再会(?)
馬車が街の中央にまっすぐ伸びている幅の広い石畳の大通りを進む。街の中に入る際にくぐった外壁は城壁と言っても過言ではないほど高く分厚く、通り沿いの建物は石造りがほとんどで、街は小さな城郭都市の様相を呈していた。
傭兵が多いと聞いてはいたが、たしかに大通りを歩いているのは傭兵ばかりで住民の影はほとんど見えない。大通り沿いにある店も、出入りしているのは傭兵だけである。
ヒュランドルの街は、私が思っていた以上に傭兵だけで賑わっていた。
大通りに連なる店の隙間には露店も並び、野菜や肉を売っていたり、武器や防具の簡易整備をしているところもある。マウンズほどではないが獣人の傭兵も結構いる。
いつもカトリーヌと行く視察のときに見る獣人とは違いその顔に影はなく、ごく普通に人と獣人は会話しているし、どうやら人が経営している店を獣人も使っているようだった。
獣人差別をなくす云々などと言っているらしい歴王の国の王都――私がこの世界に転移したときにいたあの街――では、獣人の店は獣人しか使っていなかったしそれが当たり前だった。マウンズが特別かと思っていたのだが……この町でも違うようである。どちらかといえば、人と獣人は主都マウンズのように近い関係に見える。
私は思わず首を傾げる。
歴王の国ですらああいう状態なのに、獣人差別OKと公言しているこの聖王国で、あまりにも獣人が受け入れられすぎている、気がする。
まあ、歴王の国の場合は、騎士団は別として、獣人はスラムの住人か孤児か傭兵かだったので、住民が関わりたくないと思ってしまうのはしょうがないことかもしれないけれど。戦えない(ように見える)私にはわりと優しかったし。
「賑やかね。」
「はい!みなさん、なんだかいきいきしているように見えます。わたくしの領地に、こんな街が本当にあるなんて……!」
カトリーヌはやたら感動している。
「住民が少ないぶん、獣人との衝突も少ないのかしら。」
「以前、ここに元から住んでいる方たちはあまりこの国の影響を受けていないと、お兄様がおっしゃっていました。」
「へえ?」
「わたくしのお屋敷のすぐそばにある領都から、この街はとても遠かったでしょう?
そもそもこのティリアトス領は聖王国の中でも特に広いのですけれど、その端ともなれば、隣国との交流や入れ替わりの激しい傭兵や商人たちの影響で、聖王国の厳しい決まりなどを知らない住民も多いんですって。代官の顔は知っていても、お父様の顔は知らない民までいるとか。」
「なるほ……ん?」
カトリーヌの言葉を聞きながら馬車の窓から外を眺めていると、流れる景色と傭兵らの隙間に見知った顔を見つけ、私はまばたきした。
向こうも気づいたのかこちらに視線を向け――たところで彼の姿は流れ行く人混みに紛れて見えなくなる。
「どうかされたのですか?」
「え、ああ、ちょっと知り合い?が居たような気がしたのだけど……」
「まあ!」
「でも、顔が似た別人かもしれないわ。」
「?」
「他人の空似なんてよくあるでしょう?」
こちらに視線を向けた瞬間、確かに彼は私を見て驚いていた、気がする。
しかし別人のようでもあった。特に、髪の毛の、色が。
「まあ、別にそんな親しい人でもないし。」
……実はあいつの仲間だとかいう可能性もなくはないし。
「いいのですか?」
「傭兵なら、この街に滞在している間に会うかもしれないでしょう?」
「そう、ですね……」
カトリーヌの表情が、さっと暗くなった。
私は、ああまたかと内心でため息を付く。カトリーヌはこの街に入ってから、ことあるごとにこうなっているのだ。
「なぜ、この街は獣人を受け入れているというのに、代官の屋敷ではリネッタが一緒にいてはいけないのでしょう……」
「ここが聖王国の貴族が納める土地だからよ。あなたも言っていたでしょう?ここの領主は“獣人中立派”で、必要以上に獣人に肩入れしてはいけないんだって。
それに、あなたには精霊がついてるわ、大丈夫よカティ。」
先触れを出していたのか、カトリーヌの来訪を知った代官は急な訪問にも関わらず急遽カトリーヌも招待し、カトリーヌはクロードと一緒に代官の屋敷に泊まることになった。しかし、獣人がひっついているとは情報がいっていなかったのか、街に入る門のところで急に私だけが代官の屋敷へ入ることを拒否されたのだ。
そこでカトリーヌが盛大にごねかけたのを、それはもう私は必死で止めた。
聖王国の貴族であるカトリーヌが獣人に肩入れしているようなところを見せるべきではないし、あくまでもクロードのおまけとして無理に付いてきたのにわがままを言うべきではない、と。もちろん建前だが。
別にカトリーヌと一緒なのは問題ないのだが、離れられる時間がとれるならばそれに越したことはないのだ。しかも代官側は、この街にいる間のカトリーヌの護衛も全てやってくれると言っているらしい。そのあいだ私はこの街で自由にして良いとまで言ったのだ!
何という渡りに船、代官は私とシルビアに数日間の自由を与えてくれるというのだ。このチャンスはどうしても逃がせないと、私は全力でカトリーヌを宥め、落ち着かせ、何があっても精霊が付いていると説得した。私の自由のために。
それが功を奏し、カトリーヌはしぶしぶ頷いた。私は自由を勝ち取ったのだ。やったあ!と大声を上げたい気分だったが、もちろん我慢した。
ギギ……
馬車が代官の屋敷の手前で静かに止まる。御者が馬車のドアを静かに開けた。
どうやら私はここで降りるようだ。敷地にも入れたくないらしい。全然いいです、むしろありがとうと言いたい。というか屋敷前で下ろすなら傭兵ギルド前で下ろしてくれればよかったのに。
私は静かに馬車から降りて、心配そうにこちらを見るカトリーヌを見上げ、深く頭を下げた。
「それではカトリーヌ様、またお帰りの際に。」
「え、ええ、リネッタ。……何かあったらすぐに門番に言いなさい。必ず取り次ぐよう、厳命しておくから。」
「承知いたしました。」
まあ、取り次いでもらうようなことはないけどね!
私は自由を謳歌するからね!
心からの満面の笑みで、私はカトリーヌの馬車を見送った。
自由なのである。これから5日間、私は自由なのだ!
しかも見知らぬ土地に見知らぬ食事に見知らぬ野生肉!
久しぶりにわくわくとした気分で、るんるんと私は傭兵ギルドのほうへと歩き出したのだった。




