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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
186/299

トカゲの魔獣と越えてしまった一線

 爆発音は戦闘音だと思ったのだが、どうやら魔獣が発した威嚇音だったらしい。

 音のする方へと駆けたシルビアが見たのは、腹を割かれた魔獣の死体と5人の傭兵、そしてそれらと対峙するなんかでかい魔獣だった。


 幅の広いトカゲ顔に、やたら小さな目と不揃いの大きさの牙が並ぶ裂けた口。2足歩行のトカゲらしく前脚は細く、後ろ足は肥大化している。立ち上がった状態での体高は3.5メートルほどあるだろうか。ガタイが良く尾も長いので体長は7~8メートルほどありそうだった。

威嚇音の正体は、たぶん尾の先に付いたハンマーのような部位だろう。尾のすぐ後ろにある大木が根本からへし折られていた。


 そのだいぶん強そうな魔獣と対峙した傭兵たちはというと、陣形をつくってやり合う姿勢のようだった。見慣れない大きな盾を持った(ヒュマ)の男が「今日はツイてる日だからいけるぜ!」とか言っているのがかすかに聞こえたが、内容がアレなので空耳かもしれない。


 大盾使いと、魔剣士と、獣人(ビスタ)と、魔弓士、あとは、腰に束ねた布と何かを入れた小袋を下げているのが魔術師だろうか。

 魔術師の戦いを見たことがなかったのだが、どうやら魔法陣の縫い付けられた布を手頃な何か――あれは短杖だろうか――に巻き付けているようだった。なんとなく使い方は想像がつくが、杖に直接魔法陣を掘るんじゃだめなのだろうか?謎である。


 大盾使いが魔法陣を発動させる。続いて、その他の傭兵たちも魔法陣を発動させ、先手を打ったのは傭兵たちだった。


 一番最初に動いたのは魔剣士の女で、その両脇に大盾を構えた男と獣人(ビスタ)が続く。トカゲの魔獣はその巨体に似合わない俊敏さで剣を避け反撃しようとするが、それを獣人(ビスタ)と大盾使いが(はば)――めなかった。

 獣人(ビスタ)が頭突きで跳ね飛ばされ、魔剣士を庇って動いた大盾使いは尻尾の一振りでだいぶ後方へと押しやられる。その間に魔剣士は魔獣から距離をとっているが、大盾使いが手をぷらぷらと振って険しい顔をしていた。獣人は自ら後ろに飛んで衝撃を逃したようでケロッとしている。


 うず、とシルビアが体を震わせた。


(シルビア、手を出しちゃダメよ?)


「くワレるヨ?」


(うん、まあ、流石にそうなったら助けたほうがいいけど……。)


 できるだけ私は表に出たくないので見学していたいというのが本心だ。あと、獣人(ビスタ)霊獣化(バーサーク)でどう戦っていうのかも見てみたい。


「あそビいキたいッ!」


(あれは彼らの獲物かもしれないから、もうちょっと様子を見ましょう。)


「むーゥ。」


(本当に強い魔獣であれば、傭兵たちと戦ったあとにシルビアともきっと遊んでくれるわ。)


 そう伝えると、シルビアはしぶしぶといった様子でその場に座った。この場所は森の影になっているので魔獣からも傭兵からも見えないが、座れば息を潜めている小さなシルビアが見つかることは確実にないだろう。


 私がシルビアと話している間にも、傭兵たちは連携して魔獣と戦っている。


 魔術師の布を巻き付けた短杖から放たれるのは、氷の矢。魔弓も魔法陣の輝きを纏った矢を次々と放ち、前衛らを支援している。氷の矢は当たるとその周辺を凍りつかせるようだった。もしかしたら布を変えることで矢が炎になったり毒になったりするのかもしれない。


 しかし、私が見ていてもいまいち攻撃が通じている様子がなかった。

 傭兵たちは絶妙なコンビネーションで攻め立てているし、魔獣も体のところどころを魔剣で斬られ魔矢で貫かれているのだが、獣人(ビスタ)の殴打と大盾使いの体当たり?があまり効いていないようだった。氷の矢にいたってはあえて傷口に当て、血を止めているようにも見える。


(あの魔獣、賢いわね……)


「にばン。」


 シルビアが言うに、さっき出逢った(?)猿の魔獣よりかは弱いが、それでも十分強いらしい。

 たぶん、あのトカゲの魔獣は打撃系に強いのだろう。それを考えると、あの5人組はトカゲの魔獣との相性が悪いのではないだろうか。


 魔獣が尻尾を振り上げて獣人(ビスタ)を狙う。獣人(ビスタ)を庇うように大盾使いが滑り込んでくるが、遠心力をフルに使った尾の先のハンマーの一撃で大盾使いが盾ごと弾き飛ばされる。その攻撃の要になっている尻尾を切り落とさんと攻撃を仕掛けた魔剣士に魔獣のあぎとが迫り、慌てて魔剣士が飛び退くが少し遅かったのか魔剣に噛みつかれてしまい、剣を落としてしまった。


 ずむ、と剣を踏みつけ「ルォォ……」と不気味な声を出す魔獣はまるで5人の傭兵たちを嘲笑っていうかのようである。


 それからしばらく傭兵たちと魔獣は睨み合い……大盾使いが動いた。


 腰袋から何かを取り出し魔獣へと投げつける。魔獣は警戒もせずそれを尻尾でパシンとはたき落としたが、その瞬間ボフンと軽い音を立ててそれは破裂し、瞬間、膨大な量の煙があたりを埋め尽した――そのとき!!!


「いマダー!!!」


 と叫んだのはなぜかシルビアで。


(何で!?)


 と私が静止するよりも早くシルビアは茂みから飛び出して、煙幕で何も見えない中を一直線に走り抜けた。

 ある程度走ってからぐっと大地を踏みしめて勢いよく高くジャンプすれば、煙の中で警戒していただろうトカゲの魔獣の頬に頭突きが命中する。


 ごすっ


 という鈍い音と、魔獣の「ギアッ!?」という悲鳴がほぼ同時に辺りに響いた。


 がすっ 「グッ」

 ばこん 「ギツ」

 がちん 「ガッ」


 周囲の森の木々に風が阻まれなかなか晴れない煙の中で、脚を、首を、顎を殴られ、蹴られ、トカゲの魔獣は為す術もなくただ一方的に攻撃を受け続ける。


 どかっ ばきっ ごんっ げしっ ぽかっ べしっ


 しかしその音はどこかシルビアらしからぬ軽さで、それはまるでふわふわのおもちゃを甘噛んだり蹴ったりして遊んでいる子猫のようだった。

 そう、彼女(シルビア)はただ遊んでいた。ちょっと頑丈な魔獣(おもちゃ)で。


 もちろん軽いとはいえ一方的にシルビアにぼこぼこにされた魔獣側のダメージは積もり積もっており、ようやく煙が風に流されたあとには、到るところの鱗が剥がれたちょっと痛々しい感じのトカゲの魔獣が出来上がっていた。

 その魔獣の怒り狂ったような視線が直ぐ側の小さな小さなシルビアに向けられ、その弱そうな外見に一瞬トカゲの魔獣が気を抜く。その心の隙をシルビアが見逃すはずもなく。


「がオー!!!」


 無遠慮に放たれる暴力的なシルビアの威嚇。精神支配にも似たそれは、シルビアへの恐怖を煽りつつも逃げるという本能だけはしっかり抑え込み、シルビアが飽きるまで、そしてどちらかが死ぬまで戦わせるという恐怖の挑発魔法である。

 これをレジストするには相当高い魔法抵抗が必要だろうが、そもそもこの世界に魔法抵抗などは存在しない。つまり、相手に対抗するすべはなかった。


「ッギッァァァアアアアア!!!」


 自分を奮い立たせるかのごとく咆哮を上げるトカゲの魔獣。


 ズドンッと尻尾のハンマーを地面に叩きつけると、シルビアのその小さな体を噛み殺すべく大口を開いて向かってきた。それをシルビアは様子を見るように少し後退しながら避けるが、トカゲの魔獣は更に前進し、姿勢を低くして頭を横にひねって地面すれすれを挟み込むように噛み付くことでシルビアの逃げ場をなくしながら追う。

 トカゲの魔獣が口を閉じる直前にシルビアはぴょんと跳ねてそれを避け、ガチンと牙の噛み合わされた音を聞きつつその閉じて無防備になった頬を思い切り踏みつけると、ぴょーんと後方にジャンプしてトカゲの魔獣から距離を取った。


 シルビアが周囲を見渡すと、傭兵らはもうどこにもいなかった。あれは逃げるための煙幕だったようだ。賢い選択だと思う。

 見れば魔獣に踏まれたままだった魔剣が転がっていた。あれは私が(しっかり魔法陣部分を観察させてもらっていろいろ試した)あとで傭兵ギルドに届けてあげよう。


 ――ッガィィィィィィィン


 シルビアが少しよそ見をした瞬間を狙って真横から振り抜かれたトカゲの魔獣のハンマーと、シルビアの左腕のすぐ外に展開された防御壁の魔法(プロテクトシールド)がぶつかりあう。


「ギャッ!?」


 トカゲの魔獣には、シルビアが何気なく頭を庇うように上げた左腕によってハンマーが止められたように見えるだろう。大盾使いをも跳ね飛ばした自慢のハンマーが通用せず、あまりの驚きに思考停止に陥ったのか動きが完全に止まってしまう。


「ごンごン、なカなカ。」


 そんな中、シルビアはなぜかうんうんと満足そうにハンマー視線を向けていた。このハンマーにはシルビアの気に入るくらいの破壊力があるらしい。まあ、防御壁の魔法(プロテクトシールド)にはひびすら入っていないけれども。

 トカゲの魔獣はそれで我に返ったのか尻尾を戻し、一歩、二歩と後退して「ルルル……」と唸った。しかし、逃げるという選択肢がシルビアによって奪われている今、可哀想なことにトカゲの魔獣はシルビアと戦うしかない。


 トカゲの魔獣が、シルビアの出方を伺いながらゆっくりと後退していく。逃げることはできないので、何かしらそれ以外の理由があるはずだが、一体何をしようとしているのだろうか。

 シルビアは周囲の魔素のゆらぎを感じつつも特に何もせず、興味津々にトカゲの魔獣を見ていた。次はどんな攻撃が来るのか楽しみでならない。そんな笑顔で。


 トカゲの魔獣はある程度距離を取ると、姿勢を低くし――

 一気に周囲の魔素がうねりトカゲの魔獣の口へと集まっていくのを感じて、私は“息吹(ブレス)”が来ると直感した。


 膨大な魔素が熱量へと変換されていき、トカゲの魔獣の口の隙間から炎が漏れる。それでも動く気配のないシルビアに、トカゲの魔獣はがぱっと大口を開けてシルビアを消し炭にすべく炎の息吹(ブレス)を放った。

 ごうっと大地を舐めるように広がった放射状の炎が目の前に迫っても動かないシルビアをあっさりと飲み込み、後方の森まで広がる。その息吹(ブレス)は下草を燃やし尽くし、シルビアの後方にあった生木に火をつけるほどの威力であった。


 それが15秒ほど続いただろうか。辺り一面を火の海にした息吹(ブレス)がようやく収まり、トカゲの魔獣が満足そうにゆっくりと頭を上げるとそこには……当然のごとく無傷のシルビアが満面の笑みで立っている。


「ッ……ッ!?」


 シルビアの周囲は高温の炎に炙られ炭と化している。しかし、シルビアの服の端にすら、その炎は届いていなかった。しかし、森への被害がやばい。生木が燃えているし、下草は着々と燃え広がり始めている。森林火災はまずい。とりあえず消火しなければ。


 私の焦りがシルビアに伝わったのか、応えるようにシルビアが両手をあげて呪文を唱えた。


「ふりジぬえいブー!!」


 何も考えていないシルビアが何も考えずに魔法をぶっ放す。

 それは先程の炎の息吹(ブレス)の比ではない量の魔素を消費しつつも瞬く間に発動し、シルビアを中心に凛冽(りんれつ)たる冷気が吹き暴れた。

 一瞬で気温が氷点下になり、シルビアの足元から大地が凍りはじめる。ビシビシと音を立てながら急速に広がったそれはものの30秒ほどで半径50メートルの範囲を全て凍てつかせ、何もかもを氷像に変えた。

 その途中にいたトカゲの魔獣が無抵抗のまま凍りついたのは言うまでもなく、落ちていた魔剣もばっちり被害に遭った。


「まっかク!!!」


 そう叫びながらシルビアがトカゲの魔獣に近づき、氷像に回し蹴りを入れる。

 トカゲの魔獣は体の芯まで凍っていたようで、蹴られた瞬間ゴッという鈍い音を立ててあっさり崩れた。その中から橙色の透き通った魔核を拾い上げ、シルビアはぽいっとそれを口に入れて飲み下ぁあああああ飲んだぁあああ!?


(えっ、……はっ!?)


「ヨゴれてない!」


  氷原と化した森の一部で、シルビアが勝ち誇ったように言う。


(……あ、え、あー。)


 私は地味にショックを受け、上手く言葉を出せなかった。

 うん、うん、そうだね、服、汚れてないね……。たしかに、たしかにね、服が汚れるからって、そうは言ったけど。


 シルビアはそれで満足したらしく、ふわりとした浮遊感ののち私に体の自由が戻ってきた。

 しかし、すぐに立ち直れない。


 魔核を食べるのは、魔獣だけである。


 私はどうやら、とうとう、人として越えてはならない一線を越えてしまったようである。

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