街へ帰ろう
毒の実の入った皮の水袋を背負い、伸ばしたら1メートルはあるだろう丸まった厚みのある赤い毒爪の包みを片手で抱え、なんとか見つけてさくっと仕留めた青鉤鳥を簀巻きにして引きずりながら、ようやく私は森から脱出することに成功した。
かなり遺憾だが時刻はすでに夕方で、周囲には仕事を終えたのだろう傭兵が結構いる。馬車に荷を詰めているギルドの職員、衛兵っぽい人、たむろしている傭兵たち、露店を畳み掛けている商人たち。それらの視線をしっかりと集めながら、私は青鉤鳥のしっぽを放し、抱えていた毒爪の包みと毒の実の入った背負い水袋をその場におろした。
明後日には帰ることができる。だから、問題なく帰るためにはこうするしかないのだ。そもそももう目立ってしまっているのだから、さらに目立とうが問題はないはずだ。マウンズのときのように、きっとそのうちみんな忘れるだろうし。
そう自分を奮い立たせて、そのうち私を見つけて出てくるだろうギルド職員を待つ。
青鉤鳥は猛毒を持っているため専用の馬車でなければいけないそうなので、普通の荷物置き場には置けない。私はギルド職員を待つしかない。
そう思って周囲を見渡していると、ちょうど傭兵ギルドの建物から職員らしき影が飛び出してきた。
「リネッタさん!」
目を丸くして声をかけてきたのは、たしか前回も青鉤鳥を獲ったときにお世話になったおねーさんだ。名前は全く覚えていないけれど、3人組の若い傭兵に変な言いがかりをつけられたときに、とてもお世話になったことは覚えている。……そもそも名乗らなかった気もする。
「また青鉤鳥を獲ってきてくれたのね、ありがたいわあ。」
「はい。あ、でも、これ、毒袋はギルドに納品するわけにはいかなくて……」
そういえば、馬車で持って帰ってもらうのはギルドに納品することが前提だった気がする……と思い出し、私は困った顔をした。
「今回も食肉として使えるようには獲ったので、そっちを納品するのでも大丈夫ですか?」
その言葉に、おねーさんが眉をへの字にした。
「えーっと……ごめんなさい、青鉤鳥の毒袋はこの領の指定危険物だから、必ず傭兵ギルドに納品しなければならない決まりなの。ほかの町に卸すのもだめなのよ。」
「じゃあ、とりあえずトナーさんに相談してみます。毒として使うわけではないですし、ギルドを通さないだけで街で解毒剤にしてもらうのは同じですし。」
そう、最終的には解毒剤になるのだ。行きつく先が同じなら問題ない、はずだ。たぶん。
「え?……うーん、わかったわ。じゃあ、御者を手配したときに、トナーさん宛てにそう伝言してもらうわね。……あと、その袋の中身は……?」
「それはすみません、トナーさんにしか……」
「あら、まあ……危険なもの?」
「それなりには。でも、ある意味ダンカン様とトナーさんに頼まれていたものなので持って帰らなければならないんです。」
「うーん……じゃあ、その背負ってるものは?」
「これは魔獣の素材です。拾ったので持って帰ってきました。」
「……え?」
「これもちょっと特殊な素材なので、ここで見せるのは……トナーさんであればこれが何か、たぶん、わかると思います。」
拾ったことを強調しつつ、言う。
実際に折ったのはストレンキーだし、嘘ではない。
今でも目立って仕方がないのだが、赤い毒爪の場合はわけがちがう。赤いトカゲは傭兵間で噂になっていると言っていたので、ここでその素材を出して変な噂を増やせばトナーさんに迷惑がかかるだろう。
青鉤鳥以外何も答えることができないでいると、ギルド職員のおねーさんは困った顔になってしまった。しかしほどなくして小さくため息をはき、「仕方ないわね。」とつぶやく。
「わかったわ。じゃあ、責任持って私が荷馬車の御者をするわ。」
「えっ?」
「大丈夫、荷馬車の御者もギルド職員の大切な仕事なのよ。大抵は戦闘もこなせる傭兵経験のある人になるんだけど……どうせ荷馬車の御者台に座って一緒に帰るつもりなんでしょう?
こっから街までの道のりに賊がでることなんてまずないし、私も家は街にあるから帰り道だし。一昨日みたいに言いがかりをつけられても、私みたいなギルドの人間がいれば安心でしょう?」
「あー、そうですね……ありがとうございます、助かります。よろしくお願いします。」
有無を言わさない圧力を感じ、私はこくりを頷いた。
たしかにこないだのような――青鉤鳥は自分たちの獲物だったなどという輩が現れたらとても面倒くさい。しかも今回は、見られたら困るものもあるのだ。
ギルド職員のおねーさんは私の返事を聞いて、「私の名前は、テレジア。短い付き合いだろうけど、よろしくね。」と笑顔で言った。
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薄暗くなりかけている道をガタゴトと荷馬車が進む。
風はわずかに湿気っていて生温いが、空には雲はなく雨が降りそうな天気ではないので季節がらだろうか。
もう遅い時間帯で、さらにこの道は街と森だけを繋いでいるだけのものなので、後ろから追い越していく馬車はあるものの、すれ違う馬車はいなかった。
「そっか、明後日の朝には発っちゃうんだ。」
「はい。」
「青鉤鳥は美味しかった?」
「美味しかったです。」
「それはよかった。ふふ。実は私も食べたのよ。」
「えっ。」
「だって、食べられる状態で納品されることがないから珍しいし、もし納品されても私たちみたいな庶民は口にできないのよ。だから、普通の食堂で出されるとか前代未聞。まあ職員がそういった情報を使うのは本当はだめなんだけど、これくらいの職権乱用ならかわいいものでしょう?」
「美味しいものを食べると、元気になりますもんね。」
「わかってるじゃない。あ、でも、トナーさんには内緒にしてね?」
「……トナーさんも食べに来てましたよ。私の目の前で食べてました。」
「えっ、あの噂は本当だったの?あはは。副ギルドマスターの職権乱用は見過ごしちゃだめだよねえ。」
雑談しつつ、街へと向かう。
「そういえば今日の青鉤鳥は、自分で食べないの?」
「これ以上干し肉にしても持って帰れなくなってしまうので。」
カトリーヌの屋敷に帰れば、毎日3食の食事が提供されるのだ。食べきれないほどの干し肉を作ったとして、多少はカトリーヌも食べるかもしれないが、それ以外にお土産を渡せるような相手が居ないので鞄の中身を圧迫するだけである。
「じゃあ可食部は全部ギルドに納品なのね。ありがたいわぁ。」
ゴトン、と、それまで踏み固められた土だった道からヒュランドルの街門の下に敷かれている石畳への僅かな段差で車輪が弾む。
街の外は薄暗かったが街には明かりが灯され、仕事終わりの傭兵たちにまざって住民らしき姿もあり、大通りは賑やかだった。
「このままギルドの裏につけるわね。」
「お願いします。」
人が多いため、荷馬車も外の道と比べればいくぶんかゆっくり進む。
その中にふと視線を感じて顔を向ければ、ひどく疲れたような顔をしたアーヴィンがこちらを見ていたので、“絶対に連れて帰るから待っててね”という気持ちを込めてにっこりと笑って手を振った。




