再会
「おい混色。そう、お前だよ、お前。」
ルンルン気分のまま足取り軽く大通りを歩いて傭兵ギルドに向かっていると、ふいに声をかけられた。振り返ると、先程馬車の中から見かけた男だった。
どこか気だるそうな顔つきの、大男。以前は燃えるような赤が印象的だった髪は何故か赤茶けた色になっていて、服装もそこらへんの傭兵と同じような感じである。獲物は何の変哲もなさそうなロングソードだった。
「どうも。」
ぺこりと頭を下げる。
「お前に聞きたいことがあンだよ、ちょっと来い。」
挨拶などは一切なくあごをクイっとして「こっちだ。」と指示し、男――肉の貴族――は私に背を向ける。まあ、肉の貴族は私が矢に貫かれて川に落ちたところを目撃しているし、なぜ生き残っているのかは気になるところだろう。
さてどうしようかと一瞬悩もうとしたが、そういえばカトリーヌの馬車に乗っているところを見られてしまっているので逃げるわけにはいかないのかと気付き、まあ何かあれば今度は防ぐことができるのでとりあえずついていってみることにした。
肉の貴族が私に矢を射た奴と仲間だとはなんとなく感じないが、私の勘など森で迷ったときにどっちに行くか決めるために倒す小枝くらいあてにならないのでちゃんと聞かなければ。
今日から5日間も自由なのだから、森に行くのは明日からでもいいだろう。そんな事を考えながら私は肉の貴族のあとに続いてどんどん街の路地を歩いていく。何回曲がったのかよくわからないが、肉の貴族が案内するのだから大丈夫だろう。何かあっても逃げればいいし。
「お前、やけに素直についてくるンだな。」
振り返り、肉の貴族が半眼でそんなことを言う。
「この街は初めてなので、ここで迷子になると困るので。」
そういうと、肉の貴族は頭をガシガシかいて「そういうことじゃねえンだけどなー。」とため息を付いた。知ってる。でも、「いつでも逃げられるので。」とか言えないのでしょうがない。
「今、お前つけられてたンだぞ。ナニモンだよ。」
「ただの傭兵で、今は辺境伯のお嬢様の護衛をしています。」
「お前が傭兵?……どう見ても護衛される側じゃねェか。」
「こんな小娘でも雇ってくださる方がいらっしゃるんですよ。」
「さよか。」
どうやらあえてややこしい路地を使って、私をつけていた誰かをまいたようだった。もちろん、私はつけられていることなど全く気づかなかった。
人が多すぎるところでの空間把握の魔法(狭)は森とは違いかなり疲れるのだが、今回のように尾行されていたりするとまずいので街中での空間把握の魔法(狭)を練習すべきかどうか迷うところである。いや、人が多すぎて誰が私をつけているかとか気づく自体難しそうなので意味がないような気もする。ぶっちゃけそういうのは、シルビアのちゃんと当たる野生の勘に頼ったほうがいいとさえ思う。
ほどなくして肉の貴族は同じような古びた石造りの家が隙間なく並ぶ建物のひとつで止まり、5段ほどしか無い下り階段の先の地面より半分ほど低い位置にある扉を開けた。この建物は半地下に作られているようだ。
「入れ。取って食ったりしねェから。」
「おじゃまします。」
素直に入る。なぜかといえば、中から魔素の動きを感じたからである。
入った建物の中はいたって普通……というか、ほぼ何もなかった。両開きの窓が四方に一つずつあり、壁には魔法の灯りがゆらめいている。家具らしきものは、ぽつんと3人がけの茶色い革張りのソファーがひとつあるのと、小さな正四角形の木のテーブルに木の椅子が二つついているくらいで部屋はがらんとしていた。
あとはソファーの下にぺっちゃんこの安そうな絨毯が敷いてあるだけだ。他の部屋に続く扉などはない。肉の貴族はここに住んでいるわけではないのか、ベッドや流しなどは見当たらなかった。
外から見たときは2階があるようなふうであったが、階段も見当たらない。建物の高さと比べて天井が低いので、2階は外階段を使うのかもしれない。
魔素のゆらぎは、天井にあった。天井に魔法陣が刻まれているわけではなく、天井付近でもやもやと魔素だけが渦を巻き何かしらを発動しているようだ。詠唱魔法を唱えている最中の構成中の魔素がその場に留まっているような、変な感じだった。
この世界にはこんな魔法陣と魔法の間みたいなものがあるのだろうか、なんだろう、何のための魔法?なのだろうか、すごく気になる。あ、いや、2階に魔法陣が刻んであって、その魔素が1階の天井にわだかまっているという可能性もあるか。
「お前……」
後ろから聞こえた低い声に思わず振り返ると、肉の貴族が不信感をあらわにしてこちらを睨んでいた。え、あの魔素の揺らぎを見られたら問題だった?ここに連れてきたのは肉の貴族なのに?
「しらばっくれても無駄だ、お前、ナニモンだ。」
「ナニモンって言われても……。」
「その年で傭兵で護衛ってこたあ、見た目通りってわけじゃねェんだろ?魔人か?――いや、そういやァ、ディストニカの孤児院にいたよな?どうやって王都に入ったンだ?」
「どう、と言われても私は魔人ではないので……えっ魔人はやっぱり年をとらないの!?」
「おっ、おう……え、お前食いついてくんのそこかよ。」
「肉の貴族さんは魔人について詳しいの!?」
「え、は?……いや、まあ、なんつーか……あァー、まあ、座れよ。」
何かに気圧されたように肉の貴族の威圧は突然鳴りを潜め、勧められるまま私は革張りのソファに腰掛けた。安そうというよりもだいぶ使い古されているその革がギギギと悲鳴を上げたような気がするが、私は軽いので大丈夫だろう。たぶん。
私がソファに座ると、肉の貴族は木の椅子に座り小さなテーブルに片肘をついてこちらに視線を向ける。
「で、その肉の貴族ってなンだよ。」
「以前、肉の串を大量に頂いたので。あと、もうひとりいたおじいさんがとても執事っぽかったので、最初はお忍びで街を歩いてる貴族か何かだと思って。」
「アー……」
と、なぜか苦い顔をする肉の貴族。
「そういえば、今日は執事さんは一緒ではないんですね。」
「まァな。……俺の名前はアーヴィンだ。貴族、ではねェなァ。」
「アーヴィンさん。」
忘れるまでは覚えておこう。
「私の名前はリネッタです。」
「リネッタか。で、魔人じゃねェってのは本気で言ってンのか?お前、王都で最初に見たときと見た目が大して変わってねェだろ。あれから2、3年は経ってる。ガキは普通もっとでかくなンだろ。」
「……魔人ではないです、証明のしようがないですけど。わけあって、年を取らなくなってしまったのも事実なので。」
「ワケあってねェ?」
以前、ティガロに聞いた“魔人”という存在は、確か、人がどうにかして体に魔獣の核を取り込んで、それが体にうまく定着した状態?らしい。なので、体の中にシルビアの魔核がある私が魔人とどこが違うのかと聞かれると、ぶっちゃけ違いを説明できないなと思った。
ひとつだけ決定的な違いがあるとすれば、私の体には、私の心臓があり、いまもきちんと動いているということだろうか。
魔人になろうとして失敗した豚の魔獣になったダ……ダサタン?が、討伐されたあとに魔素になって消えてしまったことを考えると、魔人化した時点で人としての体の機能を失って――つまり、体は死んでしまうのだろう考えられる。まあ、魔人を見たことがあるわけではないので実際には分からないが。
ああ、どっかに魔人がふらふらっと歩いてないかなー。
「で?実年齢はいくつだよ。」
「……女性に年を聞くのは野暮だと思います。」
「……。」
半眼になる肉の貴族に、私は「で、他に聞きたいことがあるんじゃなかったんですか?」と先を促す。
「まあ、全てお話できるわけではありませんし、私も聞きたいことがあるんですけど。」
「俺に聞きたいこと?」
「はい。」
頷いて「私を矢で狙った方と、どういったご関係なのかな、と思いまして。」と続けた。
「アー……それ知ってどーすンだよ。」
「それは……あのあと、私を助けてくださった方がどうにも腹に据えかねているようなので、居場所さえわかれば仕返しに行くそうです。」
「はあ?」
「で、アーヴィンさんは、あの紫髪の人とは、お知り合いですか?」
「……。」
肉の貴族はしばし考えると、「知り合いではあるが、今は敵対している。」と言った。
「敵対?」
「ああ、あのとき俺はあいつに追われていたンだ。お前はその巻き添えを食ったワケだ。」
「巻き添え……その方の名前は?」
「ヴェスティ。今は聖王国の城に仕える錬金術師だ。――中身は魔人だがな。」
魔人いたー!!
じゃなくて。
聖王国に仕える、魔人?
「えっと……?」
「これ以上はまだ言えねえなァ。」
「城に仕えるってことは、聖王都に行けばいるんですか?」
「俺の質問にも答えろ。」
「……答えられる範囲なら。」
「お前が川に落ちた時、俺は絶対に助からないと踏んでいた。解体屋の矢には確実に致死の毒が仕込まれてるンでな。解毒剤なんてものはない。なのにお前は助かった。どう助けられた?」
「どう、と言われても、解毒してもらったんですよ、精霊に。」
「はあ?」




