赤い青鉤鳥のうわさ
「まあ、そういうわけで今はカトリーヌ様の護衛として雇われてはいますが、今日からは休暇ですので私の目的である青鉤鳥を狩りに行こうと思っています。」
「残念ながら、青鉤鳥はそんなついでのような感覚で狩れる獣ではないぞ。」
私の言葉に、トナーがため息混じりにつぶやく。
「毒があると聞きました。」
「それも相当強力なものだ。毒爪が掠ればそこから体が痺れていき、大の大人でも1時間足らずで死ぬ。解毒剤は高額でそこらへんの傭兵では手が出せない上に、解毒剤を飲んだとしても後遺症が残る場合がある。」
「解毒剤は買います。」
「……まあ、逃足鶏8羽が真実だとすれば、余裕で手が届く金額ではあるな。
青鉤鳥の生息域だが、森の中腹以降になる。寝床は上の森だが、下の森に生えている猛毒の実を主食にしているために下の森にいることも多い。だがまあ、狩るとしたら魔獣のいない上の森にするんだな。上の森に魔獣が出ないとは言えないが、確実に魔獣と出くわす下の森より遥かにマシだ。」
「上の森の、中腹から奥ですね。」
「後はそうだな、青鉤鳥の名前に鳥とはあるが、アレは鳥ではない。翼には青い飾り羽が生えているがトカゲだ。ずんぐりとした太くて短い蛇に、被膜のある翼とバカでかい青い毒爪のついたトカゲの足がくっついている。まず見間違うことはないだろう。」
「……あんまり美味しそうには思えませんね。」
「毒があるのは体内にある毒腺と足の爪だけで、肉は鶏肉よりも蛋白だが美味いぞ。まあ、食える状態で納品されることはまずないがな。」
「食べられない状態でも買い取ってもらえるんですか?」
「青鉤鳥を狩るのは、その毒爪と毒腺から作ることのできる毒薬と解毒剤のためだ。食いたいから狩るなんてやつはいない。」
「……その解毒剤って、もしかして、青鉤鳥の?」
「そうだ。青鉤鳥は、たまに森の浅いところまで出張ってくることがあってな、青鉤鳥の毒が付着した木の実や、その毒で死んだ獣を食べても毒にあたるんで、年に何回かは住民にも被害が出るんだ。」
それはまた、はた迷惑な鳥である。あ、トカゲか。
「わかりました、他にいただける情報はありますか?」
「そうだな、俺の持っている情報だと、やつらはアカモクの木に巣を作ることが多いらしい。」
「アカモク?」
「葉にはあまり特徴はないが、幹がやや黒く、幹を斬りつけるとすぐに独特の粘りけのある樹液が滲み出してくるのが特徴だな。青い花が咲くが、今の時期は咲いていないだろう。やつらは糞を巣の下に落とさず巣を見つけるのは困難だが、基本的には巣の近くの枝に止まっていることが多い。つまり、アカモクの木の周辺にいる確率が高いってわけだ。」
「なるほど、黒くて、切ったらねばねばの樹液が出る木ですね。」
美味しいお肉がいるのは、アカモクの木。よし、覚えた。
と、私がトナーにもらった情報を、絶対に忘れない記憶の引き出しに入れていると、隣りに座っているスネイルが「なあなあ。」とこちらに視線を向けた。なんだか困ったような顔をしている。
「本当に狩りに行くのか?」
「もちろんです。」
「青鉤鳥っつーのは、一攫千金を狙った奴らがパーティーを組んで狙うような獲物であって、本来は1人で狩りにいくもんじゃない。パーティー組んで、金を出し合って解毒剤も用意して意気揚々と出てった奴らが、解毒剤を使い果たして逃げ帰ってくるような相手なんだ。」
「そうなんですか。」
「あのトカゲの怖いところは、毒を使いこなしているところだ。爪の先に付いてる毒を飛ばしてくることもあるんだぞ。」
「よく知っていますね。」
そう言うと、スネイルも、なぜかトナーまでもが渋い顔をする。
「こいつも俺も、若いころにあいつには痛い目にあわされてるってこった。」
「そうなんですね。」
トナーは渋い顔のまま、「ああ、あとな。」と続ける。
「ここ数年、三月に1回から2回の頻度で、赤い飾り羽を持った青鉤鳥を見たという傭兵がちらほら出ている。」
「俺も聞いたことありますけど、あれ、眉唾モノじゃないんすか?」
目を丸くして反応したのは、スネイルだった。
「目撃情報がじわじわ増えていて、そうも言ってられなくなってきてな。上の森で見かけることはないらしいから大丈夫だろうが、ギルドとしては青鉤鳥が魔獣化したのではないかと睨んでいる。」
「うげ。」
トナーの言葉に、スネイルは嫌そうな声を上げる。
「赤いやつはどうやら遠目に見ても青鉤鳥の数倍はあるらしい。とすると、体高は少なくとも3メートル、翼を広げれば10メートル近い可能性がある。」
「飛竜かよ。」
「トカゲなんだから、実在していれば間違いなく飛竜と呼ぶことになるだろうな。」
「でも数年前ってことはすでに被害があっても……ああ、目撃情報が少ないのは、そのせいかもしれないわけですか?」
「それはわからん。特に、上の森での目撃情報が全く無いのがなんともな。ギルドの見解は、その赤い青鉤鳥が魔獣の巣の範囲から出ていないのではないかと予測している。だから遠目からの目撃情報しかないのではないか、とな。」
「巣を出る必要がないってことですか、おー怖い怖い。」
「まあ、巣から出てこないのならば今のところは問題はないだろう。出てきたときのために何かしらの用意をしなければならないし、ダンカン様にも近々報告をせねばならんがな。」
「副ギルドマスターの仕事も大変ですね。」
「そうだな。」
なにやらトナーとスネイルの間で話が盛り上がってしまっているが、上の森に出ないのならばその赤い青鉤鳥については特に気にしなくてもいいだろう。魔獣は美味しくないし、興味もない。
「で、リネッタ。パーティーとかは組まないのか?」
「組みません。」
スネイルの問いに即答する。
「逃足鶏のときもそうだったんですけど、私、一人じゃないと上手く狩れないんです。」
「だがな、上の森とはいえ、ランクEの傭兵を1人で行かせるのはちょっとな。」
「別にギルドの仕事を受けて行くわけではないですし、無理そうなら帰ってくるので。」
「その時点でもう、青鉤鳥を狩りに行くようなセリフじゃないんだよなあ。」
「まあ、スネイル。ガーネルのお墨付きなのだからいいだろう。カトリーヌ様も、お前が青鉤鳥を狩りに行くことを知っているのだろう?」
「はい。お肉を楽しみにしていると送り出してもらいました。」
「……逃足鶏が捕れるってそんなにすごいことなんです?」
「知らん。しかし、やつらは主都の魔獣の巣近くに生息しているはずだ。そこまで侵入って逃足鶏だけを捕らえて帰ってくるというのだから、相応のウデが必要になるだろう。そもそも美食家だって嫌がる仕事を軽々とやってしまう実力があるのなら、傭兵ギルドとしては何も言うことはない。」
まあ、びっくりするほど足が早いあの黄色い鳥を、その美食家というパーティーがこの世界の技術だけでどう捕まえるのかはちょっと気になるところであった。まさか、パーティーの人数分、隠遁のローブを用意しているわけではないだろう。……まさかね。
「ねね、リネッタちゃん、俺とパーティー組まない?」
「お断りします。」
即答しながら、そうか、このスネイルという男はトーラムと似ているのか、と、私はなんとなく思った。




