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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
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3日めの朝

 待ちに待った3日目の朝、私はいつものように夜明けとともに目を覚ました。

 遺跡にこもっていた頃は、全く日の差し込まない地下室で眠くなったらその場で毛布にくるまって資料をまくらにして寝て、目が冷めたら研究という生活だったので今は驚くほど健康的なような気がする。まあ、健康的と言うか、要するにシルビアの体内時間に引きずられて昼行性になっただけだが。


 そんなどうでもいいことを考えつつ、るんるん気分で寝間着を脱ぎベッドに投げた。今日の寝間着もカトリーヌにもらったもので、小さな桃色の花の刺繍のある淡い青竹色のワンピースだ。

 これも襟はなく、ボタンも首の後に小さいものがひとつあるだけなので寝心地がいい。肌触りも滑らかで脱ぐときもするんと脱げるのでとても楽である。


 部屋に用意してある何の変哲もない木のたらいに布を入れて詠唱魔法で水を出し、絞った布で丁寧に体を拭く。

 以前はそこまで気にせずぱぱっと済ませていたのだが、今はお貴族サマの護衛という立場で外でも小綺麗にしておかなければならないし、領主サマの屋敷ではカトリーヌから借りている(事になっている)ドレスを汚すわけにもいかず毎日風呂に入らざるをえなかったため、体が汚いままなのが多少気になるようになってしまっていた。

 体が小さいということは肌の面積も少ないということなので、どんなに丁寧にやろうがすぐに拭き終わるのだが。


 それから一度たらいで布をすすいで、今度は頭と耳を拭く。耳が頭の上についているのももう慣れっこだ。この宿には鏡がないので手探りだが念入りに耳の内側を拭いて、再度たらいで布をすすいでから尻尾もごしごし拭いたら仕上げに(くし)で頭と耳の外側。そして尾を梳かす。

 この櫛もワンピースと同じくカトリーヌからプレゼントされたものだ。何かしらの牙か何かで出来ていて、中央には精巧な鳥の彫り物がしてある。もう見た目からして高価なのであまり使いたくないのだが、使わないとカトリーヌが悲しそうな顔になるので使うしかない。

 しかしこれと一緒に渡された髪につけるという匂いのする油はシルビアが嫌がったので、まだ一度も使っていなかった。


 そうして毛を梳かし終えるころには体も乾いているので、そのままいつもの護衛用の服に袖を通す。一張羅だが、洗える部分はざっと洗って乾燥の魔法(ドライ)を使えば毎日きれいなので問題はない。腰に短剣を差しぎゅっと靴の紐を結んで完成だ。


 今日は森へは行くが狩りはしない。


 そう、今日は森で研究をするのだ。

 そう、今日は見せてもらうのだ、魔人(ドイル)の!!刻印(スキル)を!!!

 もう楽しみで楽しみで仕方がなくて、昨日はなかなか寝付けなかったほどである。


 まだ日が出たばかりなので街は静かだが、部屋の扉を開ければ階下から朝ごはんの匂いが漂ってくる。あったかい匂いにお腹がきゅるりと鳴る。

 そうそう、昨晩青鉤鳥(ブルーホックバード)を納品したときはだいぶ驚かれたが、どうにかこうにかお願いして今晩出してもらえることになったのでそれも楽しみだ。


 今日のお弁当はサンドイッチを3つ頼んでいる。早めのお昼ごはん用、昼過ぎのおやつ用、遅くなったときのしのぎ用だ。肉の貴族の……カーヴィン?用はひとつもない。そもそも魔人(ドイル)に食事が必要なのかもわからないし、もしかしたら魔人(ドイル)は魔獣を食べるという可能性もあるからだ。

 それもひっくるめて、1日で疑問をすべて埋めなければならない。もちろんメインディッシュは刻印(スキル)だが、他にも聞きたいことは山ほどあった。


 私は期待ににやにやしてしまう顔をもみほぐしつつ、宿の階段を降りていった。


 この宿も他の宿と同様、一階は食堂も兼ねている。鼻とお腹をくすぐる匂いは奥の調理場からだ。野菜をふんだんに使ったスープとパンは大地溝のある森の恵みではなくこの街の農家と契約して卸してもらっているそうで、マウンズのような野趣あふれるものではなく、ただただ新鮮で変な癖もなく食べやすい。


 カウンターに座って、サンドイッチを頼んでいることを伝えてついでに朝食セットも頼む。

 傭兵の朝食といえば傭兵ギルド直営の食堂で出される肉のスープに腹持ちの良い固いパンだが、ここの朝食は野菜がメインのスープに、野菜が練り込まれたパンだ。パンは白パンよりかは固いが、スープに浸さなくとも食べられる程度の柔らかさがあり食べやすい。

 もちろん相応の値段はするが、今の私の収入ならば問題はない。食べたいものを食べたいときに食べられるのは、本当に幸せなことである。


 パンをひとくちぶんちぎって、口に入れる。


 今日のパンはほんのり橙色で少しだけ甘かった。葉っぱではない何かが練り込んであるのだろうが、野菜のことは全くわからないので橙の正体がなにかまではわからない。

 いつもカトリーヌと一緒に食べている白パンもいいが、それよりしっかりと味が付けてあるこっちのほうが私は好きだった。カトリーヌにも食べさせてみたい。


 野菜のスープはわずかに肉が入っていて、それが味を上手く調節しているような気がしないでもない。なんにせよ、美味しいので素晴らしいということだ。

 あとは、やはり温かいというのがいい。カトリーヌの屋敷で食べる食事はすべて冷めているのだ。冷めていても美味しいは美味しいのだが、あえて冷やして食べるもの以外は温かいほうが絶対に美味しいはずだ。


 もくもくとパンを食べ、スープを飲み干し、お弁当のサンドイッチを受け取って私は宿の出入り口をくぐった。


 この街に来た初日にカーヴィン?と約束した待ち合わせ時間は馬車の2便目だが、森の入口で堂々と待ち合わせるのはちょっと目立つので、私が先に森で待機していて森の浅い場所で落ち合う予定にしていた。カーヴィン?は森の中でどう落ち合うのかと首を傾げていたが、「大丈夫です。」と自信たっぷりに言うと了承してくれた。

 カーヴィン?は目立ちたくないと言っていたが、すでに私は傭兵ギルドに目をつけられてしまっているだろうし、そもそもお貴族様の護衛としてこの街に来たわけで少し目立ってしまっている。この提案はどちらかといえば目立ちたくないと言っていたカーヴィン?の為であった。まあ、誰にもはばかられずに魔人(ドイル)を研究するためでもあるのだが。


 今日は薄曇りで日差しが弱く、素晴らしい研究日和だ。

 美味しいご飯を食べ、美味しいサンドイッチを携え、夜には美味しいご飯が待っている。私は意気揚々と馬車乗り場に向かって歩き出した。

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[一言] 「カウンターに座って、サンドイッチを頼んでいることを伝えてついでに朝食セットも頼む。」 ⇒「カウンターの席に座って、・・・・」 では
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