6-1 ロマリアの街案内
その日、私はリネッタにお願いされて、街を案内していた。
仕事の関係上あまり長く外出はできないので、とりあえず孤児院のある王都の第三壁内の東区だけにするつもりだ。
「これが第二壁。入り口は北東と南東、北西と南西にあって、この中に入るにはお金がいるの。このもっと奥には、入り口が2つしかない第一壁があって、さらにその先に、お城と王都を隔てる城壁があるんだよ。」
そう言って私は、私の身長の数倍はある石の壁をペシペシと叩いた。
「これにも魔法陣が彫ってあるのね。」
リネッタが、壁に彫られている魔法陣を興味深そうに指でなぞっている。
「そう。これは、もし魔獣や他国が王都に迫ってきた時に、中にいる人達を守る防御魔法陣なんだって。昔は使われてたみたいだけど、今は守護星壁があるから全然使ってないみたい。」
「ふーん、だからあんまり手入れされてないのね。魔法陣、欠けちゃってるじゃない。」
本当に、リネッタの頭のなかは魔法陣でいっぱいのようだった。やたらと私の魔素クリスタル生成を見学したがるし、事あるごとに地下においてある魔法陣を見たいとマニエにお願いしている。
マニエは、危険なものもあるから……とやんわりと断ってはいるが、そのうち押し切られそうな勢いだ。
「今、孤児院からまっすぐお城を目指して歩いてきたけど、逆に、お城を背にして歩くと第三壁があって、その外は畑とかがあるよ。そのさらに外側に外壁があるの。第三壁には東西南北に大きな門があって、家があったり商店があったりするけど……北はスラム化しているし、人攫いもいるって聞いたよ。」
「そう。」
「第三壁の北門周辺が一番治安が悪くて、そこから外壁までずっとスラム化してるって聞いた。一応、門には兵士さまもいるけど、子供が行くのはすごく危ないってマニエやコランジュさんが言ってたから、近づいちゃだめだよ。」
「北門っていうと、えっと、屋台通り?を歩いた先ね。わかったわ、ありがとう。」
「屋台通りも、いい匂いがしてお腹が空くからあんまり近寄らない方がいいよ。」
私がそう言うと、リネッタはコロコロと笑って、「そうね。」と言った。
リネッタは、今、孤児院から配給される1食だけで過ごしている。私のご飯を少しだけ分けてはいるが、私も私でおなかが減ると魔素クリスタル生成の仕事に差し障りがあるので、たくさんはあげられない。
どうにかしてリネッタの仕事先を見つけなければならないと思い、コランジュさんのところに顔を出してはいるが、今のところ、厳しい返事しかもらえていない。
「ねえ、ちなみに図書館は、どこのあたりにあるの?」
リネッタが魔法陣から視線をこちらに向けて、首を傾げる。
「私も第二壁内より先に入ったことないからわからないなあ。マニエなら知ってると思うけど、図書館に行くにはまず、第二壁内に入るための許可を買わなきゃ。」
「買うものなの?」
リネッタがきょとんとした顔でこちらを見た。
「第二壁内にあるのは、上級国民さま?の家とか、貴族さまの家とか、いいものを売ってる大きなお店とか高いお宿があるんだって。門をくぐるときは荷物検査があるらしいよ。通行証を買えるようなちゃんとした人たちしか入れなくなってるって、マニエが言ってた。
それに、騎士様も見回りに歩いてるみたいだよ。たぶん、第三壁内よりもすごく安全だと思う。その、安全を守る為のお金なのかなって私は勝手に思ってる。」
「なるほどね~。」
ふむふむと頷くリネッタを横目に見ながら、年齢の割に理解が早いリネッタに私は心の何処かで何度目かになる違和感を覚えていた。
リネッタは、10才前後だと思われる。
どんなに外見の成長が遅くとも、12才は超えていないだろう。
それなのに、大人のような振る舞いをし、大人のようなものの見方をするのだ。言葉を覚えるのもとても早く、言葉を勉強しはじめて6日目にして、日常会話なら単語の羅列で成り立つようになっている。
それに……それに、私の魔素クリスタル生成を見る目や、今、目の前で第二壁の魔法陣を観察している目。これは、どこか城詰めの魔術師さまに似ている、気がする。
――いや。似ているというよりも、もっと、何か……私の魔素クリスタル生成を見ているリネッタの視線は、魔素クリスタルに向いていたかと思うと、時に何かを追うように揺らぐのだ。まるで、私には見えない何かが、そこにあるような、そんな視線。
魔術師さまは、そんなふうには見ない。ただ、魔法陣が発動してからは、出来上がっていく魔素クリスタルをじっと見つめているだけだ。
孤児院の開かずの小部屋に突如現れた、謎の獣人の少女。いったいリネッタは何者なのだろうか……
「ロマリア?」
「えっ、あ、ごめんリネッタ。考え事しちゃってた!なになに?」
立ち止まってじっと悩んでいると、リネッタが私の肩に手を置いて顔を覗き込んできた。慌てて謝ったので、リネッタが不思議そうな顔でこちらを見上げてくる。私は乾いた笑いでごまかして、リネッタに続きを促した。
「魔素クリスタルって、1ついくらくらいになるの?」
「1つ……?うーん。」
ちょっと返答に困る質問だった。
私の魔素クリスタルは、毎日作りためたものを、15日に一回まとめて納品している。基本的に75個前後だが、多い時は90個を超えるし、数日体調を崩したりすれば50個を割る。
しかし、魔術師さまのご厚意で、何個作ろうが、私が収める魔素クリスタルは、毎回同じ額で引き取ってもらっているのだ。対外的には“最低でも半分は買い取る”となっているのだが、実際はすべて買い上げていただいている。
そのおかげで孤児院には、15日毎に一定額のお金が入るのだが、実をいうと、私はその金額を知らなかった。知ってしまったら欲が出るかもしれないし、知る必要もないと思っている。
「そうなのね。」
リネッタは少し残念そうな顔だ。
「何個かほしいなら、6級でよければあげるよ?」
「あ、ううん、いいの、ちょっと気になっただけだから、気にしないで。」
ふむ、と、リネッタはまた何かを考え始めてしまった。
「ほしい時はいつでも言ってね。たぶん、3個作る練習する時に結構量産しちゃうと思うし。」
「わかった。ありがとう、ロマリア。必要なときは、お願いするわね。」
「うん。」
と。
ゴーン、ゴーン、と、第二壁の向こうから鐘の音がしはじめた。お昼が終わる時間だ。
「あ、そろそろ帰らなきゃ。」
「そうね、案内してくれてありがとう、ロマリア。私はもうしばらく、この辺りを散策してみることにするわ。」
「えっ?」
さすがに危ないのではないだろうか。私が迷っていると、リネッタはにっこりと笑顔で口を開く。
「大丈夫、この壁の魔法陣をもう少し見ていたいの。こんなにいっぱい魔法陣が並んでいるんだもの。」
「そ、そう?あ、でも、怪しい人には気をつけてね。スラムに近寄らなければ大丈夫だとは思うけど、ここの辺りでも人攫いが出るみたいだから。」
私は、多少心配ではあったが、目を爛々と輝かせてこちらを見つめているリネッタに、ダメとはいえなかった。私は、この後午前中の仕事ぶんも、午後に頑張らなくてはならないので、しぶしぶ一人で帰ることにしたのだった。




