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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
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代官屋敷に行こう!

 結局、昼前あたりにアーヴィンとは別れた。もちろん、明後日の夜(帰る前日)に再会の約束をして。


 言葉を尽くしてお誘いした結果、カトリーヌがアーヴィンを片道(帰り)だけでも護衛に雇ってくれるのならば、カトリーヌの領地まで付いてきてくれるという約束を取り付けた。

 アーヴィンは絶対に無理だと確信している顔をしていたが、きっと今後の魔法陣研究には彼がたぶん必要不可欠な存在になるような気がするので、ここで逃がすわけにはいかない。多少強引でも、カトリーヌには了承してもらわなければならない。


 それから、ずっと森にいるわけでもないので3個も持ってきてしまったサンドイッチのうちひとつをアーヴィンに差し出してみると、魔人(ドイル)に食事は必要ないが嗜好品として食べることもあるという情報を得た。試しに魔核を食べるかとも聞いてみたのだが「俺は魔獣じゃねェからンなもん喰わねェよ。」と言われて多少傷ついたのはここだけの話だ。

 なお緑色のパンに少し辛い肉が入ったサンドイッチはお気に召したようで、ぺろりと平らげていた。


 別れ際に隠匿の布も見せたが、やはり魔法陣の内容は分かっても記憶はできないようだった。なんだろう、この世界は魔法陣関係のことは全て非効率でなければならない呪いでも受けているのだろうか?それとも、何か深刻な理由でもあるのだろうか。


 ザクザクと道なき道を町へと戻りながら、今は考えても仕方のないことだと気持ちを切り替える。

 そんな世界単位の謎など後でゆっくり調べればいいのだ、今はカトリーヌに会いに行き、アーヴィンを雇ってもらうことだけを考えなければ。


 帰り道に、二角兎(バイコーンラビット)を見かけたので3羽ほど獲った。大きさは逃足鶏(エスケープチキン)くらいなのに重さは2倍をゆうに超えている気がする。それを3羽はなかなか重いが、背負えるサイズだし毒に気をつける必要もないので苦にはならなかった。

 今回は自分で食べないので、首を折って血抜きは無しにした。これからカトリーヌに会いに行くにあたって、服に血の匂いがついたりすると、一張羅なので困るのだ。とはいえできるだけ新鮮なままにしたいのでギリギリまで昏睡状態のまま運び、森の出口が近くなったあたりで首を折った。


 昼過ぎには森の出口へと付き、傭兵ギルドに獲物を運ぶ荷馬車を用意してもらう。そして私もそれに乗り込んだ。帰りの馬車を待つ時間が惜しいのだ。一刻も早く、カトリーヌに会わなければならない。


 そうして馬車は30分ほどで街につき、私は傭兵ギルドの納品窓口でささっと二角兎(バイコーンラビット)を引き渡した。さすがにこの時間は傭兵がほぼいないのでスムーズだ。

 「急いでいたので、血抜きも何もしていません。」とぺこりと頭を下げると、窓口の(ヒュマ)のおじさんはなぜか苦笑しながら「まだほんのりあたたかいし、これから血抜きをしても問題ないですよ。」と答えてくれた。新鮮は正義だ。


 報酬の受け取りは明日にして、私はそのまま傭兵ギルドを出た。カトリーヌと合う約束はしていないしそもそも今日中に会えるかどうかもわからないが、連絡の取り方もわからないのだ。カトリーヌに影妖精(ハイドピクシー)の言葉はわからないだろうし、直接代官の屋敷に言って門番に話してみるしかないだろう。


 まだ昼を回ったあたりだが、街は思っていたよりかは賑わっていた。見れば歩いているのは傭兵ではなく、住民だ。なにせ住民よりも傭兵のほうが多い街なのだ、住民たちは傭兵らが森などに仕事に行っている間に買い物などをすましてしまうのだろう。

 そのためなのか、傭兵が使いそうにない飾りのついた生活雑貨や花などを売る屋台もあった。その中に“安らぎのサシェ”なるものを見つけ、思わず近づく。


「嬢ちゃん、これが気になるかい?」


 売っているのは、若い獣人(ビスタ)の男だった。茶髪の頭にはついさっき狩ってきた二角兎(バイコーンラビット)のような長めの耳がぴんと空に向かってまっすぐ生えている。


「これは隣の隣のそのまた隣にある、とある国で流行ってる安らぎのサシェだ。ちょっとかいでみなよ。」


 差し出された可愛らしい布で包まれたそれを受け取ると、感触的に中身は乾燥した草花のようだった。鼻を近づけてみると、蜜のような甘い匂いがする。


「いい匂いだろ?ま、実は偽物なんだけどね!」

「えっ?」


 思わず顔を上げると、ウサギ耳の青年はにこにこしたまま言葉を紡ぐ。


「本物はその国の王都でしか売られていない幻の品でね。隣の国どころか、その国の王都だけにしか出回ってないのさ。」

「そうなんですね。」

「で、そのホンモノを知ってた友達に聞き出して、できるだけ近いにおいにしたのが俺の作った“安らぎのサシェ”。再現するのに時間も手間もだいぶかかったが、お墨付きがもらえるくらいはなったんだぜ。ってことで、おひとつどうだい?」


 確かに、香りは似ているかもしれない。布で作られている袋は簡単なつくりだが、中身がこぼれないようにするためかしっかりしていて、ワンポイントに花の刺繍までしてある。


「おいくらですか?」

「お嬢ちゃんは可愛いからおまけしてあげたいのはやまやまなんだけど、お小遣いで買うのは難しいかなあ?お父さんかお母さんを呼んできてくれるかい?」


 子供用とは言え革鎧を着ているのだが、さすがに独り立ちしているとは思ってもらえなかったようだ。私はチラリと屋台を見て、そこに書いてある値段を確認した。

 銀貨1枚。かなりいい値段で、たしかに10才児には難しい価格だろう。というかこの値段で売れるのだろうか?いや、私がそこまで気にする必要はないか。


 肩掛けカバンを探り、その中の銀貨入れから銀貨を1枚取り出して青年に渡すと、目を丸くされた。


「えっ?」

「私、傭兵ですよ。」


 そう言ってランクEのギルドカードを見せ、「傭兵ギルドで確認してもらっても大丈夫ですから。」とだけ言って店の前を離れる。“混ぜ色”だという容姿は間違えようもないし、傭兵ギルドに聞けば確実に私が傭兵だと証明してもらえるだろう。

 なぜそんなことをするかといえば、まあ、スリで稼いだお金だと言われないためである。自分で言うのもなんだが、小汚い子どもが銀貨のような大きなお金を持っていると、スリだと思われてしまうのだ。しかもそういう相手は“疑う”のではなくはじめからスリだと“決めて”かかってくるので、弁解もあまり意味をなさない。

 そういう面倒くさいいざこざに巻き込まれないためにも、ギルドカードはとてもありがたいものだった。


 銀貨を受け取ったまま固まっている青年を置いて、私は代官屋敷へと急いだ。

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