トカゲ 3
ほどなくして、ストレンキーと赤いトカゲの決着がついた。
「ギ、エ……ェ……」
「グル……」
勝者は、なし。つまり相討ちである。
方や、両翼をもがれ自慢の赤い巨大な毒爪も根本から折れ、出血多量で魔獣が死ぬかはわからないが大地が泥濘むほどおびただしい出血をして息も絶え絶え。
方や、背中は翼爪と毒爪でずたずたに切り裂かれて血まみれで、なおかつ全身に毒が回り息も絶え絶えである。
魔獣の回復力をもってしても、ここからこの2匹が生きながらえるのはどう見ても難しいだろう。
赤いトカゲは毒を使い果たしたのか毒を出す力もないのか、風に流され毒の匂いはすでにだいぶ薄まっていた。つまり、シルビアが近づけるということである。
動けない2匹のうち、シルビアはストレンキーのほうへと近づいた。そして、眉を寄せる。
「クサ……」
どうやら毒に直接触りたくないようである。嫌そうに口をへの字に曲げて、吐き捨てる。
「ごハン……ムリ。」
肩を落とし、耳をぺたりと伏せ、しっぽがたらりんと力なく落ちた。
(もともと食べるためじゃないし。)
そう突っ込むが、私もこれにどう収拾を付けていいかわからない。
私はただ、青鉤鳥の毒袋が欲しかっただけなんだけどなあ……
「オわった。タべる、いい、イった。」
(いやだめだから。毒まみれだし、浄化しても絶対苦いでしょう。)
「ムねン……」
シルビアがとても嫌そうに、人差し指でぴとりとストレンキーにふれる。もちろん、毒のついていない僅かな隙間だ。
「ハイきアハイきアハイきアハイきアハイきア、ハイねるひーるハイねスひーるハイなスひーる。」
ぶあああああとストレンキーが光を纏う。一回では解毒できなかったのだろうか5回も重ねられた浄化の魔法と3回も重ねられた特級回復の魔法は、ストレンキーをじゅうにぶんどころか無駄すぎる高威力で治癒した。
背中の傷は全てが傷跡も残さず塞がり、体を蝕んでいた毒は完全に消し去られ、さらには治癒の魔法を使ったわけではないし失った血は戻らないものの、内臓もきれいに元通りになったはずだ。さすが魔獣の回復力である。しかし。
「クサ……」
匂いは洗わなければどうにもならないらしい。シルビアは諦めたような顔でストレンキーから離れた。そして、ちらりと赤いトカゲに目をやる。
赤いトカゲは死にかけだったストレンキーの超復活を目の当たりにして、目を見開いていた。
「ギョェエ……」
ふわりと漂う毒の匂いに、シルビアが眉を寄せる。まだ、抵抗するつもりらしい。
――いや、だめ。
私は赤いトカゲの存在そのものを消滅させるべく口を開いたシルビアを制止した。
できれば死んだ証を持って帰りたい。もう、あの赤いトカゲはストレンキーが喰い殺したのだと、報告だけでもしたかった。
(あの赤いトカゲ、持って帰りたいんだけど。)
「……もですトぶらスト。」
ばんっ、と、赤いトカゲの頭が破裂した。
相変わらず小規模には程遠い小規模爆破の魔法である。本来はリネッタが某貴族の家の壁を崩したように、家を取り壊すときなどに破片が周りに散らばらないよう調整してある魔法である。マウンズのただの熊ならまだしも、本来ならばけして上位の魔獣に通用するような魔法ではないのだ。
まあ、威力をあげれば普通の攻撃魔法になり得る生活魔法なんて山ほどあるので、今さら気にするようなものでもないが。
そんなことより、最初の目的であった青鉤鳥を狩る時間が無くなってしまうことのほうが問題である。
シルビアは結局戦うこともできずかなり溜まってしまったようだが、こればっかりはどうしようもできない。
(シルビア、今日は青鉤鳥を狩らなければならないし、臭いなら交代しましょうか?)
「……ごハン……」
(わかったわ、今日の宿での夕食は、シルビアが好きなだけ食べていいわ。)
「……ワかった。」
その言葉とともにふわりと浮き上がる感覚があり、私は表に出た。
「確かにちょっと臭い気がしないでもないけど。」
シルビアと違ってただの人の嗅覚しかない私にはよくわからない。私は赤いトカゲは放置、するわけにはいかず毒まみれのその体に浄化の魔法を重ねがけした。さすがにこれを喰うような野生生物も人も居ないとは思うが、この毒が体についた野生生物が青鉤鳥のように森の入口へとたどり着いてそのへんの草木を汚染してしまう可能性はなくもないからだ。
それから少し離れた場所に落ちている赤い毒爪へ近づき、重ねがけで浄化してから中身が見えないように麻布でしっかりくるんで縄で縛る。毒の果実の袋に、赤い毒爪に、さらに青鉤鳥を持って帰らなければならない帰路に、私はうんざりしたが、まあしょうがないだろう。
ぐちゃ、ぐちゃ。
ふとそんな嫌な音が聞こえて振り返ると、ストレンキーが赤いトカゲの腹を掻っ捌いていた。
……食べるのだろうか。まあ、シルビアいわくそれが魔獣の習性だそうなので、そんなものなのだろうけど。
ドン引きしながらそれを眺めていると、ストレンキーはおもむろに赤いトカゲの腹から何かを取り出し、こちらに放った。
ころりというよりもゴロッという音で足元に転がったのは……体液まみれの大きな石であった。よく見ればそれは透き通った橙色の、魔核。
「……は?」
思わずストレンキーに視線を向けると、ストレンキーは静かに頷き、「グルゥ。」とだけ言った。
いや言葉わかんないし。言ったっていうか正しくは鳴いた、だし。
でもまあ、魔核はくれるらしいのでもらっておこう。もちろん食べるためではない。
そういえばこの世界での魔核の扱いはよくわかっていないし、帰ったらトナーさんに聞いてみよう。
ストレンキーはそのまま、頭のない赤いトカゲを引きずって、森の中へと帰っていった。
つくづく不思議な魔獣だった。
私は麻布でくるんだ毒爪を持って、今の戦いで青鉤鳥が下の森から逃げていませんようにと願いつつ、ストレンキーとは反対方向、森の中腹へと入った。




