解毒剤
ここ数日続けているように朝一番の馬車に乗って、私は森の入口へと来た。
今日はいつも下げているなんでも入れの肩掛けかばんの他に、昨日のよる急遽購入した大きな皮袋を背負っている。魔道具ではないが、継ぎ目がなく水袋にもなるそこそこ値のはるものだ。……店番をしていたのが獣人だったので、何年か前に水袋を買おうとして追い出されたことを思い出し、ちょっとだけ懐かしくなった。ジャルカタは元気だろうか?
さて。
私の休日も残すところあと2日、つまり明日の夜までだ。今日のうちにしてしまいたいことがたくさんあるので、一番に馬車から飛び降りた私はそのまま下の森へと入った。
そう、下の森である。今日は下の森に用事があるのだ。
下の森だとランクE傭兵の私は止められる可能性もあるため、早足で森を進む。
この時間帯だと一緒に乗ってきたのがほとんど傭兵ギルドの職員やら屋台の人やらなので、ある程度森へ入ってしまえば最後、追いかけてくることは不可能だろう。
私が下の森に入ったことはたぶん街の傭兵ギルド職員にも伝わるだろうが、傭兵稼業はすべて自己責任であって怒られるいわれはない。まあ、怒られることはないだろうけれども。
下の森にも、上の森同様に傭兵らが踏み固めて作られたであろう獣道ならぬ傭兵道があり、進みやすい。というか、下の森のほうが下草がある程度刈ってあったり枝が切り落としてあったりして、しっかりしているようだった。その代わり、幅は大人二人が並んで歩くにはだいぶ狭くなっている。
まあ、森で迷ったときにただの獣道なのか人の手が入った傭兵道なのかがわかるだけで生存率が格段に上がるだろうし、幅の狭さ的に魔獣から逃げるときの道標にもなっているのかもしれない。
空間把握の魔法に大きな獣が引っかかるようになってきても、傭兵道はまだしっかりとあった。定期的に整備されているのだろうか。
点々と布のようなものも巻いてあるが、あれも傭兵道だという印になっているのだろう。下の森は上の森よりも薄暗く、遠目では傭兵道の存在が全くわからないからだ。
獣だか魔獣だかわからない何かを避けながら黙々と森の奥へと歩いていくと、不意にシルビアが反応した。
(クサい。あっち。)
「ありがとうシルビア。」
私はそう言って傭兵道を外れ、示された方向に歩き始める。
周囲には大型の鳥類の反応はない。まあシルビアの嗅覚は私の空間把握の魔法を超えて匂いを捉えるので、もしかしたらそのうち反応があるのかもしれないけれど。
あたりを見上げながら鬱蒼とした森を進む。日があまり差し込まないため森は暗いが、なぜかしっかり見える。魔獣化の影響だろうか……便利なので“恩恵”ということにしておこう。
とくに青鉤鳥らしき姿を見つけること無く進むと、森の中腹あたりで目的のものを見つけた。
それは10才児の拳4つぶんほどもありそうな、艶のある大きな大きな青い果実。そう、青鉤鳥が食べるという毒の実である。シルビア曰く、この果実の匂いと青鉤鳥が出す毒の匂いが似ている、というか同じらしい。
流石に触りたくはなかったので大地に転がっている実を魔法でスパンと半分に割る。皮は思っていたよりも薄い。果実の中はむちむちしていて皮の色よりも更に深い紫がかった色をしている。切り口はみずみずしく、見た目は甘くて美味しそうである。味を試すことはしないが。
他にもいくつか熟して落ちたのだろう果実があり、私は手近に生えていたな大きな葉をむしって実をくるみ、直接触らないように注意しながら持っていた革袋に入れていった。
できるだけたくさん持って帰ろうとしたものの思いのほか果実が大きく、結局8個だけで諦めた。大きな水袋としても使える革袋なので万が一袋の中で毒の実が潰れても漏れる心配はないのだが、詰めすぎて全部潰れていたとかだと後々面倒くさそうだったからである。地に落ちていない果実は青白く、(シルビア曰く)毒の匂いも薄いので持って帰らなくても大丈夫だろう。
「よいしょ。」
革鞄の口をしっかりと閉めてから、近くの低木の枝にひっかける。
これからちゃちゃっとひと狩りするのだ。別に背負っていても全く問題はないのだが、うっかり激しい動きをして中身が潰れても困る。
「――召喚。」
ふわりと風が逆巻き、柔らかに木々の葉を揺らす。
現れたのは魔女の梟。ずんぐりむっくりな体に焦げ茶色の羽毛、まんまるい黄色の中心にあるパッチリとした黒目がチャームポイントの鳥型の召喚獣である。
魔女の梟は音もなく革鞄の引っ掛けられた枝にとまって、ゆっくりまばたきしなら首を回して周囲を見回した。
「じゃ、お願いね。」
私はそれだけ言うと、次の目的を探して森の奥へと進む。
――魔法が使える召喚獣の中でも、魔女の梟は使い勝手が良いタイプの召喚獣である。
静かに飛ぶし、ドラゴンのように姿自体で目立つこともないし、小鳥のように肉食の鳥に襲われることも少ないし、目も耳も良く、何より使える魔法の幅が広い。
そんな万能召喚獣の元となったのは、翼開長が7メートルにもなる大怪鳥だ。さすがに大きさのせいで明るいところでは否応なしに目立つが、大抵は夜に行動しているので生きている姿が人の目に触れることはあまりない。
夜な夜な物音を一切たてずに人や家畜を攫っていくので、いわゆる“神隠し”と呼ばれるものがあると、まずこの魔獣の存在が疑われる。
魔法抵抗がドラゴン並みに高いせいで深層催眠の魔法のような上位の異常化状態の魔法さえほぼ効果がなく、攻撃魔法の効きも良くない。そのため倒すのならば身体強化の魔法などの付与魔法でガチガチに固めた前衛らでタコ殴りにしなければならないのだが、相手は空を飛ぶので落とすところから始めなければならず、鳥の姿をしたドラゴンとさえ言われるほど討伐は難しい。
さっき見つけた毒の実だが、下の森には至るところに生えている。なので、たぶん近くに青鉤鳥もいるはずだ。毒の実でかさ増ししても解毒剤がちゃんとできているか試すためには、元になる毒袋が必要だろう。
ドラゴンっぽい姿をしているのに鳥と名のついている青鉤鳥の気配を探しながら、森の中をウロウロする。魔獣ではないので奥に行けば良いというわけではないだろう。
そこはかとなく面倒くささを感じて、ふとシルビアのほうが広く探せるのになあ、と思っ――いや、だめだ、シルビアに変われば最後、全く別のことをし始める未来しか見えない。
(そンなコト、ナい、サガす、とカゲ。)
「うーん……でもなあ。」
私は首を傾げつつ思案する。ここはもう下の森で、一番の目的であった毒の実は集めた。あとは青鉤鳥を見つけるだけなので、まあ……
(ミつけた!イキたい!とかゲ!!!)
「は!?」
いきなりハイテンションになったシルビアに驚く前に、ぐいっと後ろに引っ張られる感覚に襲われる。何事かと慌ててその場でぐっとこらえようとして……私は手足の感覚がなくなったことに気づいた。
(し、シルビア……?)
「アレ、しルびあ、デた?」
こてんと首をかしげながらきょとんとするシルビア。どうやら青鉤鳥を見つけてテンションがあがってうっかり飛び出して(?)しまったらしい。よっぽど外に出たかったようだ。
(あー、まあ、目的のものを見つけたのなら、まあ、いいのかな……まあ。うん。)
……いいのだろうか?まあ、出してしまったものはしょうがないか。
(内蔵に傷がつかないようにしないといけないけど……シルビア、傷つけないように殺すの、できるの……?)
「トかゲー!」
私の言葉を聞いているのかいないのか……たぶん聞いていないのだろう。シルビアはとりあえず見つけたらしい青鉤鳥の元へと猛然と走リ始めた。




