リネッタの自由とシルビアの自由
ガタンゴトンと乗合馬車の列が朝の街道を進んでいく。
その数、3台。乗っている傭兵はそれぞれ8~9人ほどいるので、あわせて25人くらいだろうか。できるだけ多くの人を積むための馬車には当然のように幌も椅子もなく、硬い板の上に直に座っているのでなかなかに苦痛だ。しかし最近はずっとカトリーヌのふかふかクッションの馬車に乗っていたので、おしりの痛みさえも懐かしく感じ、居心地の悪い視線のなか私は少しだけ機嫌が良かった。
乗合馬車に乗っているのは、ほぼ全員が傭兵だ。この乗合馬車は1日に数回出ている街営の傭兵専用馬車で、なんと傭兵ギルドの仕事を受けている傭兵は無料で乗ることができる。私が乗っているのは朝の早めの時間に出発する8時の便で馬車も3台だけだが、このあとの便は多いときで馬車が10台も連なることがあるらしい。
私も、森に行くのであればさすがに何か仕事を受けてくれと副ギルドマスター直々に言われてしまったので、しょうがなく薬草摘みの仕事を受けている。馬車に乗る際に一悶着あるだろうなと思っていたのだが、乗合馬車には何事もなく無料で乗ることが出来た。この乗合馬車の御者は傭兵ギルドの職員らしく、私の情報が事前に伝わっていたらしい。
いつもの肩掛けカバンの中には、スネイルに教えてもらった唸る角獅子亭で買ったお昼ご飯のサンドイッチが2つ入っている。
ごつい名前のわりに野菜のたくさん入った料理が多いという唸る角獅子亭のサンドイッチは、野菜がたっぷり練り込まれているという緑色のパンに、軽く干してから炙り焼きにされた二角兎の肉が挟んであるものを選んだ。
一角兎は癖のある味だったが、二角兎は万人受けするこの街の定番の味らしいので、お昼がとても楽しみだった。
二角兎は上の森のごく浅いところに群れで生活しているらしいが、獲ってもいいのは毛色が濃い緑色のオスだけで、茶色いメスは獲ると罰金を課されると唸る角獅子亭の店員が教えてくれた。味もオスのほうが美味しいし、メスを獲りすぎるとそもそも二角兎が森から消えてしまうかもしれないと懸念されているらしい。
しかし、名前の由来になっているという2本あるらしい角には薬効がなく買取価格も低いらしいので、まあよっぽどなにか新しい付加価値でもなければ乱獲はされないのではないだろうか。
そうして馬車に揺られながら30分が経ち、馬車は森の入口へと着いた。
森の入り口であり、谷のはじまりである大地溝というらしいそれは、本当に溝のように両側を断崖絶壁に挟まれたままどこまでも下へと続く森のようであった。上の森は街と同じ高さにある平坦な森なので、下の森は大地がひび割れてできたように見える。
「お嬢ちゃん、気をつけてな。下の森へは行かないように。」
「ありがとうございます。」
御者にお礼を良い、私は馬車から飛び降りて伸びをした。
さあ、自由を謳歌しなければ。
森の入口あたりはある程度木々が伐採され、馬車停のほかには石造りの見張り塔や兵士の詰め所などもあった。有事の際にはここから早馬がでるのかもしれない。傭兵ギルドの派出所もあり、いくつかの屋台もある。街で買い忘れたものなどをここで買い足すのだろうか、野獣を呼び寄せてしまいそうな食事類は見当たらないものの、水袋や虫よけなどが並べてあった。
私は少しずつ賑わってきた屋台を横目に見つつ、意気揚々と上の森へと入る。
毎日100人以上の傭兵に踏み固められているのだろう森の浅いところは、下草さえ生えていない土むき出しの状態であった。
途中からは下草のあまり生えていない獣道のような道に沿って歩く。
感覚的にちゃんと森の奥へと向かっているのを感じるので、この方向で間違いないはずだ。
シルビアが外に出たがっているのを感じるが、まだ早い。私の空間把握の魔法(中)に、同じ方向に向かっているらしい傭兵らが複数引っかかっていた。
私は、薬草の群生地を記憶しながら、ずんずん奥へと進む。分かれ道のような場所も特に悩むこと無く奥へ奥へ進む。
ときおり空間把握の魔法(中)に小動物が引っかかるので、それのどれかが二角兎なのかもしれない。帰りに余裕があれば獲って帰るのもいいだろう。
目的の青鉤鳥だが、今回は血抜きをしてもうっかり肉が毒に汚染される場合があるとのことで、とりあえず捕まえたらそのまま傭兵ギルドに持ち込むことになった。びりっとする魔法陣のような感じで即死させればいいだろう。
後ろを歩いていた傭兵らは、私が分かれ道に当たるたびに人数が少なくなっていくものの、私が獣道を外れても3人ほどの傭兵が少し離れた位置から付かず離れずついてきていた。この3人はもしかしたら私を追いかけているのだろうか。
何が目的かはわからないが、私が魔法を使ったりシルビアの戦闘を見られるわけにはいかないので、まくしかない。
私はシルビアに、“あの3人をまいたら自由!あ、でも青鉤鳥がいたら気絶させて、あとは任せて。”と伝え、意識をシルビアに明け渡し――
その数分後、私はシルビアの中で頭を抱えることになってしまった。
シルビアは表に出た瞬間逃足鶏もかくやというスピードであっというまに傭兵らをおきざりに森を走り抜けたかと思うと、そのまま森の中腹あたりだろう場所から何を思ったのか――何も考えていないのだろうが――何のためらいもなく崖から身を躍らせ、下の森へと飛び降りたのだ。
いや、これ、絶対誰かに見られちゃうからぁぁぁあああああ!!!
という私の心をの叫びも虚しく、シルビアは満面の笑みのまま落差が150メートルほどもありそうな下の森へと落下していった。
「じユウだー!!!」
という叫びを残して。




