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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
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じゅっさいのようへい?

 早朝6時、私は開いたばかりの傭兵ギルドの扉をくぐっていた。

 この時間帯はまだ新しい依頼も貼られておらず昨日の残り物の依頼ばかりなので、他の傭兵らはおらず建物内はギルド職員の歩く足音とささやかな話し声のみであった。


 もちろんそんなところに私が入れば、注目される。

 ちゃんと着替えて、カトリーヌに用意してもらった“護衛用の装備”を着込んではいるものの、まあ10才児なので仕方がない。


「あら、見かけない子ね。」


 そう声をかけてくれたのは、総合窓口と書かれた窓口のおねーさんだ。

 少しタレ目で大人っぽい顔立ちは、孤児院にいた……孤児院に、いた……えーと、あの……ア?マ?マー……ア?……名前は忘れたが、魔術師協会に所属していた、ウェーブがかった緑色の髪の少女に似ていた。

 ポニーテールにまとめた紺色の髪をゆらゆらさせながら笑顔でこちらへと歩いてきて、しゃがみこんで視線を合わせてくる。完全に子ども扱いだ。まあ、そうか。


「ギルド直営の宿に泊まろうとしたら、ギルドでランクの確認をしなさいと言われて来ました。」

「あの宿に泊まるためには、傭兵ギルドに登録しなければならないの。でも、登録するには傭兵ランクF以上の身元引受人……あなたのお父さんか、お母さんか、もしくはお世話をしている人がいないといけないのよ。」

「ああいえ、そういうわけではなくて……」


 と、胸元の内ポケットから、ランクEのギルドカードを見せる。


「あら、これは……ええと、これは、落とし物?マウンズで発行されたものね。」

「いえ、私のです。」

「……あら、まあ。ふふ、だめよ、たしかにちゃんとしたものを着ているようだけど、傭兵になるには早いわ。」

「いえ、正真正銘、私のギルドカードなので主都(しゅと)マウンズの傭兵ギルドに問い合わせてください。」

「それはだめ、嘘だとわかっていることに、ギルドの機材を使えないもの。」


 め、と柔らかく叱ってくれるが、いや、本当に私のギルドカードなんですよおねーさん。


「ギルドカードを発行していただいた主都(しゅと)マウンズの傭兵ギルドでは、必ず疑われるからマウンズのギルドに問い合わせてもらえと言われたんですけど……直営宿に泊まるときにランク詐称すると、バレたときに怖いって言われて。」

「詳しく調べたのね、でも、だめよ。人のギルドカードを使うことは、ランクを詐称するのと同じくらい許されないことなのよ。」

「ではこの街では、ランクEの私がランク未で再登録して、ランク未の価格のまま宿に泊まっても良いということですか?それで許されるなら、それでもいいんですけど……」

「……。」


 総合受付のおねーさんはすこしムッとした表情をして私を見ている。いや困ってるのは私なんだけどなあ?


「問い合わせてもらえばわかると思います。」

「困ったわねえ。」


 あー、なんだかめんどくさくなってきたなあ。

 私がそんなことを感じ始めたあたりだった。


「いいんじゃないか?調べてやれば。」

「あら、スネイルさん。」


 突然後ろからかかった声に振り返ってみると、そこには見慣れない傭兵の男が立っていた。

 誰かはわからないが、通りすがり?に私と総合受付のおねーさんの会話を聞いていたらしい。助け舟を出してくれるのだろうか。


「お知り合い?」

「いや、知らないかなー。でも、調べてあげればいいんじゃないか?嘘だったら俺も一緒に謝ってやるからさ。」

「そんないい加減な……」

「結果が出るまでここで待機させておけば、もし嘘だったときにちゃんと理由が聞けるだろ?どうせすぐ終わるんだから、いいじゃないか。」

「……もう。……知りませんよ。」


 おねーさんが折れたようだ。私には「逃げないでくださいね。」とだけ言い、私のギルドカードを持って奥の方へ行ってしまった。

 あれ、これ、このままギルドカード没収されて終了――なのではないだろうか。


「そんな心配そうな顔しなくとも、ちゃんとギルドカードは返ってくるよ、俺が見ててやるからな!」

「あ、えと、……?ありがとうございます……?」


 なぜか満面の笑みでこちらを見てくる傭兵の男――スネイル?に、とりあえずお礼を言っておく。


「俺の名前はスネイル、ランクBの傭兵だ。」

「リネッタといいます。」

「まあ、立ち話もなんだし、あそこの椅子に座りなよ。」


 ……Bランクの傭兵が、一体私に何の用なのだろうか。

 私は言われるがまま、ロビー奥にいくつか置いてあるテーブルのひとつに座った。その向かいに、ランクB傭兵だとかいうスネイルが座る。


 スネイルは、少し伸ばした黒髪を赤い紐でくくっている、やや痩せ型のすらっとした男だった。

 腰にはなんだか装飾の施された高級そうな柄の短剣が、これまた高級そうな細かな装飾のある鞘に収まっていた。


「お前さん、昨日、お貴族様の馬車に乗ってただろ?」

「……あ、はい。」


 どうやらカトリーヌの馬車に一緒に乗っているところを見られていたらしい。


「てことは、ランクEってのも嘘じゃないのかと思ってね。ここへは何しに来たんだ?」

「えっと……」


 護衛の話はしてもいいのだろうか、いや、カトリーヌが街に来るのは非公式かもしれないので、言わないほうがいいのかもしれない。


「詳しくは言えませんが、仕事で来ました。でも、雇い主様がこの街を出るまでは休暇にしてくださったので、初めて来た街なので宿に泊まりながら(魔物の巣の森の)観光でもと思ったのですが、宿でギルドランクを疑われてしまって。」

「ああ、なるほどな、宿で引っかかったのか。ここらの宿は高いからそりゃあ直営の宿がいいだろうな。」


 ウンウンと頷きながら、小声で「だが、」とスネイルは続ける。


「雇い主様ってのはお貴族様なんだろ?休暇なんだから、宿代ぐらい出してくれてもいいんじゃないか?お貴族様なら観光用の宿代なんて痛くも痒くもないだろ。それとも、宿代ケチってるのか?」


 その言葉に、私は「あー。」と声を漏らした。


「……なるほど。」

「なるほど?」

「私、雇われる前は直営の宿に泊まっている傭兵さんたちにお世話になっていたので、私も直営の宿に泊まっていたんです。それで、今回も泊まらないといけないような気がしてたんですけど、無理に泊まる必要はないんだなって思って……。」


 カトリーヌから宿代をもらったわけではないが、別に貰う必要のない程度にはお金はあった。

 まあ、このあと目的の三大珍味鳥の情報を調べたり、肉などを解体してほしいときはこの傭兵ギルドを使うので、やっぱり調べてもらわないといけないのだが。


「金があんるなら、ランクEの傭兵にゃちょっと高いが、飯の旨い店を知ってるぞ。」

「一回疑われたところに泊まるのは気がひけるので、教えていただけるとありがたいです。」


 ご飯が美味しいのはとてもいいことだと思います!!!


「お、ランクの確認が済んだんじゃないのか?」


 とスネイルが顔をあげて私の後ろに視線を向けたので振り向くと、さっきとは別のギルドの職員らしき女性が難しい顔をしてこちらに向かってきていた。


「あなたが、リネッタ?」


 そう聞いてきたのは、薄い褐色の肌と赤褐色の短髪が健康的にみえる、背の高い女性であった。

 少し眉間にシワが寄っているので、何かしら思うところがあるのかもしれないが、疑うような目でもあるのでランクはちゃんと確認できたのだと思いたい。


「はい。」


 こくりとうなずいておく。


「おん?どうしたよ、珍しく変な顔して。」

「……スネイルさんは、この方とお知り合いなんですか?」

「いや?ああ、今ちょっと話したから知り合いではあるぞ。直営の宿の肉ばっかりの飯はリネッタにはちと重いんじゃないかと思ってな、唸る角獅子亭を勧めてたとこだよ。」


 名前からしてそこも肉料理しか出てこないのではないだろうか。


「確かに直営宿の食事は朝から肉料理が多いですけど……」

「だろ?」

「あの、で、ランクは確認が取れたのでしょうか……」

「取れたわ。」


 世間話に発展しそうだったので横槍を入れると、ギルドの職員は頷いた。


「でも。」


 でも?


「ちょっと聞きたいことがあるの、ここでは話せないみたいだから、来てくれるわね?」

「え……」

「ああ大丈夫、ちょっとした確認をしたいのよ、あなたのランクはちゃんとEだったわ。」

「……わかりました。」

「おいおいなんだよ、怪しいな。俺もついて行くぞ。」


 スネイルの突然の申し出に、ギルドの職員の「は?」と、私の「え?」という声が重なった。


「そりゃ、後輩を守るのはセンパイの役目だろ?この街に来たばっかりで知り合いも俺しかいない傭兵ギルドで突然呼び出しなんて一人じゃ怖いだろ。」

「傭兵の個人情報になりますので、いくらスネイルさんでもだめです。」

「ランクEの傭兵の個人情報なんて、あってないようなもんだろ。」

「ちょっ――」

「それにな、俺の勘が、コイツを助けておけばいいことがあるって言ってんだよ。」


 そう言って、スネイルは得意げに腰の短剣をぽんと叩いた。


「……。……わかりました、ではリネッタがよければ、付き添いを許可しましょう。」

「どうだ?リネッタ。俺はこの街でずっと傭兵をしている、人望もある、しかもランクBの傭兵だぞ!口は堅いし、役に立つぞー!」

「……。」


 スネイルは満面の笑みでアピールしてくる。


 軽い。すごく軽い。不安しかない。

 しかし、どこか懐かしさも感じる軽さであった。


「質問の内容によるんですが……」

「それもそうね、内容は詳しくは言えないけど、スネイルに聞かれても問題ない範囲だと思うわ。本当にスネイルの口が堅ければ、だけど。」

「最後の一言余計なんじゃないか?」

「……うーん。」

「口は堅いぞ!」

「……わかりました、ではお願いします。」

「よっしゃ任せとけよー!」


 笑顔で、何かよくわからないけれどやる気満々のスネイルに再び不安が募るが、まあ、聞かれてやばいことはそんなにないのでいいだろう。


 そんなこんなで私はスネイルとともに、ギルドの職員に連れられてロビーから2階に続く階段を上がっていった。

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