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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
206/299

問題にならない問題と問題になる問題

 カトリーヌに続いて部屋に入ると、部屋の中にはクロードがいたので頭を下げる。

 こういう人目のあるところで下手に自分から挨拶するのは、誰がどこで見ているかもわからないので危険である。


 ギュスタブが椅子をひき、カトリーヌが礼を言って座る。私はカトリーヌの後ろに立ったままだ。

 見覚えのある(たぶん屋敷から連れてきたカトリーヌ付きの)侍女がテキパキとカトリーヌにもお茶を入れ、その間にギュスタブは部屋のすみに控える。侍女もお茶を入れ終わると、ギュスタブの隣に立った。


 しかし。


「ギュスタブ、人払いを頼む。護衛もいらない。」

「……キヌアも外してもらってもいいかしら。ポットはそのままでいいわ。」


 クロードとカトリーヌの言葉に、ギュスタブは表情を崩さなかったが、キヌアと呼ばれた侍女はピクリと反応した。


「わかりました。」


 ギュスタブが頷き、さっと部屋から出て行く。扉の前に待機していたらしい誰かに声をかけ、部屋から遠ざかっていく足音が聞こえた。

 キヌアという名らしい侍女も、わずかにムスッとした顔だったが特に何も言わずクロードとカトリーヌに頭を下げて出ていった。まあ、こちらはいつものことである。


 そうしてその侍女は部屋から遠ざかっていったが、空間把握の魔法にはしっかりと聞き耳を立てている存在がひっかかっていた。

 私は何食わぬ顔で遮音結界の魔法クワイアット・スペースを使って、クロードに視線を向ける。


 魔素の動きを感じ取ったのか、クロードは静かに頷いた。そして口を開く。


「リネッタ、よく来た。お前も座れ。」

「ありがとうございます。」


 ぺこりと頭を下げて椅子に座ると、代わりになぜかカトリーヌが立ち上がった。そして、いそいそと新しいカップにお茶をそそぐ。


「カティ、お前がそんなことをする必要はない。」


 ピシャリとクロードが言うが、カトリーヌは「わたくしがしたいから、しているだけです。」と、つんとすました顔で答えた。


「あの、カトリーヌ様、私、自分で入れますので……」


 とフォローを入れようとしても、手で制される。


「わたくしなりの、感謝の気持ちなのです。このたびは本当に、ありがとうございました。」


 ポットから手を離し、深々と頭を下げるカトリーヌ。……青鉤鳥(ブルーホックバード)の肉のことだろうか。え、大仰(おおぎょう)すぎない?


 届けたのは昨日の夜あたりだろうから、夜のうちに仕込みをして昼食に出されたのかもしれないが……。

 しかし、喜んでくださったようでなによりですと私が言うより前に、カトリーヌはよくわからないことを言い出した。


「精霊様がいらっしゃらなければ多くの犠牲が出たのです。聖王国ではここのところ、国境を有する各領地で獣人(ビスタ)の反乱が起こっていることは、わたくしも知ってはおりました。お屋敷の近くでそういったことがあったことも聞きました。ですが、唐突に街の中で魔獣が現れるなんて思ってもみなかったのです。このあたりは獣人(ビスタ)に寛容な街が多いと聞いていましたのに……まさか反乱だなんて……。」


 んんん?


「私が離れている間に精霊が、いえ、精霊様(・・・)が何かしたようですね。ですが私は何もお願いをしていません。たぶん、精霊様がしたいようにしただけです。」


 良くはわからないがまあそういうことにしておこう、と思いながら話していると、スカートの下からふわりと影妖精(ハイドピクシー)が出てきた。そうしてふわふわと飛んで、まだ熱いだろうティーポットの上に座ってこちらに視線を向けた。


 ……懐かしい気配がした、と。


 交信(リンク)してみたところ、影妖精(ハイドピクシー)は私が覚えていた誰かの気配を感じてその人物を見に行ったものの別人だったようだ。影妖精(ハイドピクシー)の興味はそこでなくなったようで、それ以降のことは何一つわからなかった。


「精霊様のご意思で……あの街が救われた、と……」


 カトリーヌはなぜか声を震わせて――感動?している。クロードもじっと影妖精(ハイドピクシー)に視線を向けて、感極まっているようだった。一体何が起こったというのか。


「よろしければ、何が起こったか聞いても?」

「ええもちろんです。」


 カトリーヌは満面の笑みで、リリヒルズという街で起こった魔獣襲撃事件の話を教えてくれた。


 どうやら影妖精(ハイドピクシー)が見つけた少年――アギトというらしい――のおかげで、隣街が救われたらしい。それで、精霊様が隣街を救ったということになったそうだ。

 まあ、偶然だけど。


 それよりも気になることがある。


「その、もしかして、精霊様のことを誰かに話しましたか?」

「精霊様の存在は教えていませんが、その……。」


 と、とてもいいにくそうに視線を伏せ、カトリーヌは続ける。


「この街の代官と門番の一人、そしてアギトに、わたくしが精霊様に導かれたと言ってしまいました。申し訳ありません……!」

「精霊様の存在が知られていないのなら、大丈夫です。白い小鳥を精霊様だと言ったりしたわけではありませんよね?」

「それはもちろん。」

「ならば問題ありません。」


 私がうなずくとカトリーヌは少しホッとした顔をして、しかしすぐに表情を暗くして(まぶた)を伏せた。


「その場にいた者には口止めをしたのですが、情報を持ってきたアギトはまだ子どもで……わたくしのことを、うっかり話してしまうかもしれません。かといって、領地に連れて帰るわけにもいきませんし……わたくし、どうすればいいのでしょう……。」

「アギトが街の人に話してしまうかもしれないということですか?」

「……、……はい。」

「気にしなくていいと思います。」

「えっ?」


 ぱっと顔をあげて、カトリーヌが私を見た。その顔にはありありと困惑が見て取れる。

 しかし、考えてみてほしい。たかだか孤児の一人が「この地の領主の娘が精霊に導かれて街を救った!」などと言ったとして、その言葉を誰が信じるというのだろうか。


 そのアギトという少年がリリヒルズの街を救えたのは、たしかにカトリーヌがアギトに声をかけたからだ。しかし、それだけで精霊の祝福(ギフト)さえ持っていないカトリーヌが精霊に導かれたと断言できるかといえば……さすがにない。


「カトリーヌ様が深刻に考えてしまうのは、精霊様の存在を知ってしまっているからだと思います。普通は、精霊に導かれたと聞いても簡単には信じません。

 民衆の前で“私は精霊に愛されています”と公言したわけでもありませんし、孤児がそんなことを言ったとしても、カトリーヌ様に救ってもらったからそう思ったんだろうな程度にしか感じないと思います。

 カトリーヌ様は放っておいてください。下手に情報を操作しようとすると、そちらのほうが怪しいです。」


 何かを隠そうとするのは、あからさまに“隠したいものがあります”と言っているようなもの。そんなことはせず、カトリーヌは堂々としているべきである。


「繰り返しますが、この街で精霊様の存在を知っているのはカトリーヌ様とクロード様だけです。他の人は何も誰も知らないんですよ。街の人どころかカトリーヌ様の侍女でさえ、カトリーヌ様が精霊様に救われた事は知っているかもしれませんが、精霊様が実際に顕現されてカトリーヌ様やクロード様を守っていることは知らないんです。ですから、必要以上に恐れる必要はないんです。」

「……それも、そうか。秘密を持つというのは、案外難しいものなのだな。」

「わたくしたち、考えすぎていたのですね。」


 クロードが苦笑いを浮かべ、カトリーヌも曖昧な笑みを浮かべた。どうやら納得してもらえたようである。


「では、精霊様の件はそのように対応します。ですが、もうひとつ困ったことが起きてしまって……リネッタ、あなたのことなのですが……。」


 カトリーヌがとても困った顔をしている。クロードも腕を組み、眉を寄せていた。


「私が、なにか……?」


 なんだろう、なにか問題を起こしたつもりはないのだが……


「この街の代官が、青鉤鳥(ブルーホックバード)専門の狩人として、この街に居残って欲しいそうだ。」

「えっ……私がですか?」

「そう、お前がだ。」


 そ、そう来たかあ……


「それで、カトリーヌ様のお返事は、なんと……」

「その場ですぐさま断ろうとしたのですが、お兄様に止められました。この街に解毒剤が足りておらず、少なからず領民に被害が及んでいるのも、事実。わたくしは領主の娘だからこそ、その申し出を断る正当な理由が必要なのです。」

「では、答えは保留にしてあるんですね。」

「ええ。」


 カトリーヌは静かにうなずいた。

 まあ、私が居なくなると精霊が消えてしまうのでなんて口が裂けても言えないだろうし、たしかに断りづらい申し出だった。


 一番いいのはこの街の傭兵がある程度青鉤鳥(ブルーホックバード)を狩れるようになることなのだが、毒が強い上にそこそこ強いらしいので一朝一夕には難しいだろう。

 カトリーヌの護衛をしていなければ一定期間雇われてもいいのだが、今は無理だ。


 しかし、きちんとした理由がなければ断れない。クロードもカトリーヌも期待できないのならば、私が手を打たなければならないだろう。


「……そうですね。青鉤鳥(ブルーホックバード)の解毒剤を作るところを、見せていただけないでしょうか?そうしたら、いい案が浮かぶかもしれません。」


 一番簡単なのは、解毒剤を生成する魔法陣を私が創ってしまうことだ。そうすればたぶん今よりもたくさんの解毒剤ができるし、青鉤鳥(ブルーホックバード)の毒袋なんて必要なくなるかもしれない。


「それがもし魔法陣であったとしても、私は魔法陣研究者でもあるので、なにかわかるかもしれませんし。クロード様も、なにかお気づきになるかもしれません。」


 私は力説する。2人は私をこの街に置いていけないのだから、ちゃんと考えてくれるだろう。

 ここは3人で協力して、この問題に取り組むべきだ。


 私が真剣なのは、もちろん、解毒剤を生成しているのが魔法陣かどうかを確認するためでも、あわよくばその魔法陣を見て覚えるためでもない。クロードとカトリーヌのためだ。

 それを分かってくれているのか、真剣な顔で言葉を紡ぐ私にクロードが静かに頷いた。


「分かった、代官に話してみよう。僕も魔法陣の基礎は習っているし、お前はカトリーヌの護衛だから、獣人(ビスタ)だとしてもカトリーヌについているのは不自然ではないだろう。」

「ありがとうございます。」


 やったー!

来週の更新はおやすみします。

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[気になる点] 「私は力説する。2人は私をこの街に置いていけないのだから、ちゃんと考えてくれるだろう。」 この二人が置いて行こうとしようが、そう言ったことをしなくてもリネッタが、その依頼を受けるかど…
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