解毒剤
がたごとと荷馬車の御者台で揺られながら、のんびりとあたたかな日差しを浴びる。
街へ帰る道中、御者さんといろいろな雑談をしたが、御者さんは傭兵ギルドの職員らしく、長年御者をやっていてこんなにきれいなままの青鉤鳥は初めてだと繰り返し褒めてくれた。
作り笑いで「ありがとうございます。」と繰り返すものの、詠唱魔法で捕らえたためにやはりどこか気まずい。街までの30分が長く感じた。
荷馬車に積まれている青鉤鳥には、ボロ布が掛けてある。普通なら、傭兵がとった獲物を持って帰るときは誰でも見れるよう――ちゃんと傭兵が仕事をしているという証拠に――布を被せたりはしないそうなのだが、青鉤鳥の場合は死骸であってもその姿を見るだけでパニックを起こす毒の被害者がいるため、隠す必要があると御者さんが教えてくれた。
解毒剤を飲んだとしても、後遺症で苦しむ人が一定数いるのだそうだ。
――解毒剤、ねえ。
なぜ青鉤鳥の解毒剤は、青鉤鳥からしか作れないのだろうか。私は内心で首をかしげる。
解毒剤の作り方など教えてはもらえないだろうが、きっと魔法陣で作っているはずだ。なぜならば、この世界では回復薬を魔法陣で作るのだから。
しかしなんというか、青鉤鳥専用の解毒剤というのが気にかかる。解毒剤なんてみんな同じではないのだろうか、なぜ青鉤鳥の毒は青鉤鳥で作った解毒剤でなければならないのだろうか?
そこでふと、思いついた。
毒それぞれに、対となる解毒剤を作っている、とか?
――いやいやいやいや。さすがに、さすがにそれは、ないだろう。非効率すぎる。
しかし青鉤鳥には青鉤鳥用の解毒剤があるということは、その可能性はなくはないだろう。
魔法陣は、ひとつにつきひとつの効果しか発動できない。この世界の燃費の悪い魔法陣ならばなおさらだ。毒を置けばそれを反転するかのように解毒剤ができるというような魔法陣ならば、全ての毒にそれぞれ対応した解毒剤ができる、かもしれない。
まあ、本当に想像でしかないし、回復薬のような飲んでよしかけてよしの万能的な解毒剤(ただし青鉤鳥には効果がないみたいなもの)もあるかもしれないのだが。
「このまま傭兵ギルドの裏から入って解体場に乗り付けるが、どうする?」
街の門が近くなってきたあたりでそう言われ、私は「一緒に行きます。」と頷いた。
もしかしたら傭兵ギルドのロビーにはあの言いがかりをつけてきた青髪の剣士がいるかもしれない。傭兵ギルドの派出所では大人しくなったが金髪はともかく青髪は納得していないようだったし、また絡まれるのはごめんだった。
御者台の隣りに座ったまま、街に入る。
傭兵ギルドの使っている獲物用の荷馬車などいつも見慣れているだろう街を行き交う傭兵(たまに住民)らは、しかし荷馬車の中身――布の掛けられているため青鉤鳥とわかってしまうそれに視線を向け、そして御者台の隣に座る私に視線を移し、不思議そうな顔をしていた。
まあ、普通は、私が獲ったとは思わないだろう。
ほどなくして馬車は大通りを外れ、傭兵ギルドの裏手、大きな解体場の建物の前に止まった。
そこにはすでに3人ほど革のエプロンをした傭兵ギルドの職員が待っており、なれた手付きでぱぱっと布をとって荷台に積まれている青鉤鳥を見て、ぎょっとした顔になった。
それを横目に御者台から降り、3人の元へ歩いていく。
「伝わっているかとは思いますが、食用で、貴族の方にも食べていただく品ですので、よろしくお願いします。」
ぺこりと、できるだけふかぶかと頭を下げる。
そう、これはカトリーヌも口にするのだ。もちろん浄化の魔法を使うし、カトリーヌが食べる前に自分でも食べるが、浄化の魔法だろうがなんだろうが、肉の毒性は消すことができるが毒の味は残るのだ。
青鉤鳥の毒の味がどんなかは知らないし知りたくもないが、まあ美味しくはないだろう。良薬は口に苦しというが、薬は一歩間違えれば毒にもなるのだから、毒もまた苦いのだ。
エプロン姿の3人がぽかんとしているなか、「おーおーこりゃまたえらいもんだな。」と聞き覚えのある低い声が聞こえた。見ると、解体場の建物から出てきたのはトニーとかいう傭兵ギルドの副ギルドマスターだった。
「お世話になります。」
こちらにも一応頭を下げる。
「おらお前らせっかく鮮度も申し分ないんださっさと解体せ!」
「はっ、はい!」
トニーはしっしっと手を降ってエプロン3人組を追い立て――
「あ、トナーさん、そういえばウチで解体するってことは、ギルド印入れるんですか?」
――トニー改めトナーは、そうエプロンの一人に聞かれ、頷く。
「当たり前だろ、相手はダンカン様だ、納品は俺がする。」
「えっ?」
トナーを見上げると、「ああ、お前のぶんの肉ももちろん別に用意するとも。」とニッと笑った。だいぶ尖った犬歯がのぞく。
「うちの街の場合だが、青鉤鳥についてだけは、うちのギルドで解体したら傭兵ギルドの証明書も付けて、納品もうちが行うのが通例になってんだ。“傭兵ギルドで解体した”って言いつつどこぞの肉屋が適当に解体したのを持ってかれて毒に中られると傭兵ギルドの信用問題になるからな。そういや聞いてなかったが、お前もそれでいいか?」
「あ、はい。たぶん私が持っていくと通してもらえない可能性があるのでありがたいです。」
「……護衛だろう?」
「そうなんですけど、今は獣人というだけで入れないって言われてしまって。まあそのおかげでこうして休日を満喫できているのでとてもありがたいと思います。」
「あー……ああ、そうだな。」
トナーは何か覚えがあるらしく、顎に手をやり器用に片眉を上げて小さく唸った。
「まあともかく、代官様のお屋敷にも今日中に届けてやる。お前用の肉も今日中に解体してやるから夜にでも……いや、もしかしてお前、どっかの料理屋に持ち込むか?」
「大部分は干し肉にして、あとは宿で調理してもらうつもりです。」
「……宿で?……お前、二角兎じゃないんだぞ?」
「でも、それ以外のお店をしりませんし……。」
困った顔になっていると、はっと何かに気づいたようにトナーが顔を上げ、「ま、さ、か……」と絞り出すように震える声を漏らす。
「お、お前、逃足鶏も……?」
「はい、宿に持ち込んでスープと内臓炒めにしていただきました。」
「……。」
なぜか両目に手を当てて空を仰ぐトナーに、私は首を傾げるしかない。
「まあ、いい、そうか、気にしてはいけないのだろう。
宿で使わせるのならば、代官様のお屋敷に向かうついでに宿にも俺が直接届けてやろう。青鉤鳥を干し肉にするなぞ聞いたこともないが……塩をしっかり振ったほうが美味いかもしれんな。サービスだ、干し肉にしやすいサイズに切り分けてお前のぶんも宿に届けてやろう。」
「えっ、ありがとうございます、助かります。」
もう一度ぺこりと頭を下げる。
その自分の後ろ頭にトナーが疲れて諸々を諦めた視線を送っていたことに私は全く気づかなかった。




