秘密の共有
「どうせ隠し通せないので言ってしまいますが、精霊の祝福があるんです。見た目は獣人ですし霊獣化も使えるんですけど、人でもあるので魔法陣も使えます。」
「はああ?」
「ですから、まあ、毒についてはどうとでもなります。あのときは死にかけましたけど。」
「ただのやべえ奴じゃねェか……。」
「か弱い獣人の少女ですよ。」
「か弱いの意味を履き違えてねェか?ああ、隠匿の刻印を見破ったのもその“精霊の祝福”の力ってワケか。」
「刻印?」
「お前、上見て――っと、いや、流石に偶然か?」
肉の貴族が「まずったな……」と舌打ちしているのを横目で見つつ、私は天井に視線を向けた。刻印とはあの魔素の渦のことを言っているのだろうか。
「2階の床に魔法陣があるわけではないんですか?」
「あン?」
私は天井をじっと見た。すると、ぱっと見は魔素が渦を巻いているようにしか見えなかったのだが、よくよく見れば魔素が一番濃いのは天井だがその魔素は壁沿いに広がり、薄く部屋内を覆っているようだった。
なるほど、これは……
「部屋の存在を覆い隠しているんですか?」
「刻印の効果が見えンのか?」
「アーヴィンさんにはアレがどう見えているんですか?」
「見えねェよ、力は感じるがな。」
「力?」
「俺らは、魔法陣や刻印の力を感じ取れンだよ。」
「俺ら?」
「ああ。俺ら魔人はそういった力を感じ取る能力に長けてンだ。」
「魔素を感じ……え?」
俺ら魔人?
……は?
「アーヴィンさんが魔人!?」
「今さらだろ、お前、鋭いのか鈍いのかわかんねェな。」
「え、えー……?」
肉の貴族あらため肉の魔人は、呆れたような顔で「マジで気づいてなかったのかお前。」とつぶやいた。
「……、……怖いか?」
「興味しかないですね!!!」
「あからさまに喜ぶんじゃねェよ。」
肉の魔人はやや引き気味にぼやく。
「あ、じゃあ、私が川に落ちたあの日あそこにいたのは――」
「ああ。解体屋の罠にはまってな、無様にあいつの率いる聖王国の騎士団にあの森まで追い込まれてたってワケだ。一緒に行動してたじじいはその時に捕まった。」
「捕まった……」
「殺されはしねェだろーがな。じじいはほうぼうに顔が効くからな、下手に手を出して他の魔人に目をつけられるようなことはさすがにしねェだろーよ。」
「魔人同士で連絡を取り合ったりするんですね。」
「派閥みてーなもんだな。まァ、元は人だしそこらへんのシガラミはどーしてもついてくンだよ。」
私の想像では、魔人は基本的に一人行動していて、豚の魔獣になったダサタンより少しマシなくらいの見た目で、知能は人並みか少し上というような感じだったのだがだいぶ違うようである。人臭いというかなんというか、魔人化に成功?するとあまり人格に影響は出ないのかもしれない。
「なんでそんなことを教えてくれるんですか?」
「さァな、全部が全部本当かもしれねェし、全部嘘かもしんねェぜ?今んとこお前だってそうだろ?お互い証拠がないわけだかンな。」
そんなことを言いつつ試すような視線を投げてくるが、森のなかで倒す小枝のような勘でなんとなく嘘はないように思った。
「……そう、ですね。でもそれでいいです。私も、すんなり受け入れられるとは思っていませんので。」
むしろ、受け入れられすぎていると思う。
カトリーヌやクロードもそうだが、人を簡単に信用しすぎているのではないだろうか。
まあ、そちらのほうが都合がいいので、下手に藪をつつくことはしないけれど。
「で、お前の仇敵だがな、さっきも言ったが名前はヴェスティ、解体屋と呼ばれている魔人だ。刻印で毒を生成するっつーのが魔人間での共通認識だな。
最近この国で話題に上がっている“錬金術師”っつーのは奴のことだ。あいつは毒で人をある程度操るからなァ、城にまで入り込んでるっつーことは最悪王家が乗っ取られてるまであるだろう。」
それを聞いた私は、ハっとした。
「毒を生成する刻印……なるほど、だから……!」
「だからなんで反応すンのがそこなんだよ!?」
「え?」
「え?じゃねェから。いやだってお前、俺は、この国の上層部が魔人に操られてるかもしんねェって話をしてンだぞ?」
「はあ。」
「……お前さ、この国の貴族の護衛してンだろ?何か思うことはねェのかよ。」
思うこと?
強いていえば魔人は結構いろんなところに入り込んでいるんだなー、ということだろうか。国を乗っ取られているというのは確かにやばいとは思うが、正直この国に思い入れなどが一切ないのでなんともいえない。
「思うことは……特に無い、ですね。」
そう結論を出すと、肉の魔人は「まじかよ……」とだけ漏らした。
そんなに驚くようなことだろうか?
「そんな事より、私は魔人の刻印のほうが大事なんですよ!」
「は?」
「アーヴィンさんも魔人だということは、刻印が使えるんでしょう!?私に見せてもらえませんかその力を!!!」
「はあ?」
「以前、私がヴェなんとかに矢を射掛けられたとき、私、魔人を探していたんですよ!」
「お前、」
「はっ!?つまりあのときヴェの邪魔さえ入らなければ、もしかしたらあの時点から研究ができていたかもしれないっていうこと!?……なんというロス……!!」
「何の話をしてンだ?」
「さあ、肉のアーヴィンさんの刻印は一体どんなものなのですか!?教えてください!私、魔人の刻印を研究してみたいんです!!!」
「肉って――」
「いいですか!?魔法陣しかないこの世界において、魔法陣を媒介としていない刻印という存在がどれほど興味深いか、肉のアーヴィンさんにもわかりますよね!?しかも魔人が魔素の動きを感じ取れるようになっているなんて知りませんでした!核を提供した魔獣も同じく魔素の動きをある程度感じ取れるということかも……しれない……?でももしそうなら、姿を消す魔法にも反応するはず……なぜ気づかれなかったのかしら?違和感を感じている気配すらなかったようだけれど……」
「お、おい?」
「人と魔核が融合することによって魔素への感受性が高まるのかしら?でもそれなら、獣人の魔人だっていてもいいはずよね。さすがに人体実験はできないけれど、どうにかして擬似的にでも――」
「ああもうめんどくせェ!わけわかんねェこと言ってンじゃねえよ!わかったからちょっと黙れ!」
「刻印を見せていただけるんですね!?ご協力ありがとうございます!!!」
「はあああああ!?」
きっちりと「わかったから」という言葉を聞き逃さず、私は危うく沈みかけていた思考の沼からすんでのところで脱出した。
「いえ、正直、魔人という存在と意思疎通できるか不安だったんですが、肉のアーヴィンさんみたいな親切な魔人の方とお知り合いになれて本当に嬉しいです。」
「なに真顔で頭おかしいこと言ってンだ……。」
あれ、変かな?
肉のアーヴィンの言葉に首を傾げる。
でも、紫のヴェなんとかみたいないきなり殺してくる魔人が最初の知り合いであれば、刻印を見せてもらうには戦闘しかなかっただろうし、やはりこの出会いには感謝しなければならないだろう。
考えてみれば紫のヴェなんとかの毒も刻印で作った毒らしいので見せてもらったといえなくもないが、刻印製の毒は物質として不安定なのかな?くらいの情報しか得られなかったのであまり役に立っていない。そもそも魔法は存在が不安定なものだから永続しにくいのであって、魔素から作った毒が不安定なのは当然なのだ。
「私は本気ですよ。魔法陣研究者として、刻印と精霊の祝福は外せない研究対象なんです。ところで肉のアーヴィンさんは――」
「肉って付けんじゃねェッ!」
「あ、はい、そうですね。ところでアーヴィンさんの刻印とやらは、何が作れるんですか?」
「俺のはそういうヤツじゃねェし、ここで使うのは危ねェから見せらんねーよ。」
「危ない?」
「霊獣化みたいなもんだと思やァいい。」
「刻印にも種類がある、と、ふむふむ。」
「で、」と話を続けようとしたアーヴィンは、ふとそこで言葉を止めた。眉をひそめ、「ん?」と声を漏らす。
「そういやお前、護衛とか言ってなかったか?いいのかこんなところで油売ってて。」
「いいんですよ、護衛対象のお嬢様はこの街にいる間はここの代官の騎士団かなんかが護衛するらしいので。それに彼女には精霊の加護を付けておいたので何か起こっても大抵の場合は問題ありません。
そんなことより、そのおかげで私は久々に5日間もの自由時間ができたんですよ!その間にやりたいことをやってしまわないと!」
「アー、そうかァ。」
なぜか死んだ魚のような目になったアーヴィンであった。




