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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
辺境領のリネッタ
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ヒュランドルの代官 2

 ダンカン・ミリアンは、生まれは代々この街の代官を輩出している名家とはいえ、聖王国では珍しい“傭兵上がり”の代官である。

 傭兵であった父親に似て体格がよく、身長は190を少し超えるくらいだ。焦げ茶の短髪に無精髭にも見える短い髭を生やしており、やや仏頂面のせいもあってか黙っていると無骨な武人そのものだ。

 派手なものを好かず、見た目よりも耐久性を優先するために、屋敷は侍女らが気を利かせて飾る花以外にはまともな飾り気がなく、ダンカンが代官になってから新しく増えたものといえば重々しい執務机くらいであった。

 その机もダンカンが買ったものではなく、ダンカンが代官を引き継いだ際に、祝いの品として領主であるティリアトス辺境伯から贈られたものであった。


 しかし、気難しそうな顔とは裏腹に人柄が良く面倒見のよい性格で、傭兵として各地を回っていたため獣人(ビスタ)への差別もあまりなく、傭兵だろうが住民だろうが誰とでも忌憚なく話す。結婚はしていて子どももいるが、妻とは同居しているものの現在20になる双子の息子は2人とも他国を知るために傭兵として各地を回っており、死んだ従兄が残した子どもが時期代官として現在屋敷でダンカンの仕事を手伝っていた。


 ダンカンは、代々ヒュランドルの代官を務めているミリアン家の長女と、街を拠点に活動していたランクBの傭兵との大恋愛の末に産まれた男児で、代官を継ぐ予定であった母の兄の子である従兄を影から支えるべく傭兵ギルドに入ることを前提に傭兵となった。

 その後ダンカンが35のときに従兄が不慮の事故で死に、代官になるために傭兵を引退した時点でのダンカンのランクはB。その時すでにヒュランドルの近隣にはダンカンの名は広まっており、引退後は傭兵ギルドの重役に内定していて内部の情報にも少し明るかったので、住民に慕われ、傭兵に顔が利き、傭兵ギルドに太いパイプがあるという代官ができあがった。


 傭兵時代のダンカンは護衛などで国をまたいで仕事をすることも多く、二十数年前のマウンズの十年禍に居合わせたときは当時のパーティーメンバーと参加し、1日で【擬態魔林(ミミックウッズ)】2匹を仕留めた。他国で仕事を受けるときには獣人(ビスタ)と臨時のパーティーを組むこともあり、魔獣の巣が近いこの街にとっての獣人(ビスタ)の重要性は身をもって知っている。


 そんなダンカンの部下の約3分の1は、彼に引き抜かれた熟練の傭兵たちで占められている。

 傭兵は、戦えなくなれば引退して田舎に帰り畑を耕して自給自足するか、街を離れたくない場合は結婚でもして相手の家に入ってほそぼそと街での仕事を探すか、ある程度稼いでいた場合は貯金を切り崩しながら生活することになる。名を売っていれば傭兵ギルドに引き抜かれることもあるが、ごく僅かだ。

 そんな元傭兵たちを有効に使うべく、ダンカンは引退した傭兵らを部下として拾い上げていた。ある程度頭が良くなければならず、傭兵ギルドに認められてなおかつ人望も必要な細き門だが、多くの傭兵らが羨む安泰を約束された就職先のひとつであった。


 騎士団に関しては他の街などとの兼ね合いから傭兵上がりは一人もいないが、ダンカンが代官になってから街と傭兵ギルドの間に設けた“準騎士制度”で、騎士団とは別に傭兵だけの騎士団ができあがっている。

 傭兵準騎士団と名付けられたそれは、普段は傭兵をしている者たちが7日に2度ほどある総合訓練である程度の統率がとれるよう訓練され、有事のときには準騎士として騎士団の補佐に入るためのものであった。

 準騎士としての仕事をするときはきちんと手入れのなされた上等な装備が備品としてひとりひとりに貸与されるため、士気も高い。

 準騎士団制度が導入されて十数年が経ち、ヒュランドルの街で準騎士団に入隊するというのは他国でもある程度の信用になりはじめたため、こちらも多少敷居が高いものの準士気団に入りたいという傭兵は多い。そしてその結果として、ヒュランドルの傭兵はやや行儀が良いと評判になり、ヒュランドルの代官の名は他領に届くほどになっていた。


 その他にも、ダンカンは公にできない類のことなども、傭兵ギルドの上層部を通してこの街を拠点にしている斥候職の傭兵に依頼していた。

 そのよく仕事を頼んでいる斥候職の男の報告に、ダンカンは疑問の声を上げる。


「見失っただと?」

「は。申し訳ありません。」


 このダンカンの目の前で頭を下げている斥候職の男には、カトリーヌが連れてきた獣人(ビスタ)の少女の見張りをさせていた。

 クロードたちとの食事が終わり、ほっと一息ついたのもつかの間であった。初めてこの街を訪れた10才の少女がこの街を拠点にしている熟練の傭兵をまいたということか?とダンカンはその少女への興味が湧いたが、「まかれた」ではなく「見失った」という表現だと気づきすぐに冷める。


 話を聞くに、獣人(ビスタ)の少女はこの街の傭兵の一人に声をかけられ路地の中に入っていき、そこで見失ってしまったらしい。

 その路地の先は、定住しない傭兵たちが少しでも長く居着くようにと街の主催でえんえんと部屋という名の石の箱だけ増やした結果、細い路地が増えに増えて誰も完璧には把握できていないほど複雑に入り組んでしまった、通称“傭兵の石箱街”である。

 この街を拠点にする傭兵は多い。傭兵ギルドが運営する宿だけでは足りず、かといって高い宿を借り続けるのはその日暮らしの傭兵たちにとっては難しい。そのための石の箱だった。

 その箱のような部屋に家具はなく、最低でも1年以上この街で傭兵として働くという契約を傭兵ギルドと結ぶことで低価格で部屋と最低限の家具は貸し出されるが、部屋を借りるような傭兵らは引退するまでそこに住むつもりであるため空きがなかなか出ず、未だに石の箱は少しずつ増え続けているのがここしばらくのダンカンの悩みであった。

 路地が多ければ多いほど、犯罪は増えるものだ。準騎士制度によってある程度の治安は保たれているものの、到底安全だとはいえないのが現状であった。


 初めて訪れた街でそういったところに自分のお気に入りの部下が連れ込まれ帰ってこなくなったとなれば、クロードはともかくカトリーヌへのこの街への心証は最悪なものになるだろう。雇われている以上獣人(ビスタ)の少女はカトリーヌの、ひいては貴族の持ち物なので大事になる。


「連れ去った傭兵に心当たりは?」

「ありますが、パーティーを組んだことはないです。でかいんで目立つんですよ。ここ数年よく見かける顔ですが、あまり他の傭兵たちと親しそうにしているところを見たことはないですね。傭兵ギルドに連絡してみたところ、5年前から石箱街に部屋を借りているそうですが、ひと月ほど留守にすることもよくあるとか。何かしらの副業をしてるんじゃないですかね。」

「どう見る?」

「2人は親しい感じはしませんでしたが、少女は声をかけられても驚いてはいませんでしたね。路地に入るときにも困った様子はまったくなく普通についていったという感じで、連れ去ったというよりかは知り合いに出会ってついていったような雰囲気でした。あまり危険は感じませんし、何よりあんな往来で連れ去りなどできませんよ。この街を拠点にしてるんだから、どこに準騎士が隠れてるかわかんないことくらいわかっているでしょうしね。」

「……そうか。」

「まあ、寝泊まりしてる場所は割れてるんで、別のやつを確認に向かわせてます。明日の朝には報告できると思いますよ。」

「わかった。何かあれば夜中でも声をかけろ、いいな。」

「は。」


 斥候職の男――スネイル――は短い返事を返すと、小さく礼をして部屋を出ていった。


 斥候という職は、職業がら人を見る目と観察力が重要になってくる。その点、現在仕事を依頼しているスネイルは有能であった。

 彼が傭兵を引退したあとは傭兵ギルドのギルド員として雇われることが決まっているが、ギルド職員にならなければ、自分のところで雇ってもいいとまでダンカンは彼のことを信頼していた。


 スネイルがああいうのだから、大丈夫なのだろう。

 ダンカンはそう考え、その日の業務を終えた。



__________




 アーヴィンと出会ったその夜、暗くなる前にアーヴィンと別れた私は傭兵ギルド直営の宿に部屋を借り、部屋の4分の3を占めるベッドの上で寛いでいた。服装はカトリーヌに部屋着として何枚か新調してもらった中の1着、淡い桃色のワンピースである。

 黄ばんた白いワンピースがカトリーヌに見つかってしまい、「流石にそれは……」とドン引きしたカトリーヌが新しいものを買ってくれたのだが、この世界に転移する前も後もこういうシンプルなワンピースが一番落ち着くので素直に嬉しい。まあ、生地は私が着ていたものよりも遥かに――天と地くらいの差がある逸品なのだが。


 部屋着と寝間着を同じにしているために襟はなく丸い首周りで、袖は七分で肩口からやや広がっているが袖口のあたりでゆるく絞られている。腰の少し上の辺りから広がるフレアタイプのスカートの丈は膝よりやや下で、私が以前履いていたものと同じくらいの長さだった。ワンピースの下に履く用にと白いスカート下も用意してあったが、部屋着なのでスカート下は使ったことはない。

 この淡い桃色のワンピースには、袖口とスカートの裾にはぐるりと白緑色の糸で小さなつる草の刺繍がされていて、とても可愛らしく年甲斐もなく気に入っていた。


「それにしても狭い……」


 ぼそりと愚痴る。

 部屋の4分の3がベッドなので、とても狭い。近頃はずっとカトリーヌの部屋だったので、狭さと多少の不潔さがが際立っている。

 この部屋はランク未専用の部屋であった。なぜかといえば、宿の窓口で自分のランクを信じてもらえなかったからである。


 私は魔人(ドイル)だというアーヴィンに刻印(スキル)を見せてもらう約束を取り付けると、その足で傭兵ギルド直営の宿へと向かった。暗くなる前に部屋を取っておきたかったのと、早くこの“護衛の格好”から部屋着に着替えたかったからだ。

 そして宿の窓口でギルドカードを見せ部屋を取ろうとしたのだが……鼻で笑われてしまった。


「あなたがランクEの傭兵ですって?」


 受付のその言葉に、周囲の視線が私に集まったのがわかった。居心地はもちろん悪い。

 しかしまあ、信じてもらえないことは百も承知だし、確認を取ってもらえばいいだけの話だ。


 そう思って宿の受付に頼むと自分でやれと言われ、しかし時間的に傭兵ギルドの窓口が非常に混雑しているという話も出てきて、最終的に今晩だけはランク未の部屋をランク未の価格で泊まっていいことになった。部屋に戻る前に早めに食べた夕食も、当たり前のようにランク未の価格であった。

 明日朝一で傭兵ギルドに出向いて、ランクEという確認を取らなければならない。めんどくさいが、ランクで割引される傭兵ギルド直営の宿でのランク詐称はご法度なので仕方がなかった。


 んー、とベッドの上で伸びをする。

 このワンピースはサラサラした肌触りで本当に着心地がいい。さすがは貴族である。きっとこのワンピースを作った人は、こんなちんちくりんなどこの馬の骨とも知らない獣人(ビスタ)が着るとは思ってもいないだろう。誂えたの、たぶん聖王国の職人だし。むしろこれ、職人にバレたら問題になるのではないだろうか。


 そんなことをとうとうと考えていると、だんだん眠くなってきた。

 カトリーヌとの馬車の旅は、クロードの体調を気遣うために宿に泊まっていたが、やはりずっと馬車に揺られ続けているのは疲れるようだ。


 私は、明日からの自由を満喫するべく、ゆっくりと目を閉じた。

ダンカン、なんとなく聞き覚えがあったんですが、村長の名前でしたね。そういえばこの領地の名前もやや似ているかも。ティで始まっているし。

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