ご褒美(?)タイム
私が雇われてから、5日ほどが経った。
ずっと一緒に居たいというカトリーヌに、さすがにお風呂に侍女は必要ないっていうか1人で入らせてくれと頼み込んで了承してはもらったものの、食事は朝昼晩一緒に食べ、寝るときもベッドは違うが同じ部屋だ。カトリーヌが作法などの勉強をしている間が一応は自由時間だが、屋敷を歩き回ることは禁止されているのでカトリーヌの部屋に軟禁状態である。
そんななかなか息苦しい生活をしている今日このごろだが、今日は違う。
私の目の前には複数の魔道具が並べられていて、今日はそれを触り放題なのである。
カトリーヌが私を雇うにあたって交換条件にしていた、“屋敷の魔道具を見せる”については、実のところあまり期待はしていなかった。
なにより、カトリーヌの命の恩人だとはいえ私は獣人だ。さらに、ここは獣人を嫌う人しかいない。そこらへんの魔術師と同じように、「魔素に適応のない獣人に見せる魔道具などはない。」とかなんとか言われて却下されるものだと思っていたのだ。
なので、いきなり魔道具をもった執事が現れたときは、躍り上がってしまいそうなのを必死に堪えた。
「ごめんなさい、お父様が、どうしても高価なものは見せられないっておっしゃって。」
向かいのソファでは、カトリーヌが申し訳なさそうにしている。
「別に高いものが見たいわけじゃなかったしいいのよ。それに、そもそも獣人の私に見せてくれるっていう自体、すごく譲歩してもらってると思うし。」
そう言いつつ、見せられたそれをひとつ手に取る。
それは手の大きな男の握りこぶしほどの、宝石かなにかの原石のようなものだった。緑色の透明度の低い石がてんてんとあるごつごつした表面の一部が平たく削られ、そこに魔法陣が彫り込まれている。それが、計6個。
「これは防御壁を張るための魔道具なのね、守りたいものを囲んで発動させるタイプの。」
「えっ、そうなの?」
「え?」
思わず私は顔をあげて、カトリーヌの顔を見た。
カトリーヌもきょとんとした顔でこちらを見返している。
「お兄様と違ってわたくしには魔術師の素質がないの。だから、魔道具のこともよくわからないのよ。」
「そうなの。」
「リネッタにはわかるの?」
「昔、同じようなものを見たことがあるわ。その時は壁に彫られてたけど……なんか、街ごと防御壁に囲まれるみたいな魔法陣で――」
「まあ!それはもしかして、ゼスタークの王都壁では?」
「王都壁?」
「ええ、ディストニカ王国の王都、ゼスタークの有名な魔法陣なのだけれど、リネッタは知らないの?」
「たぶん、それだと思うわ。私、町の名前とかに疎くて、全然覚えてないの。」
「ディストニカ王国も王都ゼスタークも、疎いとかいう問題ではないくらい有名よ。」
「私、今、私がいるこの国の名前すら覚えてないけど。」
「え、ええ?……この国は、アリダイル聖王国よ。アリダイルというのは、先々代の歴王様のお名前なの。」
「忘れるまで覚えておくわ。」
「ふふ、忘れたらまた教えてあげるわ。」
「ありがと。」
王都ゼスターク……孤児院のあった場所、そんな名前だったっけ?とかなんとか考えながら、私はうなずいた。
今、あの王都は歴王の“守護星壁”で守られているので王都壁は使われてはいないけれど、それでも最低限の整備はされていた。たぶん、今の歴王が崩御したあとにまた使うためだろう。
このごろんとした石の魔道具も、それを応用したもののようであった。
私も“王都壁”の魔法陣を応用して薬草畑の周りに防御壁を作っていたことを思い出しながら、考える。
この魔道具も、ひとつでは役に立たないが、複数個をまとめて発動することで何かを囲むような防御壁が出る仕組みのようであった。地面に直接書くわけではないので持ち運びもできるが、6個もあるとちょっと重くて持ち運びするには不便そうである。
あと、気になるのは、この何かの原石か鉱石っぽい石に掘ってある理由くらいか。普通の石ではだめだったのだろうか、それとも、ちょっと見た目にもこだわっただけの話なのだろうか。
私はいろいろと考えながら、石をそっとテーブルに戻した。
「で、もうひとつのこれは……形からして、松明?」
それは、先が金属で覆われている50センチほどの細い木の枝だった。金属部分には魔法陣が彫り込まれていて、持ち手の部分には布が巻かれている。
先端の魔法陣は、火が出る魔法陣のようだ。
「なんで灯りの魔法陣じゃなくて、火が出る魔法陣なのかしら。」
首をかしげる。
松明の代わりにするのなら、灯りの魔法陣のほうが明るいし、より遠くを照らせるはずだ。
「それは、松明として使うことよりも、火を出す方に重きを置いているからですよ。」
と、応えたのは、魔道具を持ってきた初老の執事だった。
ぴし、と背筋を伸ばしたまま、まるでそこにいないかのように存在を消していたので全く気にしていなかったが、考えてみればカトリーヌにタメ口を聞いているところをばっちり聞かれてしまった。
私が一人になると、周囲の侍女らがこれみよがしに悪口を言い始めるので、これでまた彼女らのネタが増えたというわけだ。頭が痛い。
「それに灯りの魔法陣では暖をとることもできませんし、目立つだけで野獣を追い払うこともできません。」
「なるほど、ありがとうございます。」
とりあえず、ぺこりと頭を下げる。
そっか。普通は野宿するときの火は使い捨ての火の魔法陣を使うけど、こういう何回も使えるタイプの魔法陣もあるのか……。ちょっと値は張るけど、野宿が多いならこういう魔道具をひとつ持っておくと便利だろう。
もしかしたら私が気づかなかっただけで、ルーフレッドの商隊も野宿のときは使っていたのかもしれない。
「で、これは……」
それは、50センチほどの赤茶色の水瓶であった。
中を覗くと、底に大きな魔法陣が彫り込まれている。
「水ね。」
「これはわたくしでも知っているわ。」
「でも……」
「でも?」
「これ、量、少ないんじゃないかしら。一回じゃあ瓶いっぱいにはならないでしょ?」
「それが普通ではないの?」
「そうなの?」
「ええ、たぶん。」
と、カトリーヌは執事に視線を向ける。
「お嬢様の言う通り、それが普通でございます。」
ふむ……、と、私は水瓶の底に視線をもどした。
詠唱魔法の詠唱部分を見える形にしたものが、魔法陣だ。
詠唱を長くするように、魔法陣に情報を詰めれば詰めるだけ、魔素の消費が大きくなるがそのぶん効果も大きくなる。
この世界の魔法陣は、無駄な情報が多いせいで余分な魔素を消費しているために効果が落ちている。この水の魔法陣の場合も余分な魔素を消費している部分を削れば、その分出てくる水が増えるだろう。たぶん、この水瓶いっぱいになるくらいは水が出るはずだ。
「本当に、魔法陣が好きなのね。」
「研究者だしね。」
考え事をしていたため、カトリーヌの呆れたような声についそんなことを返してしまったが、カトリーヌは小さく笑っただけだった。
「ふふ、獣人なのにそんなこと言ったら笑われるわ。」
「傭兵って言っても笑われるけど。」
「それは、あなたが子どもだからよ。あと、そうねえ、5年は大きくならないと。」
「大きくなれたらいいんだけれど。」
大きくならないんだよなあ……と、遠い目になりながら私は内心でため息を吐く。
10歳の姿のままというのは不便だ。お金を持っているだけで怪しまれるし、何年も同じ場所にいれば成長しないことを不審がられるだろう。
そのうち成長しない理由も必要になってくるだろうし、私の架空の設定は増えていくばかりである。
「もう少し増やせたらいいのに……」
水瓶の底の魔法陣を見つつ、私はぽつりと漏らした。
松明の魔法陣で出てくる火は灯りでもあるが、どちらかといえば着火することを目的にしたものなので、別に火が大きくなくても問題はない。薪などの燃やせるものがあれば、火は増やせるからだ。
しかし、水の場合は話が違う。魔獣は別として、生き物は水がなければ大抵は生きていけないのだ。そんな必需品にも関わらず、5級の魔素クリスタルひとつでこの瓶半分しか水が出てこないとなると、あっという間に魔素クリスタルが消費されてしまうのではないだろうか。
「この水瓶は、何個もあるんですか?」
「ええ、屋敷の人間がひと月は水に困らないぶんの魔素クリスタルと一緒に保管してありますよ。」
「そうなんですか。」
つまり、領民に行き渡るほどはない、ということか。
まあ、魔素クリスタルさえ手に入ればちまちまとではあるが水は手に入るんだし、ないよりはましだろう。人は、水さえあれば2日くらいは生きていけるらしいし。
「ねえ、リネッタはどうして、魔法陣のことが好きになったの?」
「そうねえ……」
獣人の集落に捨てられていた孤児という設定なので、魔法を研究している両親の影響とは口が裂けても言えない。
「私を、私が育った集落から連れ出してくれた魔術師様の影響、かしら。その人は旅をしながら精霊と魔法陣のことを研究していて、私もいろいろ教わったのよ。」
「ああ、やっぱり。」
「やっぱり?」
はっ、と、カトリーヌは口をつぐむ。
「……やっぱりって?」
「いえ、獣人が魔法陣を研究するなんて聞いたことがないし、誰かに影響を受けたのだろうと思っていたのよ。だから、やっぱりそうなのかと思ったの。」
「まあ、獣人は精霊に愛されてないって言うしね。」
「ええ、そうね。」
私はそこで会話を切り上げ、他の魔道具に視線を向けた。
貴族の屋敷なだけあって種類も豊富で、さすがに武器は見せてもらえないようだったが、防具はいくつかあった。カトリーヌと話している間にも、それらを見ていられる時間が減っていくのだ。
今は会話より、魔法陣を記憶していくほうが優先である。




