5-2 容量の魔法
昨日、マニエにも聞いてみたのだが、結局杖は見つからなかった。
困った。あの杖は、研究や魔法の補助をしてくれる大事な相棒なのである。そして何より、今後上級魔法を使う時には必要だ。
見た目は……いや、重さも、確かにヨルモの言うとおりリボンを巻きつけた鈍器だが、基本の魔素増幅の他に、様々な媒介を競合しないようにくくりつけており、その性能はそこらへんの高価な杖よりも高い。
つまり、“私が考えた最強の杖”なのだ。
その杖が無い今、私の実力は半分程度になるといってもいい。しかも、無い事を意識した途端、なんだかそわそわして落ち着かない。
ポケットに手を入れて、魔素クリスタルをきゅらきゅらとこすり合わせながら、私はあてがわれた部屋の窓から庭に視線を向けた。
「鞄がなー……。」
と、ため息混じりに愚痴る。そう、杖が無いと困る理由のひとつはそれだった。
鞄の魔法。それは、その名の通り、鞄の代わりになる魔法である。
正式名称は、容量の魔法。
原理はまだわかっていないのだが、ポケットや袋の中の空間をどうにかして広げる魔法で、それがとてつもなく便利なのである。
私が元居た世界では魔法学校の初等部で習うほど一般的な魔法だが、その真価は杖を使ってこそ発揮される。
容量の魔法は、使用した魔素のぶんだけ入れ物の容量が増えるが、使う素材が弱いと魔法をかけているうちに破れてしまったりするので、できるだけ頑丈な鞄を使い、杖の増幅ぶんも含めた最大魔素量をつぎ込んで作るのが普通だ。
制作後は定期的に魔素を補充することで容量をそのまま保つことができ、魔素が枯れないかぎり半永久的に使うことができる。
さすがにこのワンピースのポケットでは私の今の全魔素量だけでも余裕で破れてしまいそうなので今回は杖は使わないが、この先孤児院を出て、なんのつてもなくお金もない状態で生きていくには、容量の魔法を含め、こういう便利な魔法は必要不可欠になるはずだ。
しかし、そういう魔法はだいたい杖での増幅があってこそ便利なのであって、杖が無いと心もとない。私の愛杖の純粋な魔素増幅量は、最大で3倍。3倍だ。鞄の容量もそのまま3倍違うのである。
――お金といえば。
私はポケットの中でかさばっている魔素クリスタルを1つ取り出して、太陽にかざした。キラキラと透き通っていて、元がただの小石だったとは思えないほどきれいだ。
定期的にこれを売れば、お金はある程度問題なくなるだろう。この孤児院に寝泊まりできるのだから、しばらくはここを拠点にお金を稼ぎながら動くことができる、はずだ。
この透き通った……たぶん、純度の高いであろう魔素クリスタルがひとついくらくらいになるかはロマリアに遠回しに聞いてみるとして、問題はどこで売るかである。
マニエやロマリアには、相談できそうになかった。
特にロマリアは、魔素クリスタルの生成と、それによって孤児院が救われていることに自信を持っていた。
それが言葉の端々から感じ取れるので、ロマリアよりも優れた魔素クリスタルを生成できる!なんて、空気が読めない私でも非常に言い出しにくい。
かといって、獣人の孤児が高価な魔素クリスタルを普通に売ろうとしていたら周りはどう思うか。それはそれで想像に難くないだろう。「盗んできたのだろう!」と言われるのがオチだ。
つまり、どうやっても普通に売れそうにはない。
まあ、怪しまれるのは仕方ないとしても、お金を得るにはどうにかして売らなければ生きてはいけないわけなので、それこそ、闇市?のような裏の市場でこっそり売るしかないのだろう。
この王都にもスラムがあるようだし、散策しながらどこに何があるのか見て回る時間が必要だ。
大通りを歩いているだけなら獣人だからと蹴られたりはしないだろうが、一人でほっつき歩いても大丈夫だろうか。
私は魔法は得意だと胸を張って言えるが、それは安全な場所で安全に詠唱した場合だけだ。
詠唱を省略できるし、なんなら無詠唱でも発動できる魔法も多いが、きちんと対峙している時だけで、不意打ちで襲われたら私なんてひとたまりもない。私は研究一筋で、実践などほぼしたことがないのだから。
というか、例えばヨルモに本気で蹴られたら、ヨルモの足が体のどこに当たろうが私の骨は確実に折れるし、ロマリアと殴り合いの喧嘩をしても普通に負ける自信がある。
それになにか……なにか、いまいち体の調子が狂っているような気がするのだ。体調が悪いわけでもなく、どこかが痛いわけでもない。
お腹は空いているが、最低限の食事は孤児院で分けてもらっているし、魔素も体に満ち満ちている。しかし、どこか体にふわふわとした違和感がある。そわそわするというか。
もしかしたら、じわじわと転移の後遺症のようなものが現れはじめたのかもしれない。体に異物が生えてきて、しかも若返っている?のだから、どこかしら体に異常をきたしてもおかしくはなかった。
ふとそう思い立った私は、部屋に備え付けてあるあのくすんだ鏡の前に行き、自分の頭から生えている耳を観察してみた。
耳をつまんで引っ張ってみても、頭と繋がっていて残念ながら取り外しはできそうにない。
尻尾も、背骨の延長のような感覚があり、これもまた抜けそうにはなかった。
なぜ、こんな状態になったのか。私の考えていた転移魔法のしくみは、空間をまるごど別の場所へ運ぶというものだったのだが……。
この、焦げ茶色の耳と尾。全く理屈はわからないが、まあ、どうあれ私の考えは何かが間違っていたということだろう。
この耳と尾がどこから来たのか分かれば、何かヒントになりそうなものなのだが……。
この耳、なぜか既視感がある。しかし、思い出せない。
どこで見たのだろうか?
私は動物は好きなほうだが、実際にまじまじと見た事があるのは、肉や乳や毛などを取るために飼育されている家畜や、狩りに使うためや愛玩動物として飼われている小動物ばかりだ。
あとは、両親に魔獣狩りに連れて行ってもらった時くらいか。そのうちのどこかで、こういう人を襲うような獣を見たのかもしれない。
「人を、襲う?」
何かをふと思い出した気がして、声に出してみるが、肝心なところが出てこない。でも、人を襲いそうな獣の耳にみえる。いや、ただの猫の耳なのだけれど。
愛玩動物にもこういう耳をしたものがいたが、何か違う気がするのだ。何かが。
「あー、あーもう。モヤモヤする!!!」
私はあっという間に考えることを放棄して、鏡から離れた。
こういう時は色々と考えても絶対に出てこないものなのだ。そのうち、ふとしたきっかけで思い出すに違いない。
私はそう自分に言い訳をして、王都に出かけるべく、昼休みに入ってすぐであろうロマリアに会うため、食堂へ向かったのだった。




