6-3 スラムのどこかで
「くっそジジイが!」
「ハッハッハ。」
王都の第三壁。その北門を中心に外壁まで広がるスラム街の片隅にあるやたらと暗い酒場で、2人の男が強いだけの安い酒を呷っている。
その酒場には他の客もいたが、スラムという場所がらなのか賑やかな雰囲気は一切なく、空気は一様に沈んでいる。
その中で、スラムに居るわりには身なりの良い2人の男は浮いていたのだが、特に誰も気にした様子はなく、酒を出したはずの店員でさえもすでにそこに客が居ることを忘れてしまったかのようであった。
「耄碌してんじゃねェぞコラ。思っきし見られてたじゃねェか。」
短く刈り込んだ茶髪に黒い瞳の男は、干し肉か革の切れ端か区別の付かないツマミをガシガシと噛みながら悪態をついた。それを横目に、長い白髪をひとまとめにくくった背の高い老人がちびちびと酒の不味さを味わっている。
「で。あのガキは何で俺たちに気づいた?まさか人探しに力入れすぎて刻印忘れてたわけじゃねえンだろ?」
「……あれは精霊の祝福の類でしょうなあ。」
長い白髪の老人が、酒の入った木製のコップをゆらゆらと揺らしながら答えた。
「私の隠匿の刻印を、獣人どもがよく言う野生の勘などという不確かなもので突破されるというのはあり得ませんからな。そもそも、彼女はその真紅の頭を見ていたのでしょう?例え野生の勘が奇跡的に働いて私達を見つけたとしても……ハッハッハ、隠した色まで見破るなんて事はあり得ませんよ。」
「ケッ。獣人に精霊の祝福なんてあるわけねェだろ。混血ですら精霊には嫌われるって話だぜ。あのガキはどう見ても獣人だったじゃねェか。」
茶髪の男は毒づくが、白髪の老人は「いやいや。」と言葉を続ける。
「まれに、人から獣人が生まれることがありますからな。見た目は獣人でも、中身は人なのかもしれませんぞ?ほれ、あの少女は混色だったでしょう。ああいうのは普通の獣人からは生まれない……らしいそうで。私も見るのは初めてですがな。」
「まぜいろ?……あァ、毛か。」
茶髪の男が、噛んでいたツマミをぺっと床に吐き出し、酒を一気に呷る。
「そういや見たことねー色合いだったな。人から獣人が生まれる、ねェ。話にゃ聞くがほんとにあんのかァ?」
「三ツ月の取り替え子というそうで。腹の子を闇月に奪われても、本来は太月が元に戻すのですが、たまに子月が悪戯に獣人の赤子を入れる、とかなんとか。
まあ、血族に獣人との混血がいて、たまたまその血が強く出てしまったというのが実際のところでしょうが。見た目は人と見た目が変わらない混血だったり、獣人そのままだったりするそうで。」
「なるほどなァ。」
「混色の三ツ月の取り替え子が生まれると、獣人の血が混ざっているのを隠すために赤子はすぐに処分されるのが常識だとか。あの少女は運が良かったようですなあ。」
「はァ、大変なこって。」
「獣人でしかも女性ですから、普通に暮らしていくのならあの精霊の祝福は誰にも知られる事なく失われるでしょうなあ。ハッハッハ、勿体無いですなあ。まあ、人の男だったのならその場で処分しているところですので、彼女は本当に運がいい。」
茶髪の男は、再びツマミをガシガシと噛み始めた。長い白髪の老人はツマミには手を出さず、茶髪の男のコップに酒をつぎながら「それにしても――」と続けた。
「実に!実に可愛らしい少女でしたなあ!!!しかも我々を見破る精霊の祝福持ち。素晴らしい。愛らしい。着飾って連れ歩いて他の者共に自慢したいですな!」
半ばうっとりとした声を漏らす。
「やめろ気持ち悪ィ。ただでさえ不味い酒が余計不味くなンだろ。」
「ハッハッハ。この不味さを楽しむため、わざわざここまで足を運んだのですよ。」
茶髪の男が半眼になって睨むが、長い白髪の老人は笑ってどこ吹く風である。
「私の孫も、あれくらい愛らしかったのですぞ。きっと。」
「あーあー、そうだろうよ。でもな、その話は聞き飽きたっつってンだろ。それになァ、お前が少女趣味なのは孫とか関係ねェから。ただの性癖だろ。」
「おや、心外ですなあ!私は愛でるのは好きですが、解体屋のような趣味は一切ございませんが?」
「それだけが救いだァな。」
ごくん、と噛みきれないツマミをむりくり酒で流しこんで、茶髪の男は立ち上がった。
「さて、守護星壁が復活する前に帰ンぞ。」
「……そうですなあ。守護星壁を消したのがどんなお方だったのか、気になっておったんですが。結局、王都にはいらっしゃらなかったようで残念です。」
そう言って長い白髪の老人も立ち上がる。
「ま、そのうちまた出てくンだろ。」
「そうですな。……ああ!あの獣人の少女、名を聞いておけばよかったですなあ。いつかまた出逢えたら、運命でしょうから、次は連れて帰りましょう。」
そう言い残し、誰にも呼び止められる事なく男2人は暗い酒場からスラムへと消えていった。テーブルには飲み干された酒の瓶と、場違いに輝く金貨が1枚置き去りにされていた。




