6-2 屋台通りでの出会い 2
屋台通りには、その名の通りたくさんの屋台が大通りを挟んでずらっと並んでいた。
昼過ぎということもあり、多くの人が各々に屋台で買ったであろう料理を食べながら歩いていたり、手近な椅子に座って楽しんでいる。その間にチラホラと獣人も見えて、私は少し安堵した。
それにしても、いい匂いである。
肉や魚を焼いているのだろう香ばしい匂いが鼻をくすぐる。朝にご飯を食べたとはいっても、確かにこれはお腹にこたえるものがあった。
しかし、それよりも気になったのが、屋台で肉や魚を炙っているその熱源だ。魔素の揺らぎを感じる屋台と、感じない屋台。魔素の揺らぎが無い方は、きっと薪か炭か何かで焼いているのだろう。
薪と魔素クリスタル、どちらが高いのかは分からないが、薪で焼いた肉と魔法で焼いた肉なら、薪で焼いた肉のほうが断然美味しいのは知っている。
もちろん、火加減は魔法や魔法陣のほうが圧倒的に楽なのだが、どんなに上手に火を操っても、味は炭火の上で雑に炙って塩をふっただけの肉に負ける。不思議な話だ。
屋台は焼く食べ物の他にも、冷たい飲み物などがあった。魔法陣で氷を作ったり、果物をそのまま凍らしたりしているようだ。こういう所にも魔素クリスタルが使われているのだから、5級の魔素クリスタルの需要は相当なものだろう。
まあ、逆に考えれば、こういう安くて美味しいものを買えるような所でも使えるくらい気軽に手に入るということでもあり、1個あたりの価格はそこまで高くはなさそうである。
屋台や行き交う人々を観察しながら歩いていると、驚くことに、屋台の中には獣人の屋台も混じっていることに気がついた。
しかしよく見れば獣人の屋台の客はみんな獣人である。逆に、人の屋台には人しか並んでいない。どうやらそれがここの暗黙の了解になっているようだった。
屋台通りには食事以外にも雑貨などを扱う屋台もあるが、獣人がやっているのは大体が肉や魚などを焼く食べ物の屋台ばかりで、不思議と雑貨を売っている屋台を見かけない。
「リネッタちゃぁん?」
突然声をかけられて顔をあげると、そこにはマティーナが不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。
マティーナは、深い緑色のゆるやかにウエーブする長い髪が特徴の人の少女だ。来年18歳になり、孤児院を出ることになっている。孤児院でも一番魔法陣の扱いが上手いそうで、どこかの魔術師の助手になることが決まっていると、ロマリアが言っていた気がする。
「こんなところで何してるのぉ?もしかして迷子なのぉ?」
独特の間延びした言葉遣いが、ゆるふわな雰囲気にとてもマッチしている。
「第二壁の魔法陣をひとつひとつ見ながら歩いていたら、ここまで来てしまったの。」
「え、えぇ~……」
なぜかマティーナは脱力したような声をもらした。
「リネッタちゃんってぇ、本当に魔法陣が大好きよねえ……。」
「マティーナは好きじゃないの?」
「そんなことはないけどぉ、でも、ねぇ?」
マティーナが苦笑いしながらまじまじとこちらを見ている。
「獣人さんたちってぇ、あんまり……ほらぁ、魔法陣を見るといい顔しないからあ。」
「そうなの?」
「そうよぉ?」
使えないからといって嫌う道理はないと思うのだが……まあ、魔法陣が使えないという事も人に迫害される一因になっているとしたら、しょうがないのかもしれない。
「一人で帰れるぅ?」
と、そうマティーナが聞いた直後。
いきなり大きな魔素のうねりを感じて、私は反射的に振り返った。
――人波の向こうに、目の覚めるような赤い髪が目立つ男が立っている。
鎧のようなものは身につけておらず、白いシャツでラフな格好をしているが、遠目から見ても太い首とよく引き締まった二の腕が目立っていた。
赤い髪の男はすぐにこちらに気づいたようで、首を傾げると自らの後ろを振り返り、再びこちらを向いて、目があったと思ったらすぐに顔をしかめた。獣人に見つめられるのが嫌だったのかもしれない。
慌てて視線を横にずらすと、どうやら魔素のうねりは赤髪の隣の、背の高い長い黒髪の男を中心にしているようだ。黒髪の方は後ろを向いているので、顔は見えない。
何か、魔法陣でも発動させたのだろうか。道のまんなかで?何のために??
「リネッタちゃん?」
急に振り返ったので、マティーナが疑問符を浮かべて顔を覗き込んできた。
「どうしたのぉ?」
魔素のうねりをマティーナは感じていないようだ。それどころか、誰も気づいていない。これはやはり、この世界の人々は誰も魔素を認識することができないということだろう。
あの長い黒髪の男が何をしようとしていたのかは分からないが、もう魔素のうねりはなくなっていた。
まあ、ロマリアが言うに、王都を覆うように常に発動しているという守護星壁は、王都に害を成すものを“自動で選別して”対処することで王都の内側も守っているということなので、特に問題はないだろう。
マティーナに「ちょっといい匂いがして」とごまかしつつ、先ほどの黒髪の男を探そうと視線を彷徨わせると、私は何かにドンとぶつかって、尻もちをついてしまった。
「リネッタちゃん!」「……大丈夫かァ?」
マティーナと、私とぶつかった男の声が重なる。見上げると、先ほど私を見て顔をしかめた赤髪の男だった。見つめたことに対して文句を言いに来たのだろうか。どうしよう。
しかし、赤髪の男は困ったような顔で手を出して、私を助け起こしてくれた。
「ありがとうございます。」
私はぺこりと頭を下げてお礼を言った。
「ありがとうございますぅ。すみません、この子ぉ、考え事をするとぉ周りが全然見えなくなってしまうんですぅ。」
隣で、マティーナがぺこぺこと頭を下げながら謝ってくれている。
「いやァ、別に……。」
赤髪の男はボリボリと首の後ろをかきながらしゃがみこんで、私と顔の高さを合わせて口を開いた。
「何でさっき、俺の事見てたんだァ?」
「えっと。」
と、私は困ったように続けた。
「……髪が、綺麗な、夕日色だな、って……思って……。」
魔素のうねりに反応した、とは言えない。適当についた嘘としては、なかなかいいんじゃないだろうか。褒めたのだからきっと悪い気分にはならないだろう。
「夕日色ねェ?」
赤髪の男は首をひねる。
「夕日……?」
なぜかマティーナの漏らした小さな小さな声も疑問形だ。
「まァいいか。何か買ってやろうと思ったんだが、物売り、っていうわけじゃねえみてえだな。」
「……今のところ。」
物売り。そういう稼ぐ手もあるのかと思いながら、私がそう言って肩をすくめていると、目の前に、ヒョイと肉の串が現れた。見ると、先ほど魔素のうねりの中心に居た長い黒髪の、背の高い……老年?の男が、私とマティーナに肉の刺さった串を差し出していた。肉串はタレが落ちないようにか、串に貫通するようにして肉の下半分が大きな葉に包まれている。
「いかがですかな?なかなかイけますよ?」
ハリのある声。一つにまとめた長い黒髪には白髪が混じっていて、手にも顔にも深いしわが刻まれているが、老いを感じさせないピンと伸びた背筋は、貴族のやり手執事を思わせる立ち振るまいである。もしかしたら、隣でぼけっとしているこの赤髪は実はお忍びでここの辺りをうろついている貴人なのかもしれない。
「私はお金を持っていないの。」
そう言うと、背の高い黒髪の老人はニコニコと笑顔のまま「お代はいりませんよ。」と言って、私とマティーナに肉串を握らせた。
マティーナは困惑しながらも、肉の誘惑に勝てなかったのか受け取って、再びぺこぺこと頭を下げている。私も素直に受け取り、ぺこりと頭を下げた。
「食べねェのか?」
肉串をただ見ているだけの私に、赤髪が不思議そうな顔をしているが、私はそう小さく首を横に振って、口を開く。
「孤児院にいる私よりも小さな子たちがお腹を減らしているの。私だけ美味しいものを食べるわけにはいかないから、これは持って帰って、小さな子にあげようかと思って。」
と、わりと適当な事を言ってみる。朝ごはんをきちんと食べたので、お腹が空いていなかっただけなのだが、ちょっといい子ぶってみたのだ。
隣でマティーナが驚いたようにこちらを見て、「リネッタちゃんはいい子ねぇ~。」と小さく呟いたのが聞こえた。考えて見れば、私には晩ごはんがないので、晩ごはんにすると言った方が良かったかもしれない。
しかし、結果的にこの選択は正しかったようだ。
「あぁ、なるほど。孤児院の子供でしたか。」
黒髪の老人はそう頷くと、スルスルと人混みに消えていき、無言で待っていた私達の前に、ほどなくして大きな麻布につつまれた何かを持って戻ってきた。
「どうぞ。私達からの寄付、ですよ。」
ちらりと覗く串の持ち手。葉と麻布に包まれたそれは、孤児院の子供が一人一本ずつ食べられそうな量の肉串だった。
マティーナに、麻布に包まれたままの肉串を差し出す黒髪の老人。
「こ、こんなに……?」
マティーナが唖然として、いい匂いの漂う麻布を見つめている。
「どうして、見ず知らずの私たちにこんなことを?」
私の疑問に、黒髪の老人が僅かに笑顔を見せた。
「私達を見つけたご褒美ですよ。」
「?」
「ンまァ、いいじゃねェか。オイ、そろそろ行くぞ。」
私が首を傾げていると、赤髪の男が黒髪の老人に声をかけた。
「そうですね。では、可愛らしいお嬢さんがた、またどこかでお会いいたしましょう。」
「あ、あの、お名前は……」
マティーナが声をかけたが、黒髪の男はニコリとしただけで、人混みの中へと立ち去ってしまった。残ったのは、私とマティーナ、そして、麻布に包まれた大量の肉串。
マティーナはこれから用事があるとの事だったので、どうやら、今日の散歩はここまでにして、私は孤児院に戻らなければならないようだ。
まさか、あの2人が本当に金持ちだったとは。やはり赤髪が主人で、黒髪の老人は護衛兼執事とかだったのだろうか?それとも、赤髪は私兵か何かで、2人とも他に主人がいて、用事かなにかであそこにいたのだろうか?
どちらにしても、孤児院の肉は100年干したんじゃないかというくらいに固いので、久しぶりにマトモなお肉を食べることができるのはありがたいことだと思った。
私はそんなことを考えながら、暴力的な香りをあたりに漂わせつつ足早に孤児院に帰ったのだった。




