青鉤鳥を求めて
――カタカタカタカタ。
少し曇ってはいるものの明るく暖かな陽気の下、多くの馬車が通れるよう広めに整備された街道を4台の馬車が連なって進んでいる。周囲はなだらかな丘が連なっていて、ところどころにある畑では作業していた領民が馬車を見つけて平伏しているのが見える。
馬車を囲む揃いの装備で身を固めた十五人の騎士、その先頭を進む騎士だけが装備しているマントの紋章が、この馬車がティリアトス辺境伯家のものであると知らしめるかのようにはためていた。
その連なりの3台目にあるのが、私とカトリーヌが乗っている馬車だ。ちなみに1台目に乗っているのが荷物で、2台目にはクロードとハールトンが乗っている。4台目の大きい馬車には使用人らが乗っていた。
馬車は今、ティリアトス領の端にある大地の裂け目のような谷の近くに作られた街に向かっていた。領地の中でもやや王都よりにある辺境伯の屋敷から、ゆっくり進んで片道10日の旅である。
街の名前は覚えていないが、街の近くにあるというその深い谷には魔物の巣があり、青鉤鳥という美味しい鳥が生息しているらしい。カトリーヌからその話を聞いた私は、カトリーヌにお願いし、クロードの視察についていきたいとわがままを言ってもらったのだった。
カトリーヌもどうにかして兄との接点を持ちたいと思っていたので、私の申し出に乗り気だった。
今回の旅は滞在期間も併せて25日もあり、さすがに浄化妖精に込めた魔素も尽きそうだったので、私がクロードについていくと決まった時点で小鳥も一緒に連れて行くことになったのだが、家令らにだいぶ不審がられてしまったのはしかたのないことだろう。ちなみに小鳥はクロードの馬車に同乗していた。
「楽しみね、リネッタ。わたくし、ヒュランドルの街に行くのは初めてなのよ。」
街はヒュランドルという名前らしい。
カトリーヌはにこにこと「しかもお兄様と一緒なんて、何年ぶりかしら!」と年相応にはしゃいでいた。
「ヒュランドルの街には大勢の傭兵がいて、その数は住人よりも多いの。それだけ魔獣が多く出る危険な場所なのだけれど、とても大きな外壁があって街は安全なのよ。」
「獣人の傭兵はいるの?」
「傭兵だけなら、多いらしいわ。国境に近いこの街には入りやすいのだと思う。あとは、谷の奥にある魔物の巣に近づくほど森が深くなっていくのも獣人が多い理由みたい。リネッタにはその理由がわかる?」
「獣人の使う霊獣化の武器は、金属の手袋みたいなものを両手に装備するの。だから、木がたくさん生えている中で剣とか槍とか長いものを振り回すより自由に動けるの。森で戦いやすいってことね。だから多いんじゃないかしら。」
「獣人は魔獣を殴るってこと?……リネッタも、そうやって戦うの?」
「そうね。」
「……ふうん……?」
カトリーヌは眉をひそめて首を傾げる。まあ、想像はつかないだろう。
私も、10歳児が魔獣を殴っているところは想像できない。
「でもまさか、こんなに都合よく視察があるとは思わなかったわ。」
「本当はひと月前に行く予定だったみたいなの。でもお兄様が体調を崩されていて、お父様も忙しくて出掛けられなかったから延期になっていたのよ。」
私が浄化妖精を預けたのが15日ほど前のことなので、クロードはだいぶ長いあいだ静養の期間を取っていたようだ。
今回の旅も、馬車は遅めのスピードで、もちろん野宿などはなく休めそうな街では頻繁に休憩を取るなどクロードに配慮した行程になっていた。
まあ、多少の疲れや体調不良なら精霊が癒やすので、今回は大丈夫だろうが。
問題は、どうやって私が青鉤鳥を狩りに行くかである。
今回クロードがヒュランドルの街に視察に行くのは、視察という名目ではあるが、実際はヒュランドルの街の代官からの接待が主な理由であった。そのため呼ばれていないカトリーヌは街を視察し、護衛である私はそれについて回る予定だ。
諸々の面倒くさい理由があるとかなんとかで、私の服装は普段着と化していたドレスではなく革の軽鎧になっていた。カトリーヌに武器も用意すると言われたのだが、荷物になるので断ったら怪訝な顔をされてしまったので仕方なく小さめの軽いショートソードを、それを吊るすベルトと一緒に頼んだ。もちろん使う予定はないしむしろ邪魔なのだが、見た目はそれっぽくなったので良しとしておく。
私が何を装備しようが、10歳児の時点で第一印象は大して変わらないような気もするのだが。
今回の旅もこっそり召喚しておいた影妖精を先行させているのだが、盗賊の姿はなく、道中は平和であった。
普段ならば大きな狼が出ることもあるらしいのだが、その気配もない。
――まあ、私の出番なんてないほうがいいんだけど。
と、内心でひとりごちながら、「そういえば」と、会話を切り出す。
「青鉤鳥について、何かわかったことはあった?」
調べるとか以前にカトリーヌの部屋からほぼ動くことすらできない私は、カトリーヌに青鉤鳥について調べてもらっていた。
「ハールトンとムウリに調べてもらったのだけれど、大地溝のある森の中でも、比較的安全な“上の森”に生息してるらしいわ。」
「上の森?」
「ええ。ヒュランドルの街から馬車で30分ほど行った場所から大地溝がはじまっていて、途中からは森になって大地溝の奥に行くほど森が深くなっているみたいなのだけれど、大地溝の上にも森が広がっていて、青鉤鳥はその上のほうの森にいるみたい。下の森には魔獣が出るから、獣はいたとしてもごく浅い所にしか出ないらしいわ。」
「安全なほうにいるのね。……肉はどれくらいの頻度で出回るのかしら?」
「青鉤鳥はそもそも生息数が少ないらしいの。だから、獲れてもまず平民の口には入らないわ。」
「赤羽鳥と比べると?」
「圧倒的に赤羽鳥のほうが出回っているわね。わたくしも何回か食べたことがあるくらいだし、平民や傭兵ならともかく、貴族や大商人ならば一度は食べたことがあるんじゃないかしら。
赤羽鳥は連合王国に専門の狩人がいるし、お金さえ払えば誰でも食べられるわ。」
赤羽鳥には専門の狩人がいるらしい。私も職に困ったら赤羽鳥専門の狩人になろう。逃足鶏は自分で料理できないので却下である。
……ムウリというのは、私の知らない人だ。たぶん。きっと。
「まあ、赤羽鳥はこのあたりにはいないから、珍しいといえば珍しいかもしれないけれど。」
「そうなのね。じゃあ、逃足鶏と比べると?」
「比べるまでもなく、逃足鶏のほうが希少価値が高いわ。旅の最終日に、一緒に逃足鶏をいただいたでしょう?でも、その話をしても、お父様もお母様も信じてくださらないの。それくらい、差があるのよ。」
越えられない壁というやつなのだろうか。
まあ、あの逃げ足の速さを考えると、普通に捕まえようとするのは厳しいだろう。気配に敏いので不意打ちもできない。罠で捕まえるにしても、森の深いところにしか生息してないがゆえに罠にかかれば他の獣に横取りされてしまう確率も高い。
「逃足鶏よりも足が遅いのなら、捕まえられそうね。」
私が安心したようにそう言うと、カトリーヌが曇った表情になった。
「それが、そうともいかないらしいわ。青鉤鳥の名前の由来にもなったという大きな鉤爪に、かなり強い毒があるみたいなの。かすっただけの毒で、死んでしまう人もいるそうなのよ。」
「毒、ねえ。」
毒はこの際気にしなくてもいいだろう。かすったら即死とかでない限り、それこそ浄化精霊を召喚しておけばなんとでもなる。
浄化精霊の存在を知っているはずのカトリーヌがなぜこんなにも心配そうな顔をしているのか、よくわからない。
「リネッタは、精霊様をお兄様に預けているのだから、解毒ができないでしょう?
わたくし、心配だわ。本当に青鉤鳥を狩りに行くの?」
「なるほど。」
と、カトリーヌからすぐに疑問の答えを提供され、私は納得した。
「大丈夫よ、精霊はまだいるから。」
「ええっ!?」
「私が狩りに行っているあいだ、誰がカティを護ると思っていたの?」
「え、そ、それは……」
「クロード様に預けた精霊も、できるだけクロード様を護衛するようにしてる。カティにも同じようにつけさせてもらえると、私も少し外出できるんじゃないかしらって思ってたのよ。お屋敷でもね。」
「わ、わたくしにも精霊様を……!?」
「そう。夜だって、もちろん誰かがカティの部屋に近づけば私は気づくし起きるけど、何かが起こる前に精霊がなんとかしてくれたら楽でしょ?じゃないと一晩中気を張っていないといけないわ。」
「……そ、そうね。」
「今回の旅だって、宿の部屋は別になるんだし、カティを護衛する精霊は不可欠なのよ。」
「そ、そんなわざわざわたくしを護るためだけに精霊様を……」
カトリーヌのためというより、自分の自由のためである。
「カティに預ける精霊は、“癒やしの精霊”と対をなす、“幻影の精霊”を考えているわ。」
何を隠そう、影妖精である。
癒やしの反対なので、病とか不快とかにしようと思ったのだが、さすがに不吉すぎるのでそれっぽく名前を考えてみた。
「幻影の精霊様……」
「ただし、“幻影の精霊”は、暗がりを好むのでそもそも姿を表すことを嫌うの。」
「ええ。」
「つまり、護衛するときも誰にも見られない場所にいることが好ましいってことね。カティの場合は、スカートの下に潜り込ませるのが良いと思うわ。」
「……え?」
影妖精は、そもそも姿からして人の形をしている上に羽まであるのだ。さすがに誰かに見られるのはまずい。とはいえ、24時間護衛しようと思うと、結果的に体のどこかに隠す必要があった。
そこで私が考えたのが、スカートの中である。
カトリーヌのスカートはふんわりとしていて、裾の方ならばだいぶ隙間がある。そのあたりの布に影妖精がしがみつきでもしておけば、誰にもばれることなく護衛ができるだろう。
視線の交信はできないし、影妖精が反応できない速度でカトリーヌが斬り伏せられたらどうしようもないが、カトリーヌの視察は馬車でするし、宿も護衛がしっかりと立っているような超高級宿なので大丈夫なはずだ。まあ、万が一カトリーヌになにか起こったとしても、即死でもないかぎりなんとかなるだろうと、若干、楽観視もしていた。
「す、す、スカートの、中……」
一方のカトリーヌは、顔を真っ赤にしていた。
「太ももに近い方ではなくて、スカートの裾の方にね。もぞもぞ動いたり、足の動きの邪魔はしないわ。個室の中や多少暗い場所なら外に出しても大丈夫よ。もちろん、寝るときもね。」
「そ、そうなのね。大丈夫かしら……。」
「まあ、とりあえず実物を見てから決めてもらってもいいわ。」
私はそういうと、いつものように淡い光で魔法陣を描く魔法を構成しはじめた。




