶん。


「とりあえずかさ増しするにも元の毒袋がないことにはどうにもならないんで本体も獲ってきたんですけど、その毒袋に毒の実を足せばいつもよりもたくさんの毒液ができると思います。毒の実の毒が青鉤鳥(ブルーホックバード)の毒より強いなら、解毒剤は今より強力なものができる可能性もありますね。」


 解毒剤を作る魔法陣が対応した毒の解毒剤を作るのだというのなら、きっとできるはずだ。魔法陣は効率も何もかもが悪いが、それを改良せずにどうにかしようと思うとそれが最善である。たぶん。

 まあ、できた解毒剤を試す方法があるかどうかはわからないが。そこらへんは傭兵ギルドとか魔術師協会とかそのあたりの仕事であって、私の領分ではない。


「私はカトリーヌ様の護衛をやめるわけにはいきませんので、あとのいろいろは調べてください。ただ、たぶん、青鉤鳥(ブルーホックバード)の体液が混ざっていないといけないので、毒の実だけでは解毒剤はできないと思います。もし何か問題が起こったときは、カトリーヌ様宛に手紙を出していただければ私まで届くと思います。」


 もし解毒剤が作れなかった場合は、最悪、新しい青鉤鳥(ブルーホックバード)の解毒剤専用の魔法陣を創ればいいだけの話である。まあ、最悪というか、私的にはそっちのほうが早いし楽なのだが。


「……そ、それは自分で考えたのか?」

「以前お世話をしていただいていた、魔術師様にお聞きしました。そういう獣もいる、と。」


 ステライト先生のせいにしておこうね。


「なので、あの毒の実と青鉤鳥(ブルーホックバード)の毒袋は、お預けしますので使ってください。もちろん内臓に傷をつけないよう獲ってきたので、食肉にもできるはずです。今回は納品するので食肉部分は買い取ってください。」

「お、おお、助かるが……じゃあ、あの、でかい最後のやつはなんだ……?」


 恐る恐るといったふうにトナーが麻布に視線を向けた。

 何か得体のしれないものを見るような目をしているが、残念ながらトナーさんも知っているものである。


「ああ、あれは、ほら、トナーさんが前に言っていた、赤い青鉤鳥(ブルーホックバード)の赤い爪ですよ。」


 ごんっ。


「えっ?」


 トナーさんが石の壁に頭を打ち付けた音は遮音結界の魔法クワイアット・スペースで周囲には聞こえていないはずなのだが、周囲の視線がなぜか一斉にこちらに集まった。

 というか、なぜ石壁に頭を打ち付けたのだろうか。


「どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも、俺の頭はとうとうイカれたらしい。」

「別に私が折ったわけじゃないですよ。言ったじゃないですか、面白いものを見たって。」

「……俺には全く面白そうじゃないんだが。」

「魔獣同士の縄張り争いだと思うんですけど、赤いトカゲと、ストレンキーが戦っていて。」


 ごんっ。


「あの。」

「ど、どこまで森の奥に入ったんだ……?」

「中腹からちょっと行ったところです。」

「そんな浅い場所にストレンキーが出たと?」

「まあ。毒の実が生っているより少し奥のあたりなので、たぶん。」


 毒の実は森の奥のほうにも生っているので嘘ではない。シルビアの感覚では、森の中腹から魔獣の巣までは“ちょっと走ったところにある場所”だ。

 しかしトナーさんは目つきを険しくして、口をへの字にした。そして低い声が漏れる。


「なぜすぐに逃げなかった。」

「えっ。」

「例えお前があの逃足鶏(エスケープチキン)を無傷で捕らえることができようが、そのために魔獣の巣近くをうろつくことができようが、魔獣同士の……しかもストレンキーとまともに戦えるような魔獣の戦いに巻き込まれたら命などいくつあっても足りないだろう。なぜ逃げなかった。」

「あー。」


 いやまあ、普通はそうか。


 私はそんな風に思った。

 どんなに強い傭兵であろうとも、準備をしていない状態で強力な魔獣に遭遇すればよほどの戦闘狂でもない限りは逃げる……だろう、たぶん。


 確かにストレンキーも赤いトカゲも強力な魔獣なのだろうが――私にとっては、魔法抵抗のない相手など不意を突かれない限りはまず問題ないので危機感を抱けない。もし危険を感じても、異常状態の魔法で無効化してしまえばいいのだから。


 これがレフタルであれば別だ。強力な魔獣は魔法抵抗が高いことが多く麻痺や気絶や睡眠などまず効かないし、魔法で出した炎や氷なども魔法抵抗で威力が落ちる。私だって、レフタルで同じような魔獣の戦いを見れば、逃げる。全力で逃げる。


「どっちが勝つにしろ、報告が必要かなと思ったので。」


 私はそれらしいことを言ってごまかしにかかった。

 実際問題、ストレンキーが勝つなら街にはあまり問題ない話かもしれないが、赤いトカゲが勝った場合きっと大変なことになっていたはずだ。あの赤いトカゲは、ストレンキーのように穏やかそうではなかったし。魔獣に穏やか、と使うのはいかがなものかとは思うが。


「それはたしかにそうだが……」


 トナーさんが言いよどむ。


「生き残る自信はありましたし、こうやってちゃんと帰ってきましたし。」

「結果的にはそうだが……」

「しかも、ちゃんと証拠も持って帰ってきましたよ。ストレンキーは、折れた爪には興味がなかったようでよかったです。死骸は引きずっていきましたけど。――あ、それで思い出したんですけど、魔核って、お店で売っているところを見たことないんですけど、傭兵ギルドで買取とかはしているんですか?」

「魔核?お前は魔獣討伐に同行したことはないのか?」

「はい、パーティーを組んだことがないので。」

「なるほどな、魔核はその場で割ることが多い。」

「……え?」

「魔獣の体内にあるままだと、死んだはずの魔獣が動き始めたりするんだ。だから基本的には魔核はその場で破壊する。」

「……ええええええええ?」

よいお年をお過ごしください。


来週は、僕もよい年を過ごすため、お休みします。

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