6-2 屋台通りでの出会い 1
――欠けはあるようだけど、まだ使えることは使えるみたいね。
ロマリアと別れた後、私は第二壁に彫ってある魔法陣を眺めながら、ふむふむとひとりでうなずいてはその隣へ……と、ゆっくりと壁沿いに移動しながら魔法陣を観察していた。
壁に彫られているのは繋がったひとつの大きな魔法陣ではなく、大小様々な魔法陣。個々の小さな魔法陣を順番に発動(……ひとつの魔法陣の発動によって他の魔法陣を連動?)させて大きな防御壁を張る、という発想のようだ。
発動した防御壁が筒状なのかドーム状なのかは分からないが、街を覆うというのだからかなり大掛かりな魔法陣だろう。
以前は王都が危なくなると、これを発動させて王都を護っていたという。王都の城壁や、王都を隔てる壁にもこれと同じような魔法陣が彫られているに違いない。
もしかしたら、城壁にはもっと強力な魔法陣が彫られているのではないだろうか。ところせましと彫られている魔法陣を想像すると、ワクワクする。ワクワクする、のだが。
「なーんか、ごちゃっとしてるのよね……。」
思わず、本音が口をついて出てしまう。
そう。この壁に彫られた魔法陣、だけではなく遺跡で見た魔法陣も含め、この世界で見る魔法陣はどれも難解な作りをしているのだ。
もちろん、複雑な効果を求めた結果、魔法陣も複雑になってしまうのはしょうがないことだ。詠唱魔法だって詠唱が長くなるし、特殊な前提を踏むこともある。しかし、この世界の魔法陣にはどれも、意味が被っている古代語の羅列や必要のない形がたくさん含まれすぎている。
つまり、“頭痛を治す”でいいところを、“頭が頭痛で痛い、治癒で治すために癒やす”のような表現してしまっているのである。
私の元居た世界で私が魔法陣の小型化に成功したのは、このごっちゃりをバッサリ無くした結果だった。
無駄に複雑になっている箇所を削ってスマートにすれば魔法陣自体も小さくなり、もっとスムーズに、しかも少ない魔素で発動させることができるのだ。
これはまだ想像の段階だが、灯りの魔法陣や火を起こす魔法陣程度なら、余分なものを削れば、ロマリアの言っていた6級の魔素クリスタルでも失敗なく充分発動できる程度になるはずだ。それどころか、ロマリアなら魔素クリスタルを消費せずに発動できるようになるかもしれない。
しかし、この世界のどの魔法陣を見ても、余分な古代語や形がふんだんに盛り込まれていて、見た目は豪華だが実際は余計に魔素を吸収したり、無駄に放出させたりしてしまっていた。
なぜ、そうなってしまっているのか。
私は、ロマリアの魔素クリスタル生成を見たすぐあとくらいから、ひとつの仮説を立てていた。
――この世界の人々は、魔素を認識できないのではないだろうか。
事実、ロマリアは魔素の動きが全く見えていない。
たぶん、ロマリアが大好きな城詰めの魔術師もだ。だから、あんな生成を見てもなんにも言わないのだろう。
魔素の動きが見えなければ、魔法陣が無駄に魔素を消費してしまっているのも分からない。だから、こんな魔法陣で満足しているのだ。疑問にすら思わないに違いない。
私は、想像をさらに膨らませる。
魔素が認識できないとはいっても、魔法陣を一番最初にこの世界にもたらした人がいるはずで、その人はおぼろげながらも魔素を認識していたのではないだろうか。
精霊王が魔術師の始祖に魔法陣を直接教えたとかいう胡散臭い伝説よりも、そちらのほうが私にはしっくりくる。
この世界に魔法陣をもたらした人が、突然変異で魔素を認識できるような体で生まれたのか、私のように海をまたいで転移して来たのかは分からない。
しかし、その人が魔素を認識出来ていたおかげで、今、この世界には多くの魔法陣が溢れている、のかもしれない。
「そうだったらロマンだな~。」
私は、第二壁の魔法陣のひとつに頬ずりしながら、つぶやいた。
しかし、はたと気づいて辺りを見回すと、見知らぬ路地の奥だった。いつの間にか孤児院からだいぶ離れてしまったようだ。
あたりにはいい匂いが立ち込めている。ロマリアが言っていた、スラムに通じるという屋台通りが近いのかもしれない。
いい匂いはするものの、人々の喧騒は遠い。ここは、大通りからもだいぶ路地に入っているようだ。スラムにも近いと聞いているので、誰もいないこの場所はちょっと危ないかもれない。
私は早足で屋台通りがある方へと向かった。




