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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
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カトリーヌ様のお導き

 カトリーヌが安らかに寝息をたてている獣人の少年(アギト)と一緒に木陰で座って待っていると、慌てた様子で門番が走ってきた。その後ろからダンカンとクロードも歩いてついてきている。


「カティ。」

「まあ、お兄様まで来てくださったのね。」


 立ち上がって会釈で2人を迎えたカトリーヌは微笑むが、クロードは険しい顔をしていた。

 当たり前だ、本当はどこから来たかもわからない獣人の少年(アギト)の言葉を鵜呑みにした挙げ句、ダンカンの部下である門番に命令しダンカンを呼びに行かせたのだから。


「カティ、この少年が件の密告者か?」

「ええ、そうですわ、お兄様。」


 カトリーヌは自信満々だったが、ダンカンも難しい顔をしていた。部下を使われたことに不満があるわけではなく、カトリーヌの自分勝手な行動に困惑しているのだ。

 ダンカンが裏口でのごたごたに関わらないように、本来カトリーヌのような高位の者が屋敷の裏口での騒ぎに顔をだすことはない。王城の敷地内などでは別だろうが、民衆のいるところでの野次馬など貴族として下々の者に見せる姿ではないからだ。


 しかしカトリーヌは野次馬どころか自分から話しかけ、獣人の少年(アギト)の話を鵜呑みにし、完全に信じ切っているように見える。14歳という年齢を考えても、もう少し思慮深くなければ貴族としてはやっていけないだろう。

 獣人の少年(アギト)が真実だと思っている(・・・・・・・)ことを話していたとしても、獣人の少年(アギト)自身が騙されていて何かしらのカモフラージュにされているという可能性もある。


「……なぜ寝ている?」


 ダンカンらが来ても一向に起きる気配のない獣人の少年(アギト)にちらりと視線を向け、クロードは低い声で言った。


「隣の街からここまで走ってきたんですもの、ようやく肩の荷が降り、気が緩んだのでしょう。私よりも小さな子どもが走ってここまで来れるものなのですね。体力がもったのはやはり獣人(ビスタ)だからでしょうか。」

「そうかもしれないが……」

「そういえば殺されかけたとも言っていましたし、未だに命を狙われているかもしれませんわ。倒れたので敷地内に入れましたが、このあとも、屋敷には入れなくともことが終わるまでどこかで匿うことはできないでしょうか?」

「カトリーヌ。」


 はあ、とクロードはため息をついてから、幼い子どもに言い聞かせるように続ける。


「そもそも、その子どもが正しいことを言っているのかどうかもわからないだろう?

 その子どもは本気でも、騙されているだけかもしれない。昨晩も話しただろう、国境の地で獣人(ビスタ)の反乱が起きていると。リリヒルズに兵を出すことでこの屋敷の警備を薄くさせるという計画の一端だったらどうするんだ?

 無害そうな少年には見えるが、それが誰かを暗殺するために屋敷に入る方便だったとしたら?暗殺の対象がお前だったら?そんなことは考えなかったのか?」


 次期領主がカトリーヌのような愚直で貴族の矜持(きょうじ)を蔑ろにするうようでは、貴族然とした他領の貴族とは到底渡り合えない。それと比べて思っていたよりも兄の方(クロード)はまともだと、ダンカンは少しだけ安心した、その矢先。


「いえ、この少年が言っていることは概ね正しいのです、お兄様。早ければ今夜、遅くとも数日以内にはリリヒルズの代官屋敷が魔獣に襲われるでしょう。」


 自身に満ち溢れた態度でもってカトリーヌが言い切る。クロードは胡乱げな表情でカトリーヌを見据えた。


「なぜお前にそんな事がわかる。」

「わたくしは、精霊様に導かれたのです。」

「導かれた?」

「ええ。精霊様が、この少年の元へとわたくしを導いてくださったのです。」


 クロードとカトリーヌの視線がぶつかる。ダンカンは、何を寝ぼけたことを……と思ったが、クロードは話を一切掘り下げること無く、カトリーヌの言葉に静かに頷いた。


「そうか、わかった。」

「ッ!?」


 思わず「は?」と漏らしそうになってしまったのを、ダンカンは歯を食いしばってぐっとこらえる。

 このぼんくらは何を言っている?精霊様のお導き?実の妹だからといって、そんな妄言をそんなあっさりと認めるのか?と声を荒げたい気持ちを必死に抑える。

 そんなダンカンに視線を向けたクロードが、小さく苦笑を漏らした。


「ダンカン、言いたいことはわかる。僕も、以前のカトリーヌであれば一笑に付しただろう。」

「……本当に、精霊様に導かれたとお思いに?」


 さすがに顔に出ていたかと背中に嫌な汗をかいたものの、クロードが苦笑いをにじませながらそんなことを言うので、ダンカンは無礼だとは思いつつも一番問題視するべき疑問をそのまま口に出した。


「ああ。家族内だけに留めておくべき秘密だったんだが……こうなってしまってはしょうがない。詳しくは言えないが、カトリーヌが精霊に導かれてこの少年の話を聞いたというのなら、少年を疑う余地はない。責任はティリアトス家の嫡男である僕がとる。早急に兵を動かしてはもらえないだろうか。」

「……辺境伯様もご存知だと。」

「ああ。」


 ダンカンは静かに目を閉じた。

 カトリーヌが精霊に導かれたというのは到底信じられない話ではあるが、その力を現領主であるティリアトス辺境伯が認めているのならば話は別だ。その嫡男であるクロードはまだ権力は持っていない若造だが、“嫡男としての自分が責任を取る”と豪語したのだ、信じてみてもいいかもしれない。

 そうして獣人の少年(アギト)を信じると決めて目を開けたダンカンの行動は素早かった。


「わかりました、すぐに手配いたしましょう。」

「助かる。」


 時刻は昼を過ぎていたが、街の中にある代官の屋敷を襲うとすれば夜だろう。ダンカンはすぐさま騎士団長を呼び、1時間後には副団長を含めた騎士団員3名が早馬で、そのまた1時間後には15名の準騎士団がリリヒルズの街の領主の屋敷を目指し出発した。


 その日の夕方前には早馬が到着しリリヒルズの代官屋敷へと入り情報を伝える。

 その後次々と街に入る商団や傭兵に紛れるなどしてヒュランドルの街の準騎士団がリリヒルズへと入り、街に散らばった。

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