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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
199/298

ダンカンとトナー

「なんだ、お前の顔を見ると嫌な予感しかしないんだが。」


 リネッタが青鉤鳥(ブルーホックバード)を納品したその日の夕方、窓から斜陽が差し込むダンカンの屋敷の飾り気ない応接室。ダンカンの部下の1人が部屋の中にいるにも関わらず、ダンカンが入ってきても頭すら下げずソファに座ったまま「よう。」と軽く手を上げただけのトナーを見て、ダンカンは半眼になってぼやいた。

 しかしトナーはまったく意に介さず、ニッと笑う。


「安心しろ、ただの納品だ。」


 ダンカンはチラリとトナーの前、低いテーブルのど真ん中に置いてある包みに視線を向ける。

 包みは丁寧に紐で括ってあり、傭兵ギルドの封蝋がしてあった。


「お前が直接出向かなければならないものなど……なかったはずだが……?」


 トナーの向かいのソファに腰を下ろしながらダンカンはここ一月を思い返してみたが、特に何かを注文した記憶はない。それにギルドの関係ならばダンカンが雇っているスネイルやその他の傭兵に頼めばいいはずだ。

 副ギルドマスターのトナーが直接出向くというのはそれなりの品なのだろうが、ダンカンにはさっぱり思い当たるふしがない。


 それもそのはずで、その荷物はそもそもダンカン宛ではなかった。


「お前じゃない、カトリーヌ様宛てだ。」

「……。」

「なんだそのしかめっ面は。」


 一気に不機嫌そうな顔になったダンカンに、トナーは呆れた顔を見せる。


 ダンカンとトナーは年が近く出身も同じヒュランドルの街である。トナーも傭兵をしていたため2人はパーティーを組んでいた時期もあり、気心は知れている仲だ。未だに屋敷に招いて2人で酒を飲むこともある。


 しかしダンカンはもう傭兵ではなく、この街の権力者だ。


 しかも今は屋敷に領主の嫡男であるクロードを招いており、ここ数日、クロードとの繋ぎをしてくれといって手土産を持ってやってくる商人や何やらがあとをたたずダンカンはうんざりしていた。中にはクロードではなくカトリーヌ目当ての者もおり、屋敷の警備も強化している。


 そんな中で、依頼した覚えのないものをもって傭兵ギルドの副ギルドマスターがカトリーヌを訪ねてくれば、それは傭兵ギルドがカトリーヌと何かしらの繋ぎをしてほしいということ以外考えられない。


 カトリーヌと精霊のことは、まだ、情報を持ち込んだ獣人(ビスタ)の少年アギトと、その場にいたダンカン、門番、そしてクロードしか知らない話だ。しかしそれ以外の要件で傭兵ギルドがクロードではなくカトリーヌに繋ぎを取りたがるというのは……。


 ダンカンが訝しげに荷物を睨んでいると、トナーが「まったく。」と声を漏らした。


「屋敷には入れていないようだが、リネッタは知っているだろう、カトリーヌ様の護衛の。その嬢ちゃんから、カトリーヌ様への納品だ。モノがモノなだけに俺が出向いただけだ。」


 「リネッタ?」と小さくつぶやき、ダンカンは思い出した。スネイルは昨日の報告で、何と言っていたか。スネイルは――リネッタが青鉤鳥(ブルーホックバード)を獲りに森へ入ったと言っていたはずだ。


「まさか。」


 ダンカンが目を(みは)る。

 その様子にトナーは、ちゃんとスネイルが報告していたのだと胸をなでおろした。さすがに何も情報がない状態で持っていけば、事実確認に時間がかかる。もう外は暗くなりかけているのに、ここからダンカンに余計な仕事を増やすのは申し訳なかった。


「その様子だと聞いてるんだよな?……解体はウチで一番の腕利きにやらせたが、内臓には傷一つ無く完璧な状態で外傷もほぼなし、あんなきれいなヤツは初めて見たそうだ。もちろん毒の有無は確認してある。」

「どうやって?どうやって狩った?」


 ダンカンが得体のしれないものを見るような目で青鉤鳥(ブルーホックバード)の包みを見ている。

 トナーは「さあな。」と肩をすくめて言った。


「10才前後の……子どもが穫れるやり方があるの――」

「そんなものはない。」


 ダンカンの言葉にかぶせるように、トナーは否定する。

 

「狩人が自らの技術を外に漏らすことはないだろ?それに逃足鶏(エスケープチキン)を狩るようなやつだぞ、狩り方なんぞ聞いても無駄無駄、どうせ誰も真似できやしない。……まあ、嬢ちゃんのやり方で安定して青鉤鳥(ブルーホックバード)が穫れるとすれば、金はいくら積んでもいいんだがなあ。」

「――逃足鶏(エスケープチキン)?」

「ああそうだ。マウンズの傭兵ギルドに追加で確認を取ったんだが、獲物はほぼ傷のない状態で納品するのが嬢ちゃんの平常運転だそうだ。」

「何だそれは。」

「何か秘密があるんだろ。そこらへんはマウンズ側があえて伏せているようだったな。まあうちの傭兵ギルドに入った情報は代官のお前に筒抜けになるというのをあっちは知っているからな。」

「探りを入れられそうか?」

「どうだかな。さっきも言ったが、探って答えがわかったとしても真似できない可能性のほうが高いだろ。」


 トナーはそう言うと、「ほれ、とりあえず受け取ってくれ。カトリーヌ様が心待ちにしてるんだろ?」と視線で包みを指した。

 ダンカンは難しい顔のまま、立ったままじっと話を聞いていた部下に視線を向けた。この部下は、傭兵上がりではなく、ダンカンの遠縁の男だった。ダンカンよりも若く、将来的には代官の後を継ぐ甥の右腕にすべく教育に力を入れている。


「明日の晩餐に使えるか聞いといてくれ。青鉤鳥(ブルーホックバード)の肉だそうだ。」

「はっ。」


 部下は背筋を伸ばし短く返事をすると、テーブルに置いてあった肉を持ってそのまま部屋を出ていく。

 その背中を見送ってから、トナーは口を開く。


「傭兵ギルドとしては嬢ちゃんにこの街に残ってもらい、全面協力しつつ青鉤鳥(ブルーホックバード)を狩ってもらいたい。……破れのない毒袋から、解毒剤が35瓶分できたらしい。」

「35だと?」

「ああ、35だ。」


 忌避されがちな青鉤鳥(ブルーホックバード)でも、解毒剤が出回っていることからもわかるように全く狩られていないわけではない。報酬を目当てに月に1~2匹ほどは傭兵ギルドに納品されているのだ。

 しかし、どうしても戦っている間に青鉤鳥(ブルーホックバード)の毒袋は大なり小なり傷がつき、納品時には破れている。そこから純粋に毒だけを取り出し加工するのだが、少ないと5瓶、多くても15瓶がせいぜいだった。


「たしかに交渉する価値はあるか……。」


 ダンカンが頷いたのを確認し、トナーは話題を変える頃合いだと「で、話は変わるが――というかこっちが本命なんだが。」と続ける。なにか考え事をし始めていたダンカンは顔を上げた。


「昨日のリリヒルズの件、あれはどうなってるんだ?今朝あたり帰ってきた傭兵からは報告は受けたが、街中に単眼巨人(サイクロプス)が2体いきなり現れただって?昨日の昼過ぎあたりに前触れもなく権限を発動して準騎士団をかき集めて対処したらしいじゃないか。」

「あれは、密告があっただけだ。それに信憑性があったから対処した、それだけだ。」

「それにしてはウチにもリリヒルズの傭兵ギルドにも相談がなかったじゃないか。」

「緊急性が高く、相談などしている暇がなかった。」

「本当か?獣人(ビスタ)が魔獣化してリリヒルズの代官屋敷を襲おうとしたんだろう?……ウチの中に奴らの……反乱者のスパイが入り込んでいると疑っていたからじゃないのか?」

「馬鹿なことを言うな。密告があったのが昨日の昼だ。そこから騎士と準騎士を集めて諸々の準備をしていれば相談などしている暇はないだろう。」

「はあ?昨日の昼う?」


 トナーががらにもなく素っ頓狂な声を上げた。しかしダンカンは眉間にシワを寄せ、ゆっくりと(かぶり)を振る。


「それでなんで――」

「これ以上は言えん。……領主様には、リリヒルズでの調べが一通り終わった後、俺が直接報告しなければならないだろう。」

「直接……。」


 直接話さなければならないほどの何かがあるのか、とトナーは内心で舌打ちした。

 確かに昼あたりに密告があって当日の夜の襲撃に間に合わせるのならばダンカンは対処に追われるだろう。しかし、だからといって傭兵ギルドに報告する暇がないわけがない。

 ダンカンの部下は何も騎士だけではない。屋敷のメイドでも何でもいいから、言付けをもって傭兵ギルドに使いを出せばよかっただけの話なのだ。しかしそれをあえてしなかったということは、傭兵ギルドを信用出来ない何かがあったと考えるのが妥当だ。


 街の代官が傭兵ギルドを間に挟まずに傭兵を雇うというのはままあるが、今回は規模が違う。この街には準騎士という他の街にはない傭兵の枠組みがあり、街の代官が傭兵ギルドを通さず多くの傭兵を動かせるようになっている。

 今まではそれで問題なかったが、今回のようにギルドになんの説明もなく何十人もの傭兵を代官の独断で動かすようになってしまうと、様々な問題が起こってくるだろう。そしてそれは、確実に代官と傭兵ギルドの不和に繋がる。


「信用していないな?」

「……。」


 ダンカンの発言にトナーは思わず言葉に詰まった。その反応に苦笑しつつ、ダンカンはため息を吐いた。


「傭兵ギルドに連絡をしなかったのは完全にこちらの問題だ。共有できる情報はできるだけ共有したいとは思うが、今回ばかりはどうしようもなかった。集まった準騎士団にもきちんとギルドを通して報酬を出すし、正式にギルドマスターに書状も出すからそれで許せ。」

「えらく低姿勢だな。」

「こつこつ築いてきた傭兵ギルドとの関係をこじらせたくはない。

 ……納得しろとは言わない。しかし、未熟なカウゼルに代官を任せるにはまだ早いだろう?」

「それは――」

「今日は帰れ。リネッタの話はクロード様とカトリーヌ様にしておこう。」

「…………わかった、頼む。」


 なにか言いかけたトナーを手で制して、ダンカンは腰を上げた。もう何も話すことはないという明確な意思表示に、トナーもしぶしぶ頷くしかない。


「代官をやめなければならないほどの何か、か……。」


 傭兵ギルドへの帰り道、トナーは(またた)(ウィル)を眺めながらそう小さくぼやいた。

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