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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
208/297

夜のお楽しみと

 ――その魔法陣は、効率が悪いどころの話ではなかった。




 魔術師協会の前でカトリーヌらと別れた後、私は近くの雑貨屋で必要なものを一通り買い揃え、唸る角獅子亭の一階にある酒場件食堂で早めに夕食を食べることにした。


 唸る角獅子亭は、傭兵ギルド直営の宿よりも高い宿だ。

 泊まるのは旅商人やCランクの中でも稼ぎの良い者で、連泊しているのはBランクの傭兵ばかりである。


 一階の宿の受付や酒場兼食堂はもちろんのこと部屋も清潔で、シーツは2日に1回は取り替えてくれる。服を洗濯してもらえるのは珍しくないが、街の武器防具屋と提携しているらしく装備の整備なども有料でしてくれるらしい。

 近隣農家とも提携を結んでいて、毎日届けられる新鮮な野菜をたっぷりと使った料理が名物だ。とくに野菜を練り込んだカラフルなパンとパリッパリの新鮮な葉野菜、そして主に甘めに味付けされた肉の相性が抜群に良いのだ。


 そんな唸る角獅子亭の今晩のイチオシメニューは……青鉤鳥(ブルーホックバード)の包み焼きである。何を隠そう、私が獲ってきたやつだ。副ギルドマスターが直接宿に持ってきてくれたので、いろいろと面倒なこともなくとても助かった。


 青鉤鳥(ブルーホックバード)の包み焼きができるまで、私は解毒剤の魔法陣に思いを馳せる。


 ついさっきまで見せてもらっていた解毒剤の魔法陣だが、器の裏いっぱいいっぱいに刻まれたそれはいつものような魔素効率の悪さもさることながら、解毒剤の種類を指定せず万能化させていたために無駄に古代文字がギッチギチで難解になっており、発動させるためには4級の魔素クリスタルを使わなければならないとかいう大食らいだった。解毒剤が銀貨5枚もするのは当たり前どころか安すぎるのではないかと不安になるほどだった。

 聞けば、傷のある毒袋からだと解毒剤は10瓶前後くらいの量しかできないらしい。青鉤鳥(ブルーホックバード)の納品数は月に0匹から2匹、多くても4匹だそうで、まあ解毒剤が足らなくなるのも頷ける。ちなみに私が納品した毒袋は無傷で、35瓶ぶんの解毒剤になったらしい。この街が私を欲しがるわけである。


 しかし、私がこの街に留まるという選択肢は(私にはあっても)カトリーヌたちにはない。何が何でも連れて帰りたいという2人に、私はある提案をした。


 “解毒剤の件を解決するから、傭兵を一人帰りの護衛に雇ってほしい。”


 クロードは不審げに、カトリーヌはきょとんとしていたが、私の力を知る仲間ですと言えばあっさり頷いてもらえた。青鉤鳥(ブルーホックバード)の解毒剤についてはアテがないわけではないので、明日はソレを探しに森へ行こう。

 まあ、最悪新しい魔法陣を創れば良いのだ。ちょっとした騒ぎになるかもしれないが、クロードを考案者にすれば獣人(ビスタ)の私には関係ないし、クロードの株があがればカトリーヌも喜ぶだろう。


 明日の算段を立てているとふとテーブルが暗くなった。何事だろうかと見上げると――


「おう、嬢ちゃん、待たせたな!!」


 なんというか、ごっつい獅子みたいなおっさんが凶器みたいな笑顔を浮かべて私を見下ろしていた。

 黒い目は笑みを浮かべているため細められ、ニカッと歪めた口からは鋭い犬歯が覗いている。ぼっさぼさのやや赤みを帯びた茶色い髪は無理やり流すように後ろでひとつにまとめられ、その間からはやや先の尖った小さな耳が覗いていた。


「あ、はい。」


 なるほどこれが“獅子”の由来かあ、と思いつつ、うなずく。


「マスターが調理場から出張(でば)ってくるなんて珍しいこともあるもんだな。」

「マスター見て泣かねえ子どもがいるたあなあ。」

「うるせえぞゼノアス!」

(こえ)ぇ顔すんなって、お嬢ちゃんが怖がるだろ……。」

「怖がってんのはお前なんじゃねえのか?ぁあ?」

「誰が見てもマスターの顔は(こえ)ぇだろーよ。」

「マスターが客に威嚇してんじゃねえよう。」


 獅子顔が怖い顔をして若干引き気味の客たちとそんな冗談を飛ばし合っているが、私の視線はコトリとテーブルに置かれたそれに釘付けだった。

 それは、かなり大きな葉っぱに包まれた料理だった。バターの匂いと、かすかにつんとした独特の酸味を思わせる匂いが漂っているが、それが葉っぱの香りなのか肉の香りなのかそれ以外の香りなのかは判別がつかない。付け合せはなにかの果実?の焼いたものと芋っぽいもの、そして皿からはみ出すほどの山盛りの葉野菜だった。あとはいつもの緑色のパンと、きのこが入ったミルクスープのようだ。


青鉤鳥(ブルーホックバード)の肉にはバヌナの葉が定番だからな。初めて食うんだろ?肉だけでも旨ぇが、葉ごと食うのがいいぞ。」


 獅子が威嚇しているようにも見える笑顔のような表情を浮かべ、マスターが料理を説明してくれる。


青鉤鳥(ブルーホックバード)だって?」

「なんだよマスター、メニューにはないぞ!?」

「そりゃあ、肉を持ってきた客に一番に出すのが礼儀ってもんだからな。一皿銀貨2枚で残りは7人前ってとこか。」

「ギド、俺も食うぞ。」


 そう言いながら獅子顔マスターの後ろからのっそり現れたのは、傭兵ギルドの副ギルドマスターだった。獅子顔マスターもでかいがこの副ギルドマスターも同じくらいでかいので、なんというかとても暑苦しい。


「あん?……トナーじゃねえか。何してんだこんなところで。」

「飯を食う以外に飯屋で何すんだよ。俺も包み焼きだ、仕事しろ仕事。」


 獅子マスター(ギドさん)の声に、店内がざわめいた。

 トナーさんはそんなことはお構いなしに私と同じ料理を注文し、なぜか私の対面にどかりと座る。


「よお。」

「こんばんわ。」


 私は特に話すこともないと思っていたので失礼にならないようあいさつだけはしておいて、さっそく青鉤鳥(ブルーホックバード)の包み焼きにナイフを入れた。


 バナヌの葉だという肉を包んでいるそれがざくりと切れた瞬間、さきほどから感じていた独特の香りはバターと肉肉しい匂いにかき消された。この香りはだいぶ……ものすごく食欲をそそる。


 獅子マスターのギドさんは葉っぱと一緒に食べると美味しいと言っていた気がする。言われたまま私はバナヌの葉ごとひとくちぶんを切り分け、滴る肉汁とバターに期待をこめてぱくりと口に入れる。


「……美味しひ。」


 じーん、と鼻に抜ける美味しい匂いに感動する。


 肉は包まれているので肉の香りは強いものの、先に味がしたのはやはりほんの僅かに酸っぱい気がする葉っぱだ。しかしそれはすぐに濃厚なバターのあぶらと塩気、そして蛋白な肉の味が全部混ざりあうことで絶妙なアクセントになっていた。

 少し甘めの味付けをされた肉はやや柔らかく、焼き目が付いていて香ばしい。厚い葉っぱはしっかり火が通っているのに柔らかいどころかサクサクと食感があって食べやすい。脂の少ない肉だからかバターがたっぷり使ってあるが、肉の味は消えていないしバターもくどくない。


 なるほどこれは……とても美味しい。素晴らしい料理、素晴らしい料理の腕前、そして素晴らしい肉だ。

 赤羽鳥(レッドビーク)逃足鶏(エスケープチキン)、そして青鉤鳥(ブルーホックバード)。全部違って、全部美味しい。さすが三大珍味鳥と名前を付けられただけはある。まあ、青鉤鳥(ブルーホックバード)は鳥じゃなかったけど。


 もぐもぐと咀嚼して、飲み込む。切り分けたときの溶けたバターと肉汁の見た目がとてもそそる。口に入れたときのバターの香りがたまらない。咀嚼して飲み込んだあとの肉を食べたという満足感と、次の一口があることの喜びがすごい。

 赤羽鳥(レッドビーク)逃足鶏(エスケープチキン)のときもそうだったが、本当に美味しい料理というのはこういうものなのだろうと再認識したし、これを作っただろう獅子顔マスターもすごいと心から尊敬する。


「おい、リネッタ。」


 青鉤鳥(ブルーホックバード)の包み焼きをぺろりと食べ終えて、大満足しつつパンとスープをもしゃもしゃしていると、唐突に向かいに座っていたトナーさんが声をかけてきた。


「あ、はい。なんでしょう。」


 そういえばトナーさん、他の席も開いてたのになんでここに座ったのだろうか。

 周囲を見れば、なぜかまだ獅子顔マスターもいる。そして他のテーブルに座っている客らもこちらを注目しているようだった。……え、なんでしょうか。


 困惑しつつトナーさんに視線を戻すと、向けられていたのは、なぜか呆れたような苦笑い。


「ほんっとうに青鉤鳥(ブルーホックバード)が食いたいだけで、獲ってきたんだな。」


 そんなことを言うトナーさんの前には、できたてだろう青鉤鳥(ブルーホックバード)の包み焼きが置かれていた。ああ、獅子顔マスターがここにいるのはこれを持ってきたからか。


「え、はい。」

「本当に嬢ちゃんが獲ってきたのか!?」


 隣でさっき獅子マスターのギドさんの威嚇に引き気味だった傭兵のようなおじさん……お兄さん?が声を上げた。


「それは俺が保証する。」


 おじさんに答えたのは、向かいのトナーさんだった。

 おおお、と店内がどよめく。


「あの、何か。」

「リネッタ。この街で働かないか。」

「えっ。」

「護衛をやめて、この町で、青鉤鳥(ブルーホックバード)を狩ってもらえないだろうか。」

「ああー……。」


 なるほど、代官は傭兵ギルドから働きかけられてカトリーヌに話をしたのか。


 いきなり見ず知らずの代官が、最初は屋敷の敷地にすら入れることを拒んだ獣人(ビスタ)の、それも子どもを雇いたいというのは唐突すぎるような気がしていたのだ。

 しかし、私の実力を知ってしまったトナーさんの後押しがあれば、別なのだろう。なんか、マウンズのギルドマスターや副ギルドマスターも私の実力を認めてくれているらしいし。


「今日、雇い主の方から話を聞きました。」

「……そうか。それで、主は何と?」

「ここでしていい話かはわかりませんが、私はこの街に残ることはできませんので、別の方法を考えているところです。」

「……何?」

「要は、解毒剤が足りていれば問題は無いんですよね?」

「それは、そうだが……。青鉤鳥(ブルーホックバード)を安全に狩る方法が……あるのか?」

「うーん、それも考えたんですが……罠とかはできないんですか?眠らせるとか、しびれさせるとか。魔法陣で。」


 私は前々から気になっていた質問をぶつけてみる。

 詠唱魔法で気絶させたり眠らせたりすることができるということは、魔法陣でも同じことができるだろう。現に、びりっとする魔法陣だってあるのだからそれを青鉤鳥(ブルーホックバード)に踏ませることができればわざわざ剣で対応しなくてもいいのだ。

 魔獣でさえ魔法抵抗をもっていないのだから、大型のトカゲならばびりっとする魔法陣だって踏めばちゃんとしたダメージになるはずだ。まあ、踏んでくれれば、だが。そこは逃げ道を狭めるとか、わざと逃げて誘導するとかだってできるだろう。たぶん。


「しびれさせる……のは招雷の魔法陣のことか?それはあるが、眠らせるような魔法陣はないな。」

「えっ。」

「存在しない、はずだ。あったとしたらまず禁止魔法陣に指定されている。眠るということは、意識を奪うということだろう。」

「……なるほど?」


 魔法抵抗がないということは、使われる側は防ぎようがないということだ。しかしだからといって、危険な魔法陣……になるのだろうか?


「では、火の玉とか氷の矢とかが出る魔法陣は、なぜ禁止ではないのですか?」

「もちろんそれらも危険だが、魔獣の討伐には必要だからだ。攻撃型の魔法陣全てを禁止するわけにはいかないからな。そんなことをしていたら、魔剣どころかただの剣を所持するのも禁止になってしまうだろう。」

「……魔法陣での気絶はいいのに、眠らせるのはダメなんですか?」

「招雷の魔法陣は元気なうちに踏めばたしかに気絶するだけで済むかもしれないが、もともとは止め刺しに使う魔法陣で、踏めば気絶だけでは済まず火傷も負うだろう。……それに、今ある精神に悪影響を及ぼす魔法陣は基本的に禁止魔法陣に指定されている。だから、意識を奪う魔法陣がもしあれば――まあ禁止魔法陣に指定されるだろうな。」

「うーん?」


 基準がいまいちわからないが、まあ、いいか。禁止魔法陣かどうかなんて、私には関係ないことだ。


青鉤鳥(ブルーホックバード)は空を飛びますし、幹に捕まって移動しますよね。その幹に招雷の魔法陣をいくつか仕込んで、そこに誘導すればいいんじゃないですか?」

「幹に彫ることはないが、魔術師がいる場合は止めをそうしているパーティーがほとんどじゃないか?まあ、だから内臓に傷がつくんだが。」

「なぜ幹には掘らないんですか?」

「木が魔素の毒に侵されるだろう。獣人(ビスタ)だからお前は知らなくても仕方がないが、魔素は毒なんだ。魔法陣が刻まれたものは全てその毒に侵されていき、魔法陣を放置しているとそのうち朽ちてしまう。魔道具も専用の薬を塗らなければ同じようにいずれ朽ちる。」

「なるほど。」


 私はふむふむと頷きながら……全くどういうことかさっぱりわからないでいた。


 魔素クリスタルは魔素を魔法陣に提供するためのもので、魔素墨だってそのはずだ。

 しかしトナーさんの言い方だと、魔素墨は魔素クリスタルと同じようなものでは……ないみたいである。まあ、そのあたりもおいおい調べていけばわかるだろう。


 私はミルクスープを飲み干すと、まだまだ自分の知らないことがたくさんあることに少しだけワクワクしながら伸びをして、小さくあくびした。

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